楯無明人/竜人の里ヘルメス
『竜人』という言葉を聞いて何となく鱗に覆われた人を思い浮かべた。
例えるなら、リザードマンと人間の中間みたいな。
でも、実際は違った様だ。
「ようこそ。僕の心の故郷、ヘルメスへ」
ウィルが手を向ける先にあったのは山中の隠れ里といった趣の集落だった。
村と呼ぶには大きく、町と呼ぶには小さい。
そして、そこには俺たちとそう外見の違わない人たちが暮らしていた。
絶対的に違うのは頭の両脇から角を生やしていること。あと八重歯がちょっと尖ってる。
「長閑な里ですね」
「きゅっきゅ」
イリスさん(&胸元のちびウサギ)が周囲を見渡しながら言った。
「そう言って下さって嬉しいです。さぁまずはカストル様に会いに行こう」
ウィルの案内で里の中央の屋敷に向かう。
その道中、『竜の子のお帰りだ』と言われ、歓迎されているウィル。
「ウィルベルは有名人なんすね」
「僕じゃないさ。有名なのは母だよ」
「有名な母を持って、煩わしくはないの?」
カヤの問いにウィルは即答する。
「全然。むしろ誇らしいと思うよ。僕はあのエスト・カエストスの娘なんだから」
「……そう」
――六賢者の娘。
『実の親』と『育ての親』という違いはあるが、カヤとウィルは同じ様な境遇だ。
ただ、決定的な違いがある。
片や、それを『誇り』とし。
片や、それを『重荷』としている。
似た立場なのに、こうまで変わるんだな。
事情が事情だから、当然かもしれないが……。
「ここだね。ちょっと待っててくれないか?」
ウィルが屋敷の門番に話しかけると門が開いた。
「行こう、カストル様がお待ちだ」
数歩先を歩くウィルにイリスさんが問う。
「先ほどから名前をお聞きする『カストル様』、というのは?」
「母の義理の弟にあたる人です。異母姉弟という言い方をすればいいかもしれないですね。母とは違い、生粋の竜人です」
「このヘルメスの長、ということでよろしいでしょうか?」
「長『代行』です。実は、ヘルメスの長は母なんです。でも里にいない事の方が圧倒的に多いから仕方なく弟のカストル様がそのお立場に」
「奔放な姉に振り回されているのね。苦労している人ね」
「ははっ、カストル様も常々そう言ってるよ」
屋敷の応接室に通される俺たち。
長机に革張りのソファー。
異世界でも応接室のテンプレはこれなのか。
――待つこと数分後。
「待たせたね」
ノックをして入って来たのは隻眼の男性だった。
左目に眼帯をしており、歳は20代半ばといった風貌だ。
思っていたよりも全然若いが、これでなんと100歳越えらしい。
エルフ同様、竜人も長寿な一族であるということを俺は後に知る。
「カストル様、御無沙汰しております」
するとその男は、挨拶をしたウィルを健在の右目でギラリと睨む。
「ウィルベル。『様』はやめろと言っているだろ」
「あぁすみません! か、カストル……叔父さん?」
「うむ、よろしい」
そしてカストルさんは厳しい表情を崩して微笑む。
「よく顔を出してくれたな、ウィルベル」
「はいっ!」
「そちらの方々も座ってよろしい」
俺たちはカストルさんに対面する様に一列で腰掛ける。
「既に知っているとは思うが、私がカストル・カエストスだ。この里の長『代行』をしている」
あ、この人今『代行』を強調したぞ。
仕方なくやってます感が早くも出ている。
「君たちはウィルベルの仲間か?」
カストルさんの問いにカヤが答える。
「はい。私はイスルギ・カヤ、錬金術師よ」
「ほぉ、では君があの……お初にお目にかかる。かの戦争では貴女の母上には世話になった。あの方がいなければ、この左目だけでは済まなかっただろう」
「……そうですか」
左目の眼帯をさするカストルさんに対し、カヤは淡々とした様子で言葉を続ける。
「カストルさん、単刀直入にお聞きするわ。エストさんの居場所に心当たりはないかしら?」
カストルさんは悩ましいと言った様子で答える。
「ウィルベル、エストはまだ見つからないのか?」
「はい、あれっきりです」
「ふむ……錬金術師よ、すまぬが力にはなれそうにない。元来エストは自由奔放な姉故、里にいないのが常であった。当然、居場所を把握している訳もないのだ」
「そう。では手がかりは無し、ということね」
「あぁただ」
カストルさんは思い出した様に口を開く。
「エストが行方をくらます直前に訪れていた場所なら調べはついている」
「え、叔父さん! それは一体どこなのですか!?」
カストルさんは質問者のウィルではなく、
何故か、カヤに視線を向けて、こう言った。
「エストの行方が途切れた最後の場所は……イスルギ領だよ」




