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楯無明人/英雄王の剣

 カヤと共にギルドを出て海の方向に少し歩く人だかりに遭遇した。


 人だかりの脇の看板には『英雄の道』と書かれている。



「英雄の道? なんだそりゃ?」


「見てからのお楽しみよ」



 俺とカヤが人込みを掻き分けて海へと進むと異様な光景があった。


 海の上には沖へと続く『細く真っ直ぐな岩の道』があったのだ。


 

「これが、英雄の道? よくこんな道作ったな。時間もかかっただろうに」


「一瞬らしいわよ」


「え?」


「この道は、英雄王シグルドが黒き龍を討ち取るために作った道。スキルによってほんの一瞬で作ったらしいわ」


「この道を一瞬で……そのシグルドってのは何者なんだ?」



 シグルド……何故か、その名前からは特別惹かれる何かを感じた。



「英雄王シグルド、この世界の王……この機会に覚えておくといいわ。いつかは会うことにもなるかもしれないしね」



 カヤがそう言い終えるのとほぼ同タイミングで、この町の人間と思しき男が台の上に乗り上がり叫んだ。



「さぁさぁ! 今日の挑戦者は誰だ!?」


「挑戦者?」


「タテナシ・アキト」



 カヤが俺を呼んだ。てかフルネーム呼びなんだなこいつ。よそよそしいな。



「あん?」


「あなた、挑戦して来たら?」


「は? なにか分からんもんに挑戦できるか。お断りだ」


「そう、残念ね。強硬手段に移らせて貰うわ。行きなさい!」


「うおっ!?」



 カヤに背中を力一杯に押され、集団から一歩前に出る俺。



「お、今日はあんちゃんが挑戦すんのかい? 見た所まだ若いのに、可哀想に」



 可哀想だと? もう悪い予感しかしないんだが。



「あんちゃんの名前とレベル、クラスを教えてくれるかい?」


「え、あの、俺別に、何も挑戦するつもりは」



 集団からカヤの声。



「タテナシ・アキト、レベル1、クラス無し、それがその人のステータス」



 あの女! 勝手にエントリー済ませやがった!



「レベル1でクラス無し!? あんちゃん流石にそれは無理があるってもんだぜ」


「で、ですよね? だったら俺、おりますんで」


「でも一度エントリーしちまった以上はおりれねぇ。さぁ転移門に入りな」



 だめだ、この異世界。全然俺の思い通りにいかねぇ。


 俺は男にぐいぐいと背中を押され、強引にその転移門とやらにぶち込まれる。



「お、おい押すなって! おわっ!?」



 門をくぐると次の瞬間には小さな岩場に転移していた。周辺は海である。ここが例の英雄の道の終着点なのだろう。



「この世界の人間はエキセントリックな奴しかいねぇのかよ!」



 辺りを見渡すとある物に目が留まる。


 

「なんだ、これ……剣だよな?」



 岩場に深々突き刺さった『剣』がそこにはあった。


 

「まさか、抜けってことか? いやいや、そんな漫画みたいなことが……ん?」



 剣の脇には看板でこう書かれていた。



 ――この剣を手に取れ。汝が英雄足りえる器ならば、引き抜くことが出来るであろう。



「うーん……やってみても良いんだがな……絶対デメリットあんだろこれ……やめとこう」



 俺がくるりと反転して転移門へと入って戻ろうとしたその時だった。



『逃げるのか』



 男の声が聞こえた。



「ん?」



 始めは空耳だと疑った。



『臆して逃げるのか』



 二度目で俺はこれが空耳ではないことを理解する。



「誰だ!?」


『抜いてみせろ』



 俺の言葉を無視して話を続けるその声。



『お前になら抜けるはずだ』



 この声はどうやら俺の脳内に直接流れ込んできているらしい。



「なんで抜かないといけないんだよ?」


『お前がこの世界を救わなければならないからだ』


「俺が……世界を救う? なんでそんな大それたことを……今日ここに来たばかりなんだぞ?」


『一言で言うなら、宿命というやつだ。お前はここでその剣を抜き、魔王を倒さねばならない』


「宿命……? 言ってる意味が分かんねぇぞ」


『じきに分かる。今はその剣を抜くことに集中しろ。それはお前の為に用意された剣。お前になら、必ず抜ける』



 不思議と「出来るかも」という気持ちが湧き上がってきた。



「……この剣を、抜けば良いんだな?」


『あぁ、その通りだ』



 俺は剣を見下ろす体勢になり、深呼吸を1つ挟む。



「なぁ、俺スライムにも勝てなかったんだぞ? そんな俺が魔王の討伐なんて」


『出来る』


「え?」


『お前なら出来る。自分を信じろ』


「……自分を……信じる……」



 魔王討伐か……ここでこれを抜けば……俺の人生にも意味が生まれるかもしれない。



「分かった抜くさ……抜いてやる!」 



 俺が地面に突き刺さる剣を強く握った瞬間、カバンの中の『紫の石刀』が共鳴する様に強く発光した。


 

「おぉおらぁ! って軽っ!?」



 剣はなんの抵抗も無く岩からすっこ抜けた。


 刀身は思っていたよりもずっと短く『短剣』と呼べる程の長さだった。


 そして、アイテムウィンドウには『英雄王の剣』と表示されている。



「普通に抜けたな……これって、凄い武器、なんだよな?」



【鑑定】のスキルを覚えてるカヤに後で見せてみるか。



「さて、と」



 俺は今度こそ転移門をくぐって戻ろうとする。



『頼んだぞ、アキト』



 最後にそんな声が脳内に響いた。

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