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T「ansmiG「ation  作者: ムービィ勝山
-Ragnarøk-
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5話 一人きりの神川悠世 2

今思えばただの建前だと思う。俺の元気がないからこんな島に観光だなんて。

第一、うちには金がない。どこから金を用意したのかは今もわからない。それに観光なら東にある白川郷とかでも良いと思う。家の周りと景色はあまり変わらないが。

母さんがわざわざ西の端島まで言った理由。今になって薄っすらとわかってきたが、まだはっきりとはわからない。唯一言えることは、俺を殺さないためだったのだと思う。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


12年前、2045年9月。俺は母さんと西にある島、端島に出かけることになった。

妹がいなく、3人揃って行けなかったため俺は素直に嬉しいとは思えなかった。それに最近、母さんの容態も急変してきた。出かける前日、俺が流しで皿を洗っていると母さんはいきなり後ろから力強く抱きしめてきた。腰くらいの位置に手やり、顔は腰より少し上の位置にうずめていた。後ろからだったのでよく見えなかったが、膝を床につけ、低い姿勢で力強く抱きしめていたのだと思う。

力強く抱きしめているその腕には血筋がはっきりと見えていた。

その時、母さんの顔が当たっているあたりが妙に気持ち悪い感触だった。生ぬるい液体のようなものが服に濡れた感触だった。


「お母さん、痛いよ。離して」


その抱きしめ方は俺を優しく包み込むようなものではなかった。恐怖に耐えようとしていた哀れな姿だった。


翌朝、出発をした。

外の世界に出たことのない俺にとっては何もかもが新鮮だった。初日は最寄りの駅まで1日かけて歩いて行った。着いた駅でもさらに3日ほど待たされた。何でも1週間に1度、定期列車が来て物資をこの地域に運び入れるそうだ。

うちはこの地域の最東端に位置し、その制度も受けてなかったらしい。

そして列車に揺られること半日。新大和皇国の首都「岡京」に着いた。見慣れない服装の人ばかりだった。みんな服装は違うのに、すれ違う人すべてが手首に銀色の腕輪をしていた。

見慣れない景色に囲まれながら、次の列車に乗り換えるため駅の中を歩いていた。

母さんは離れないようにと手を握ってくれている。この日の握り方には優しさを感じた。俺はそんな母さんの後ろをたどるように歩いて行った。

それから首都「岡京」を出て4,5時間ほどで第二階級国民の住む地域の西にある地域に着き、そこから船で端島まで行く。

駅で降りた時からつないでいた母さんの手には汗が滴っていた。時々、一瞬強く握ってくる時があるが何も言わずに我慢する。

母さんが折角連れてきてくれたのだ。気持ちを無駄にして「もう行くのやめよう」などとは言えない。

家に帰ってからでも治せる病気だろうと、無知の俺は思っていた。

だがそんな軽いものではなかった。


端島の船着場に着いた。俺は母さんに連れられて端島に降りる。船と船着場の隙間に足を入れないように少し慎重になりながら。

俺達の後ろに数人ほど白い服を着た人たちがいたが降りる気配はなく、俺と母さんが最後だった。

一苦労して船着場に降りた俺を母さんは軽く笑う。


「なんで笑うんだよ…」


俺は顔を少し赤らめて照れながらも、母さんが少し笑ってくれたことが嬉しかった。


「なんでもないよ」


母さんは久しぶりに微笑みながら答えてくれた。

その母さんの腕、恐らく全身もだろう、足にも血筋がはっきりと浮き出ていた。

それを目にした俺はやっぱり帰ろうと思い母さんに言おうとした時だった。

母さんは俺の左手をとって手をつないで歩く。母さんは前を行き、俺はその後ろをついていく。

この島は通路に沿って観光するようになっていて、通路の両端には柵が設けられている。

俺と母さんはしばらくの間、なにもしゃべることはなかった。

母さんは景色を楽しみ、俺はずっと下を向いて歩いていた。

通路が終わり広場のような広い場所に出た。

母さんはそのまま前に進み、前方にある柵に片手を置く。もう片方の手は俺の手につながっている。


「ごめんね、こんなところで」


母さんは少し微笑んで言った。でもそれとは反対にだんだん握る力が強くなってきている。

俺はなにも答えることができずにいた。

少し間を置いて俺も母さんに話しかける。


「どうして…出かけたの?」


俺は目を合わせずに、目の前の建物を見ながら言った。


「悠世、元気なかったから」


「え?」


俺は腑抜けた表情で母さんの方を見た。

母さんは俺のいない前を見ながら涙ぐんでいた。

そして握っている手は少しずつ離れていき、母さんの手は震え始めていた。


「怖いよ…悠世…」


母さんは弱音を吐いた。弱音を吐く母さんは違和感しか感じなかった。


「怖い…」


次の瞬間母さんはどこにもいなかった。

その代わりに俺の目の前にいたのは髪は黒髪、短髪の女性。その女性の肉体は、血筋がくっきりと出ていて、筋肉は全身にかけて尋常じゃないほどに盛り上がっている。目の瞳孔はかなり開いている。

俺は呆然としていた。

その人、母さんは片手を振り上げた。そして勢い良く振り下ろした。

そのままあそこに立っていたら俺は死んでいただろうか。死んでいてももう構わないようなものだったが。


「大丈夫!?生きてるよね!?」


その声で俺の呆然としていた頭が戻った。


「あ…お、お母さん!!お母さん!!」


「こら!危ない!死ぬよ!!」


金髪の女の人が言う。右目には所々朱色に染まった包帯を巻いていた。

俺は必死に抵抗して母さんの方に行こうとするが、その抵抗もかなわず、しまいには女の人に担がれ船まで連れて行かれてしまった。

その間もずっと叫び続けた。船に乗っている時もずっと。

恐らく母さんと白い服の人たち以外は一人残さず船に乗っていた。白い服の人たちは手に黒い何かをもって母さんのところに向かっていた。


「お母…さん…」


船に乗っているすべての人が俺のことを見ている。


「あんた、三階級の人間だろう。あの変なの、あんたの母親かね」


太った4,50代くらいのおばさんが話しかけてきた。


「お母さんは変じゃな…」


言いかけた途端、思いっきりビンタをされた。


「あんたらのせいで死んだらどうしてくれんの!?あぁ!?うちの奴隷にでもなってくれんのかね!?社会の役にも立たないゴミ共が!!おとなしく自分たちの畑でまずい作物つくってりゃいいんだよ!!ったく…」


その時、弱々しい音が鳴った。皮膚が叩かれる音だ。

先ほど文句を言っていたおばさんは頬を押さえ俺の方を睨んできた。


「なっ…!」


もう一度鳴った。同じく弱々しくも、皮膚を叩く音。


「一回目は俺の分だ、二回目は母さんの分だ!!」


「…この…クソガキ…ッ!!」


そのおばさんは俺を担いで遠くへ投げようとしていた。

船にいる数人から「それは止めたほうがいいんじゃ…」「おい、まずいぞそれは!!」などと聞こえる。

どいつもこいつも"それは""それは"の繰り返し。みんな…


死んでしまえ。


「うるせー!どっちが上か見せてやるんだ…」


おばさんはそこまで言って止めた。


「いくら階級が上でも殺せば殺人罪ですよ」


言ったのは先ほど俺を船まで連れて来た金髪の女の人。その人はおばさんの手首を掴んで止めようとする。


「あんた階級は」


おばさんは一度俺を降ろして金髪の女の人を睨んで聞く。


「ないです」


「あ?」


耳を疑うような答えだったのかおばさんは驚いた顔をする。


「それって…もうこのガキより下じゃないの!それに髪だって金髪に染めて、色白の肌で!!美白っていわれたいの?死語よ、死語!!!」


おばさんは腹を抱えて笑う。


「ええ笑ってもらっていいですよ」


金髪の女の人は俺の方を見て心配そうに頬を撫でる。


「大丈夫?戻ったら傷、治してしてあげるからね」


「お前だって結局あのおばさんと同じだろ」


俺は金髪の女の人に向かって言う。

金髪の女の人は俺を憐れむような、でも優しいような目で見てくる。


「こんなつらい記憶、消してあげるからね」


金髪の女の人はぼそっと独り言のように言った。

そして俺への慰めは終わったのか今度はまた、おばさんのほうを見る。


「まだ笑っているんですか。別にいいですけど」


言っている通り、俺達が話し終わったあとも、あのおばさんの憎い笑い声は止まなかった。


「だって…!!」


「あ、そうそういい忘れていましたけど…」


おばさんはようやく笑うのをやめて、目に浮かんでいる笑い涙を拭っている。

そして金髪の女の人の方を見ながらゆっくりと座って、不気味な笑みを浮かべる。嘲笑うかのように。

金髪の女の人はおばさんとは正反対に、ゆっくりと自身に満ちた表情で立ち上がる。


「私はユーリア・イリユーシナ。一応ロシア人なので階級とかはないですよ」


満面の笑みでおばさんに向かって言った。

それを聞いたおばさんは唖然としていた。

金髪の女の人、ユーリアは言い終わるともう一度俺の方を向き目を合わせてくる。

俺が目を逸らそうとすると「こっち向いて」と言う。

恥ずかしながらもユーリアと目を合わせる。


「治してあげる」


ユーリア右目につけていた包帯を取り外した。一瞬、その目からほのかに青白く発光する粒が見えた。


気づいたら俺は見知らぬ家にいた。

そこには60歳くらいの老夫婦2人がいた。その老夫婦も腕輪、新制国際連合が配布している腕輪型デバイスをしていた。黒く薄っぺらい箱のようなものの中には人が入っている。

その人たちは黒い服や白いものを首にかけたりしていて、「人工知能完成」やら「AAS患者隔離問題」などよくわからないことを言っていた。その人たちをずっと眺めていると、人の足が視界に入る。先ほどの老夫婦二人だ。


「大丈夫かい?」


おばあちゃんが聞く。

俺は少し頷く。


「金髪の女の子が連れてきてくれたんだよ」


今度はおじいちゃんが言う。金髪の女の子、誰のことだろう。

記憶を無くしたことにすら気づかない俺は、その日からその老夫婦の元で暮らした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あの島と母さんがトリガーになって思い出したんですかね」


俺は変な微笑みで言う。


「確かその…二千…」


そう言ったのは白岡(しらおか) (まもる)U(ウル)小隊の一人。確か年は俺と同じで19歳。髪はくせっ毛なのか寝ぐせなのか、それともワックスやらなんやらでセットしているのかわからないが、やたらぴょんぴょんはねている。

髪は染めておらず黒髪。首には白いネックレスをかけている。


「2045年」


「そう2045年だ!」


割って入ってきたのは川本(かわもと) (かける)。この人もU(ウル)小隊の一人。気だるそうな目に黒縁のメガネ。この人は恐らく寝癖であろう。この人の髪もぴょんぴょんはねている。黒髪で少し鈍感そうな人であり実際今、白岡さんに「よくやった!!」とベシベシ叩かれているのに表情一つ変えず、じっと俺の方を見ている。


「んで、2045年って人口知能が完成して一気に技術革新?したんだろ」


「ええ、そうね。実際このAASワクチンだってその人工知能が開発したんだもの」


護さんに続き、美咲さんが言う。


「イデデ…小僧」


蓮田さんが体を起こしてしゃべろうとする。


「だめですよ、あんまり動いちゃ」


「蓮田さん、俺達のこと名前で呼んでくださいよ。みんな小僧、譲ちゃんじゃないですか」


美咲さんは心配し、護さんは呆れたように言う。


「その老夫婦は今生きてるのか」


蓮田さんは素直に美咲さんの言うことを聞き、仰向けの状態で話す。


「二人とも去年なくなりました。」


「そうか、すまんな。でもこれだけは覚えておけ」


蓮田さんは寝たままの姿勢でこちらに顔を向けた。


「本当に愛した女はいくつ年を重ねてもいいぞ。特にそこの譲ちゃん、あれくらいの胸がちょうどいい」


「セクハラで訴えますよ」


美咲さんはそう言いながら冷たい視線を浴びせた。そして護さんは「ほらまた譲ちゃんって…さっき言ったばっかりなのに…」と呆れたような顔をして独り言のように言った。


「レプリカ、いる?」


俺が蓮田さんと護さんの小僧だの譲ちゃんだのの話に巻き込まれている中、美咲さんは端の方に行き、レプリカに飴を渡そうとする。


「ありがとう」


レプリカは素直に飴を受け取る。そしてまたヘリの窓に目を向け空を眺める。


「何かあったの?」


美咲さんは心配そうに問う。


「今回の患者、イレギュラーだったなって」


「そう…」


レプリカはそのまま空を眺めていた。

9月3日更新 ― 本文改訂「新大和興国」から「新大和皇国」へ訂正。

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