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T「ansmiG「ation  作者: ムービィ勝山
-Ragnarøk-
20/36

19話 すべてを失う究極の状況Ⅱ

妙に静かな時間が訪れる。廃れた空港の中で、AAS患者を目の前にして、俺達は落ち着いている。

普段こんな光景は見ない。少なくとも俺は見たことがない。

俺より長くこの仕事を請け負っている蓮田さんや、白岡さんたちは見ているのかもしれないが。

とにかくこの女性をどこか安全かつ拘束できる場所に移動させないといけない。

下手に患者を殺して、刺激させてしまっては厄介だ。


「極東支部からの応答がきました」


レプリカがそう言って皆に伝える。


「拘束して連れて来いということです」


すると蓮田さんがレプリカに問う。


「それだけか?」


レプリカはその問に対して、頭を経てに振った。


「もっと具体的なのないのー。暴れ出したらどうするの」


白岡さんは緊張感がない話し方で聞く。


「そのときはしょうがない…うん」


川本さんのその意味深な表現が怖い。でも確かにどうにもならない時にはそうするしかないだろう。

俺達は上の命令に従うべく、女性をヘリに乗せるためヘリポートまで連れて行く。


「じゃああとはお願いします。俺は蓮田さんと後から行きますんで」


俺が蓮田さんを除いた4人に向かってそう言う。


「了解、待ってるわ」


美咲さんが返事をする。

女性を運ぶために、俺は女性の手首を握っていた手を緩める。

その時だった。今までずっと呆然としていた女性の態度が変わる。

俺の片腕の関節を平手で打ってきた。突然のことに対応出来なかった俺は、そのまま腕が曲がり肘が床に着き、態勢が崩れた。

女性は態勢を仰向けにしながら立ち上がり、そのまま走っていった。そのときに俺は顎を下から蹴られた。

俺も態勢を立てなおそうとするが、少し遅かった。

女性が向かった先は俺が弾き飛ばした銃の場所だった。


「ふざけんな…!」


俺は女性に一歩取られたという悔しさと恥ずかしさを、誤魔化すためにそう言った。

態勢を立て直した俺は女性の元へ走る。

だがそこにいた女性は先ほどのおどおどしていたのとは違った。

復讐、人殺し、皆殺し、覚悟に染まったような出で立ちだった。そしてその女性はまたも俺に向かって発砲する。

その銃弾は1発だけ俺の足に当たった。

その時妙な感覚が俺を襲った。何かが皮膚を伝っていく。液体のようなものが皮膚を伝って足元に向かっている。そう思ったのもつかの間、俺は次の一歩を踏み出した途端、力が抜けて態勢を崩し転んだ。

反射的に足を見る。赤く濁っている色に染まる制服のズボン。

それを見た瞬間、とてつもない激痛を感じる。


「がっ…あ…!!」


脳裏によぎる様々なこと。ワクチンが切れた。銃弾が当たった。動けない。痛い。痛い。痛い。

久しぶりに恐怖を味わった。


「小僧、大丈夫か!」


俺が切れたということは蓮田さんももう切れるかもしれない。

だがそんなことを伝えることも出来ず俺は、自分の足を両手で押さえ、ただただうずくまっていた。


「蓮田さん、あなたがワクチンを打った時間は、彼と同じくらいですか?」


レプリカが冷静に聞いている。だが、今の俺はそんな会話すらも耳に届かない。自分のことしか頭になかった。そんな中でも皆はまだ話し合う。


「ああ、そうだ」


蓮田さんはすでに自分の立場を知り、担いでいたAAS患者を降ろしていた。


「わかりました。ここは私一人で構いません。皆さんは神川さんとAAS患者の処理をお願いします」


「了解」


皆がみんな、それぞれに言う。

そして蓮田さんが俺のことを背負う。


「小僧たち、その銃で患者の処理を頼む」


「だから小僧ってどっちなんですか…」


白岡さんが呆れたように言う。

数秒ほど行ったところの曲がり角を曲がり、女性に気づかれないような場所を探す。

結局AAS患者が意識を取り戻す前に処理をしなければならないので、時間に焦らされ、通路の端ですることにした。

白岡さんは持っていたライフル銃で2、3発患者に撃ちこんだ。

最悪の事態ではあるがしょうがない。もし女性が暴れ出したらレプリカに食い止めてもらうしかない。

どちらにしろレプリカは女性を拘束しなければならない。

俺は蓮田さんの背中に寄りかかったまま、痛みに耐えるだけだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「私はあなたの弱点を知ってるわ」


女性はレプリカに銃を向けたまま不吉に笑い、そう言う。

無論、レプリカがそんな脅しに反応するわけもなく、ただ女性を冷たい目で見ているだけだった。

そしてこどごとくその女性の言葉を無視し、女性に向かって走りだす。

だが女性はレプリカの攻撃をかわそうともしなければ、動きもしない。

レプリカは不審に思いながらも、拳を引く。そのとき、ようやく女性は動き出した。

動き出したと言っても足は動かさず、右手だけを右のポケットに入れた。

そして取り出したのは8本のアンテナがついた携帯ジャマー。

女性は見せつけるように目の前に出し、またも不吉に笑う。

レプリカも瞬時にそれに気づき止まろうとする。だがもう遅かった。

慣性の法則に従うように二、三歩大きく前に出てしまった。

そしてあるところでピタリとレプリカの動きが止まる。


「…滑稽ね」


女性はレプリカの動きが止まった事を確認し、近づく。


「これはあなたが持っていなさい」


そう言ってレプリカの制服のポケットに携帯ジャマーを入れる。

そして女性はレプリカに向けて銃を突きつける。だがその銃はすぐにレプリカの頭から離され、女性は足早に立ち去っていく。


「あなたを殺しても意味がないもの。銃弾の無駄遣いよ」


レプリカにはその声が届いていたのだろうか。

届いていたとしても、彼女の時間はそこで止まった。

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