表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
T「ansmiG「ation  作者: ムービィ勝山
-Ragnarøk-
8/36

7話 疑いの終息

俺はただ金と場所が欲しかっただけだ。安定した生活がしたかっただけだ。

もう少し早くここで働けていたら、死んでしまったばあちゃんやじいちゃんに少しは楽をさせてやれたかもしれない。

それだけでここに入ったのに。

それだけで良かったのに。

俺にとって完全適合は宝の持ち腐れでしかない。使う気にもならない。第一、他の適合者となにが違うのか、自分自身が理解できていない。

こんな人間が安易に持ってはいけない能力なのだろう―。


「2人目の完全適合者…神川悠世のことですか」


美咲さんが口を開く。

するとラスカーははっとした顔で美咲さんのことを見る。


「そうそう!神川、神川!!その子だよ!そこの大人びてる眼鏡の子かな?髪がトゲトゲしてる子かな?」


「トゲトゲって…」


白岡さんは自分の髪をいじって少し落ち込む。


「もしかして君かい?一番左の君!!」


そうやってラスカーは人差し指で俺のことを指す。

俺は突然聞かれたので少しおどおどしながらも「はい…」と答えた。

するとラスカーは俺に近づき自分の顎に手を当て、目を細めて見てくる。異様に近かったので俺は少し体を仰け反った。そして「意外だな…」と一言こぼし俺から離れる。


「まぁどうであれ、同じ完全適合者同士、がんばろうな」


そうやってまた一人ケラケラ笑うラスカーに対し、俺はまた苦笑いで返した。

そんなラスカーとは裏腹に、レプリカが言葉を放つ。


「ではラスカー事務総長。お言葉に甘えて任務完了の報告をさせていただきます」


「構わん」


任務報告されるのが嬉しいのか、自分の意見を素直に受け止めてくれたのが嬉しかったのか、ラスカーは少し温かい声で優しく答えた。


「今回の任務、想定外のことが起こりました。AAS患者の理性が若干、残っているような感じに見受けられました」


「ほう、というと」


ラスカーはそのことに疑問を感じたのか、レプリカに問い返す。


「AAS患者は基本、理性を失い、あらゆる生き物を無差別に攻撃する。ワクチンにも使われている粒子が大脳新皮質にストレッサーとして受け取られ、新皮質は機能不全に陥る。それにアドレナリンの過剰分泌により、体のリミッターは外される」


「よ…よくわかんねぇ…わかったか、翔…?」


レプリカが長々と話している横で、白岡さんは小さな声で川本さんに話しかける。

だが、川本さんは微動だにせず目を閉じていた。


「寝てるし…」


白岡さんは諦めてまた前を向いた。

そんなことは気にもせず、レプリカはまた淡々と話し始めた。


「ですが今回の患者は比較的冷静であり、言葉も発していました」


するとレプリカは横目で俺の方を見てくる。俺はそれに気づき目が合う。

だが彼女はすぐに目線を戻しラスカーの方を見る。


「おそらく理性を保っていたころの強い執念や執着が今なお残っていた、と考えられるのですが」


「そうか…」


するとラスカーは後ろに振り向きその言葉をこぼした。そしてゆっくり元いたデスクに向かって歩いて行く。

おそらくラスカーは知っているはずだ。12年前、端島で起きたことを。

知らないはずがない。

俺はその真実を知りたい。12年間、無くしていた記憶の真実を知りたい。

そう思いラスカーに向かい口を開いた。


「ラスカー事務…」


「神川」


俺が言った途端、ラスカーは口を開いた。


「今は話すべき時ではない。今は自分のやれることをやれ。まず完全適合者としての自覚を持たなければ…」


無理やり話を逸らされた気がした。ラスカーに対する、新制国際連合に対する疑いは確信へと変わっていった。

ラスカーは確実に12年前のことを知っている。

そんなことが頭に浮かんでくる。だがラスカーが放った次の言葉に俺は呆れる。


「自覚を持たなければ、君は仲間を殺すことになるだろう。自分の意思で無くとも―。」


力があるのにも関わらず、守る力があったのにも関わらず、俺がその力を発揮せずに誰かが死ぬ。そういうことだろう。

そんなことは知っている。だから嫌だったんだ。こんな能力。

だがそんな気持ちも頭の中、心の中に留めておく。

だが本当にそんなことなのだろうか。

その時のラスカーの顔は後ろを向いていてわからなかった。

ただひとつ、ガラス越しに映っている太陽が今日、一日の終わりを告げていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今日は疲れた。まだ背中が痛む。

俺はベッドの上で仰向けになり、腕で目を隠した。辺りが暗闇に閉ざされて今にも眠れそうだ。

それに疲れがどっときたせいかこの態勢でいると楽になる。

この部屋は1LDKと比較的広い部屋でお風呂も完備されている。大浴場に行くのがめんどくさい俺にとってはとても良い部屋だ。

といっても1人暮らしには十分な、いや少し余るくらいの広さであり、実質隣の部屋はあまり使っていない。

自炊もしないのでダイニングキッチンは使わないし、使うのはリビングくらいだろう。

ここに来てから約2週間。まぁこの部屋にも慣れてきたという頃だろうか。最初は寝付けなくて毎日睡眠不足だったが。

今日の初任務のことや最近2週間のことなど様々な出来事が頭によぎる。

途端、腕輪型デバイスに通知がきた。

自動的に画面が表示され俺はその通知を見る。すると画面には「寄居 美咲さんが訪問されました。」の文字が映しだされていた。

これは部屋の前にある認証機器に部屋主以外のカードキーがかざされると、部屋主に通知される仕組みだ。

俺は急ぐこともなく普通の速度で玄関へ向かう。

玄関を開け、美咲さんが笑顔で言う。


「今日はお疲れ様」


「はい、お疲れ様です」


何をしにきたのだろうか。そう思ったがその答えはすぐに帰ってきた。


「少し付き合ってくれない?」


あと1時間で長い一日が終わる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ