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T「ansmiG「ation  作者: ムービィ勝山
-Ragnarøk-
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8話 金と不安と絶望

美咲さんに言われ俺はその後をついていく。その間は特に話すこともなく、淡々と歩いていた。

この施設の壁は基本白で清潔的だ。ただ、とてつもなく広いところなのですべて見たわけでもない。真っ青な壁もあるかもしれない。そんなことを考えながら歩いていた。

時刻は午後11時。夜も更けて、普通の人ならそろそろ床に就く頃だろう。だがこの施設は違う。24時間、一日中廊下には誰かがいる状態だ。新制国際連合の役員などが常に廊下を行き来しているらしい。たまに新大和皇国のおえらいさんも来るらしい。そういうことで廊下はいつも誰かが通っているということだ。

自分の部屋にいる分にはさほど、廊下からの音は聞こえない。

だが廊下に出ると、夜にしてはぼんやりと騒がしさがある。防音室の響かない声を聞いているみたいな輪郭のない声。それだけが耳に残った。


「ここでいいかしら」


美咲さんは俺の方を見て問う。軽く返事を返すと近くにあるソファーに腰を掛ける。俺も少しばかり間を開けて座る。

ラウンジのような空間で落ち着いた雰囲気の場所だ。目の前にはガラスが張ってあり、岡京の夜景が見える。

所々に観葉植物があり、コーヒーメーカーが置いてある。

ソファーの近くにある白を基調としたテーブルは、ソファーの腰を掛ける位置、俺のひざのあたりにも満たない高さだった。


「すごいですね、ここ」


つぶやくようにして言う。


「初めてきたの?」


「まだ2週間ですから」


そう言うと美咲さんは「そっか」と少し懐かしむように言った。

そうして、しばらくの間、時間が止まったように静寂に包まれた。

俺は美咲さんが話し始めるのを待っていた。美咲さんが何を考えているのかは俺にはわかるわけがない。

両者ともに沈黙の譲り合いをしていたのかもしれない。

すると俺はその空気に押し負けて美咲さんに話しかけた。


「美咲さん、どうして俺を連れてきたんですか」


「何か用があるんですか?」と付け加えて美咲さんに問う。

だが、美咲さんはそのまま前の夜景を見続ける。

俺は返事が帰ってこないので、また姿勢を正面に向ける。するとそれを待ってたかのように美咲さんが口を開く。


「レプリカとうまくやってる?」


少し俺はムッとしたが、その感情をうまく受け流し答える。


「俺は大丈夫です」


俺はそう答える。美咲さんとレプリカは仲が良さそうに思えた。

というか俺以外の人と話しているときは気のせいか、棘がない話し方だと思う。

まぁそれもそれで構わないが。レプリカも最低限のこと以外関わるなと言っているだけだ。仕事に支障がないならそれでいい。

だが美咲さんは俺の考えとは逆のことを考えていた。


「私もなんでレプリカが嫌ってるのかはわからないけど」


「ストレートに言いますね…。まぁいいですけど」


俺は冗談めかして言う。


「でもね。同じ小隊なんだし、第一そんな険悪ムードで困るのは蓮田さんだよ」


確かにその通りだ。でもそこまでバチバチ火花を散らす感じでもないし、お互い赤の他人のような振る舞いをするだけだろう。

蓮田さんには我慢してもらうしか…。


「レプリカに非があることは十分にわかってるの。蓮田さんから話は聞いたし、確かに見てても一方的に嫌ってるって感じがする。でもね…」


美咲さんはそこまで言うと一呼吸置く。そして次の言葉を放つ。


「あの子にチャンスをあげてほしいの。何かレプリカにも事情があるんじゃないかなって思うから…。」


俺は美咲さんの方を見る。その後も美咲さんは話し続ける。


「私達も蓮田さんから話を聞いてびっくりした。確かにおとなしい子で仕事以外では積極的な子じゃなかった。でも無闇に人を嫌ったりする子じゃないの。」


美咲さんはポケットからひとつの飴を手のひらに出した。その飴は白い包装紙に包まれていた。今日ヘリで美咲さんがレプリカに渡していたのと同じやつだろうか。

そう思うと答えはすぐに返ってきた。


「この飴、レプリカがすごく好きで最初食べた時の顔がすっごい可愛かったんだよ。護くんがボケる時も真顔だけどツッコんでくれたり、翔くんの容態気にしてくれたり…」


だんだんその声は弱まっていく。細く、糸のように。

俺はそこまで聞き終わるとまた正面を向いた。

その時の俺の目には輝き、希望、光なんて一切無かった。ただ一点を見つめ、光に包まれた中で暗闇を見ていたのだ。

そして思う。

「呆れた」と。

そんなことを知る由もない美咲さんは、今度は気持ちを切り替え、声のボリュームを1段階上げて話し始めた。


「だからね、神川くん。チャンスを…」


「すみません」


美咲さんの言葉を割って俺が言う。


「今日はもう戻りますね、おやすみなさい」


そうして俺はこの場を後にした。


素直に美咲さんの話に乗ればいいものを。俺はそれを拒んでしまった。確かに俺はレプリカに「嫌いだ」と言ったが、冷静に考えれば嫌いになるメリットも無ければ理由もない。

最初に見た時こそ無礼なやつだとは思ったが時間が経てばそんなこと、流してしまう。

あの程度のこと普段ならそうするはずだ。むきになることもないはずだ。

それなのに美咲さんがくれたチャンス、俺のチャンスでもあるにも関わらず拒んだ。

しかも最後まで話を聞かずに、言葉を切り裂いて拒んだ。

母さんのことか?

いや、違う。そんなことではない。

母さんのことは仕事でありしょうがない。そんなことを言ったら先手を決めた蓮田さんも憎んでいたに違いない。

じゃあただ単に態度が気に食わなかったのか?

これも違う。

今思い返せば怒りなどの負の感情を引き出すことはない。ただの記憶の一つに過ぎない出来事になっている。

レプリカに対して、謎の感情が渦巻いていた。

この謎の感情、呪縛が解かれるまで、俺からレプリカに近づくことはないだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


初任務の日から10日が経った。

別に何が変わるわけでもなく時間が過ぎていった。俺達適合者はただAAS患者の暴走を止めればいいだけなので、任務以外は自由な時間だ。

「生存率を上げたければトレーニングしろ。」、つまり代わりはいくらでもいるということだろう。

そんな捨て駒のような適合者たちの9割ほどは第三階級国民である。

金がない、でもどこの企業も雇ってくれない、そんな三階級の人たちはAASワクチンを打って命を金に変える簡単な仕事に行き着くのだ。

だから適合者の中で真の正義を掲げて入隊する人はほとんどいないだろう。

そんな俺達がまた知らぬうちに金と不安と絶望に突き動かされて、新しい任務に向かおうとする。


「今回の任務は蓮田 勝義さんの負傷によりF(フェオ)小隊2名、U(ウル)小隊3名、計5名での任務とします」


レプリカは冷静な声色で言った。

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