楯無明人/冒険者(仮)
剣を引き抜いた俺が元の場所に戻ると例の男が俺に声をかけた。
「も、もしかして抜けたのかい!?」
「え、えぇまぁ……簡単に?」
「すげぇ……新しい英雄の誕生だ! 胴上げだ!!」
「「おぉおおお!!」」
ギャラリーが一斉に俺の方に駆け寄ってくる。
「え? うそ!? 怖い怖い!!」
「タテナシ・アキト、こっち」
グッと腕を引っ張られる。引っ張ったのはカヤだ。
俺はカヤに引っ張られるようにして人込みを抜ける。
「よくそれが抜けたわね、タテナシ・アキト」
「お前フルネームで呼ぶのやめてくんね? 他人行儀だろ」
「名前で呼んで欲しければ私に『他人ではない』と思わせる事ね」
「まだ他人扱いだったのかよ!? てかさ!」
俺はカヤに捕まれた腕を振り払い、自分の足で並走する。
「俺なんで追いかけられてるわけ?」
「あなたがそれを抜いたからよ」
カヤは短剣に視線を向ける。
「あぁこれか? 普通に抜けたぞ」
「それが異常なのよ。普通は剣の呪いで寿命が半分になると言われているわ」
……今こいつなんつった?
「お、おまえ……それを何も教えずに俺にやらせたのか!?」
「安心して。最近開発した術式で、仮に呪われても解除できる見通しだったから」
「見通し!? 俺を実験台にしようとしたのか!?」
「あら、そう言ったでしょう? ギルドで」
『あぁ、そうだ。タテナシ・アキト、後で私の実験台になりなさい』
「お前、あれマジだったのかよ!!」
「私は嘘が嫌いなの」
「俺はお前が嫌いになりそうだわ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギルドに戻って来た俺たち。
「シルフィーさん、戻ってきたわ」
「あ、カヤちゃん! 丁度良かった。いまあなたの査定が終わるところだから」
プシューっとカウンターの奥の3Dプリンターの様な機械から煙が上がる。
シルフィーさんはその機械から1枚のカードを取り出した。
「はい、まずはカヤちゃんの冒険者手形だよ」
シルフィーさんから受け取って微かに安堵の表情を浮かべるカヤ。
「通ったのね、査定」
「そりゃ通るでしょー。稀代の錬金術師イスルギ・リサの娘なんだもん」
「次はあなたよ」
カヤはシルフィーさんの言葉に返事することなく、俺をカウンターの前へと導く。
「で、次はアキトくんの番だね」
美人に下の名前を呼ばれてキュンと来る俺は変態だろうか。否、普通だろう。
「えーっと、アキトくんの冒険者手形は……あれ?」
シルフィーさんは首を傾げる。
「どうしたんです?」
「……出てこないの」
「へ?」
それを聞いたカヤがカウンターに歩み寄って問い詰める。
「シルフィーさん、それってどういうこと?」
「え、えっと……」
シルフィーさんは申し訳なさそうな表情でこう告げる。
「……アキトくんは査定に落ちちゃった、みたい」
「「落ちた!?」」
俺とカヤの声が揃う。
「ちょ、何かの間違いよね!? よほどのことが無い限りは落ちないはずよ!?」
「う、うん、私もそう思ってたんだけど……ちょっと確認させて。機械の故障かもしれないし」
そしてギルドの中で待つこと5分。
更に暗い顔をしたシルフィーさんが戻ってきた。
「……機械は正常だったみたい」
「正常? それはつまり……」
「えっと……残念だけど……アキトくんは、冒険者にはなれないってことになるね」
辺りがシンと静まり返った気がした。
「え……落ちた……?」
胸にぽかんと穴が開いたような感覚が襲う。
おかしいな……俺は別に冒険者になりたいなんて思ってなかったのに。
「あれ……? あっれ……? おかしいな……」
目がジワリと熱くなる。
本当に、意味が分からない。
冒険者は危険な職業だった。魔王討伐? スライムに勝てない俺に出来る訳ないだろ。
英雄王の剣を抜いて調子に乗ってたか?
今の俺ならいけるって、そう思ってたのか?
くそ……意味が……分かんねぇよ……なんで涙なんて。
「男が泣くものではないわ」
「うっせぇ、泣いてねぇよ」
「じゃあその頬を伝うものはなにかしら?」
「何かの見間違いだろ?」
「強がりなのね、弱いくせに」
「っ!?」
俺はカヤの胸倉を掴む。
心の傷を抉られた様でムカついた。
「お前は良いよな冒険者になれて! お前には分かんねぇよ! ここでも無意味だって言われた俺の気持ちは……っ!?」
掴んだ腕をグイっとあげて顔を覗き込むと、カヤは静かに涙を流していた。
「……アキトくん、離してあげて」
シルフィーさんが優しい声で俺を宥め、言葉を続ける。
「錬金術師はね、パートナーがいないと冒険できないの」
「……え? それじゃあこいつは……」
「カヤちゃんの旅も、夢も、ここで終わりってこと」
俺は胸倉を掴んでいた力を緩める。
「カヤ……本当、なのか?」
「……えぇ。私の夢はここで潰えたわ」
カヤは涙目のまま、俺に掴まれて乱れた衿を正した。
「そんな……俺が弱いせいで……」
こいつがどんな夢を持っていたかなんて知らない。けど、俺は意図しなかったとはいえ、こいつの夢を壊してしまったことになる。
こいつは命の恩人なのに……恩返しどころか俺は、こいつの夢を……壊しちまった。
「カヤ……その……すまん。色々……感情的になって掴んじまったり……査定に落ちたり……」
「良いのよ。別にあなたを責めるつもりはない。これが私の定めだった。それだけよ」
カヤは俺に背を向ける様にくるりと振り向く。
「カヤ?」
「少し時間を置きましょうか。これからの話はそれからよ」
カヤが数歩歩き出したその時だった。
プシューっとカウンターの奥で機械音がした。
「この音……シルフィーさん!」
「うん! 見てみる!!」
シルフィーさんが機械から出てきた物を確認し、嬉々とした表情で俺達を見た。
「出た! 出たよ!! アキトくんの冒険者手形!!」
「まじでか!?」
俺が駆け出すよりも速くカヤがカウンターに駆け寄り、それを受け取った。
「以下の者に冒険者(仮)の資格を与える……確かに書いてあるわ! あなたは冒険者になったのよ!!」
「おぉっ……!! これで俺も冒険者に……カッコカリってなに?」
ともあれ、俺は正式に冒険者としてデビューすることが決まった。
カッコカリってのがちょっと気になるがな。




