楯無明人/ウィリアム・ベルシュタイン改め……
「ウィルベル・カエストス、それが僕の本当の名前さ」
出発の準備を終えた後、ウィル改めウィルベルが申し訳なさそうに挨拶をした。
「なんで男装して偽名なんて名乗ってんだ?」
「女の一人旅は何かと物騒だろ? おかげで一人称も僕が定着しちゃったよ。あっはは」
相変わらず眩しい笑顔を浮かべる奴だな。
女だと分かった途端、直視出来なくなったわ。
それはさておき、ウィルは女だったという衝撃のカミングアウトに対し、他の3人もさぞかし驚いているのかと思いきや……。
「なるほど、男装していたのはそういった理由なのね」
「は? カヤお前、最初から気付いてたのか?」
「逆に気付いていなかったとはね。もっと審美眼を養った方が良いわよ」
俺が「気付いてたの?」という意味を込めてイリスさんとナルを見ると、2人はうんうんと深く頷いた。
まじかよ。
「さて」
カヤが話を軌道修正した。
「そろそろあなたの旅の目的を聞かせて貰おうかしら。あなたが何故、男装をしてまでこの魔杖を欲しているのか」
「僕はね、母親を探してるんだ」
「母親?」
「うん。戦争孤児だった僕をここまで育ててくれた人さ。いわゆる、育ての親ってやつかな」
ウィルを除いた俺たち4人は顔を見合わせる。
思ってたよりも重い話っぽいな。
ナルが問う。
「探してるってことは、いなくなっちゃったんです?」
「そうなんだよ。元々奔放な人だったんだけど、ある日ぱたっといなくなってしまってね」
「それは……辛いですね」
イリスさんの言葉にウィルが小さく頷きながら、一通の手紙を取り出す。
そこにはこの世界の文字でこう書かれていた。
『竜の子よ。魔杖を求めなさい』
それを見たカヤがウィルに問う。
「この手紙は?」
「母がいなくなって数日後、枕元にあったんだ」
「誰からです?」
「それがよく分からないんだ。でも、これが無意味だとも思えなくて」
「それで杖を手に入れた私たちに接触してきたわけね。合点がいったわ。……で、ウィルベル」
「なんだい?」
「後学の為に教えて欲しいのだけれど」
カヤがその手紙を見て言う。
「この『竜の子』という表現と『カエストス』という名前……あなたの育ての親はもしかして」
「良い勘をしているね。その通りだよ」
カヤは驚いた様子で俺たちを見る。
イリスさんとナルもその表情を見て合点がいったらしい。
――ウィルの育ての母親。
結論から言うと、その人はこの世界では知らぬ人などいない程に有名な人だった。
ロウリィ・フェネット、リーヤさん、イスルギ・リサが名を連ねるあの総称の内の1人。
ウィルがゆっくりと口を開く。
「僕の育ての親の名前は『エスト・カエストス』。六賢者の1人だよ」
六賢者って言ったか、今?
ウィルの告白を聞いたカヤが口を開いた。
「エスト・カエストス……右手に『魔拳』、左手に『聖拳』を携えて英雄王シグルドと共に戦ったと言われる半竜人の女性。通り名は、『竜拳』」
ウィルがそれに補足する。
「自由奔放を絵に描いた様な人で、僕もよく手を焼いていたよ。でもまさか突然いなくなるなんて……」
「その手紙の他に手がかりは無いのですか?」
イリスさんの問いにウィルは落ち込んだ表情で答える。
「えぇ、残念ながら。ただ、ヘルメスに行けば何か情報が得られるかもしれません」
「ヘルメス? 竜人の隠れ里ね。確かあの山のどこかにあると言われているけれど」
カヤは北の雪山に視線を向ける。
「うん、そこにいる義弟のカストルさんなら何か知ってるかもしれない」
ウィルは申し訳なさそうに言葉を続ける。
「でも、王都リヒテルに行くには少々遠回りだし……」
「行きましょうか、ヘルメスに」
「……え?」
目を丸くするウィルにカヤが荷物をまとめながら言う。
「ウィルベル、ギブ&テイクよ。あなたの力は魔王討伐の大きな戦力となる。そして、私のこの杖はエストさん捜索の鍵となっている。言わば、私たちは既に運命共同体よ」
カヤはあちらを振り向いて俺たちに行くぞ、と合図をする。
「ウィルベル。……お母さんに、早く会えると良いわね」
これはカヤなりの優しさなのかもしれない。
ウィルはその言葉を聞いて破顔する。
「あぁ、ありがとう! 僕も最大限、君たちの力になるよ!!」
「期待しているわ。聖槍使い、ウィルベル・カエストス」
こうして俺たちは王都に向かう前にヘルメスに寄り道することになった。
それにしても……。
――お母さんに、早く会えると良いわね。
カヤが発したこの言葉。
俺には、その言葉が自分自身に言い聞かせている風にも聞こえた。
あいつの母親、イスルギ・リサは呪われて生きた人形と化しているらしい。
生まれてこの方、一言も会話したことが無い……そんなの、会っていないのとそう変わらない。
……会わせてやりてぇな。
あいつの母親の呪いを解く方法も、どこかで見つかると良いんだが。




