33話 分岐点
突然の雨。
その雨に打たれながらも、俺達は前に進む。
一歩、一歩、そしてまた一歩。それを何回も、何十回も繰り返す。
間を開け、細かく散らばるように降っていた雨は、やがて隙間を埋め尽くすように降る。
その雨の強さとともに、俺達の歩く速度も比例して、早くなっていく。
轟く雨の音、それはどこか強く、どこか悲しいものだった。
だがそんな音とは違い、なにか無慈悲な音が近づいてくる。
それは遠く、遠くのほうからだんだんと、近く。
雨の音よりも強く、すべてを切り裂くような音。ふと後ろを振り返る。
するとヘリコプターが一機、上空を低空飛行していた。
それはあっという間に近づいてきた。
「なんの音?」
川本さんが唐突に後ろを振り返る。それと同時に蓮田さん、白岡さんが後ろを振り返り川本さんの言葉の意味を探す。
それはもう上空、真後ろまで近づいてきていた。
そのヘリコプターは俺達の真上を遠慮なく通った。
その強風と切り裂かれた雨にさらされ、目をしっかりと開けることが難しかった。
そんな中でも状況を確認しようと、腕で顔を覆い、その隙間から自分のその目でしっかりとヘリコプターを追った。
そのヘリコプターは俺達の進行を遮るようにして、数十メートル先に着地した。
止まったプロペラは雨に打たれ、そのたびに雫を流している。
「救援か…?」
蓮田さんがそう言う。
だが、そのヘリコプターから出てきたのは、救援隊なんかではない。
「久しぶりだね!!」
黒ずくめの男が二人、片手に傘を持っている。
その二人はどちらもサングラスをかけていて、きっちりとしたスーツに黒いネクタイを締めている。
靴は革靴で、いかにもお偉いさんのボディーガードという出で立ちだった。
そして、その真ん中にいる男。
髪は薄く、金髪掛かっている白髪である。顔にシワはないものの、その見た目はゴツゴツとしていて、輪郭がくっきりとしている。
肌の色は俺達よりも白い。要するに白人だ。
するとその男は俺達の前まで来てこう告げた。
「神川!!どうだね、調子の方は!能力は開花したかい?」
それに対して俺は俯く。
すると蓮田さんが男に向かって言う。
「ラスカー事務総長、お言葉ですが…今はそのような状況ではなく…」
するとそんな言葉はお構いなしと言わんばかりにラスカーは俺に対して、耳元で言葉を告げた。
「そんなことだから、君は…」
違う、違う。
違う、違う。
「―仲間を殺してしまうんだよ。」
違う。
違う。違う。
違う。違う。違う。
違う。違う。違う。違う。
「何もかも、俺の意思じゃないんだ!!!違うんだよ!!!」
そう、自分に問いかけてもその手は離そうとしない。
「何が違うんだ、今現実に起きていることじゃないか―。」
違う、彼女を殺したのは俺じゃない!!
一体、何を言っているんだい、君は―。
彼女は誰にも殺されてはいないし、君は彼女を殺してはいない―。
「じゃ…、じゃあ…レプリカは…まだ…」
「そうだね、生きている。ただ…」
ラスカーはそこまで言うと、俺の手、いや、川本さんの方を見て一言いう。
「その手―。」
離してあげたほうがいいんじゃないかな、神川―。
「一体何を…」
俺はそう思い、自分の右手を見る。
すると俺の手は何かに埋まっていた。その埋められているものからは赤くて、鉄臭いものが流れ出ていた。
雨のせいでその匂いは少しばかりかき消されているが、それでも臭う。
そして、雨の雫はその赤い液体を滲ませる。
俺はふとして顔を上げた。
すると川本さんが、口から吐血して苦しんでいる表情を見せた。
なぜ苦しんでいるのだろう。だれがこんなこと。許さない。許さない。
絶対に自分を許さない。
「けが人が出てしまったようだね、いや怪我というより…」
俺はそうやって言うラスカーの方を、酷く唖然とした顔で見る。その顔はものすごくひどかっただろう。
ひどく、何かに縋りたいようなそんな、屑の顔をしていた。
ラスカーは話の続きをする。
「もうダメかもね」
ラスカーがそういった瞬間、川本さんの様子が急変する。
体は筋肉質になり、血管が浮き出る。瞳孔は開き始めていて、川本さんの体がだんだん熱くなっていく。
俺は急いで川本さんの体に貫通している手を抜く。
「小僧!しっかりしろ、どうしたんだ!」
蓮田さんはこういう。
「そんな…翔…」
白岡さんは絶句していた。
俺は何をどうすればいいんだ…。
どうしたらこの罪を償えるのか…。
どうしたらこの罪から逃げられるのか…。
「小僧!!一旦逃げるぞ!!」
聴覚の端の方からかすかに聞こえてきた蓮田さんの声。
今は逃げようと思うほど、頭は回っていないし、逃げる力もない。
このまま死んだら逃げられるだろうか、この世界の呪縛から。
逃れられない呪縛から。
でもいつもそうだった結果は同じで、死んだってなにも変わらない。
また最初から今まで背負って来た罪を繰り返すだけだ。
すると視界にはラスカー・バクーニンの後ろ姿があった。
その後ろには襲い掛かってくるAAS患者。
それに怯えずラスカーは、自分の片方の手をAAS患者に向ける。
すると突然、AAS患者は空中で動きが止まり、その直後に体がぐちゃぐちゃに捻り曲がって、中央に向かって何かに吸い込まれるようにして回転する。
そしてAAS患者の姿は微塵もなくなった。そこに落ちているのは川本さんが来ていた制服と、掛けていた眼鏡だけが無造作に落ちていた。
ラスカーは顔を、呆然としている俺の方を向き、一言告げる。
「自分の意思でなくとも君は仲間を殺してしまった。自覚がなくとも。殺してしまった、君は」
そうだ、すべてはここから狂い始めたんだ。
俺も、コイツも、誰も、みんな。
世界も。




