18話 すべてを失う究極の状況Ⅰ
「やめて!!」
その女性の声とともに、ビル内に2、3発の銃声が鳴り響いた。
その銃弾は手すりや柱に当たり、俺と蓮田さん、AAS患者は銃弾を受けることなく無事だった。
銃弾が飛んできたと思われる場所を反射的に見る。それはこのエスカレーターを上がった先、第一ターミナルビルの3階からだった。
エスカレーターを上がり切る場所の少し奥側には、黒髪で長髪の女性が銃口をこちらに向けて構えて立っていた。
その手はやけに震えている。
「やめて!」
女性は先ほどより抑え気味に言う。
見た感じ体には異常はない。言葉もちゃんと喋れているので、AAS患者ではないのは確かだ。
「その子に触らないで」
女性はまた抑え気味に言った。
その子。恐らく今蓮田さんが取り押さえているAAS患者のことだろう。
すると蓮田さんはAAS患者の事を警戒しつつも、その女性に話しかける。
「あんたどっから入ってきた。なぜ止める」
蓮田さんがそう聞くが女性は眉間にしわを寄せるようにして、さらに敵対視する。
女性は何も言うことなく黙り込んでいる。
すると俺はふと思い出す。レプリカが言っていた目標…もしかすると…。
すぐに俺は蓮田さんに伝える。
「蓮田さん、もしかしてレプリカが言っていた目標って…」
「ああ、たぶん…な」
蓮田さんはだんだん押さこんでいるのが辛くなってきたのか、険しい表情で答えた。
先ほどまで黙っていた女性が口を開く。
「ねぇまだ?早く」
女性は少し震えた声で言う。
この子供のAAS患者の母親ということだろうか。だがなぜこんなところに。
依然として蓮田さんは女性の要求に答える様子もなく、患者を取り押さえている。
今の俺等が無理やり女性を拘束しようとすると、力の抑えが効かなくなって殺しかねないかもしれない。
俺はただ女性を刺激しないように見ていることしか出来なかった。
白岡さんが来るまで何も出来ないのか…そう思った矢先、また女性が口を開く。
「あんたら、女2人と仲間でしょ?どこに隠れてるのか教えてよ」
女性は少し息を荒げて興奮する様子で言った。
その質問に対して蓮田さんはすぐに答えた。
「申し訳ないが、居場所は知らない」
蓮田さんがそう言い終えると女性は大声を発した。
「ああっ!!!」
その声とともに銃弾が飛ぶ。
それは蓮田さんの肩に命中した。その瞬間、ほんの少し蓮田さんの肩の力が抜けた時、患者は蓮田さんの拘束から抜け出した。
そして患者は俺の方を見て、両手を広げ襲いかかる。
俺はすぐさま左に避け、エスカレーターの手すりを踏み台にして3階の床に手を伸し掴む。
患者は俺を睨みつけ登ってこようとする。
それをさせまいと俺は、伸ばしている足を曲げた。
足を曲げれば患者との距離が増え掴まれにくくなる。それにもし、そこまで飛んできそうならばちょうどいいタイミングで足を伸ばし、蹴り飛ばすだけだ。
そんな簡単な戦術を頭の中で回しながら、3階の手すりを伝って上がり切る。
患者の眼中には目の前の俺のことしかなく、蓮田さんに対して気にも止めていないようだ。
すると蓮田さんが腕の上、肩の方に止血をしながら俺に向かって話す。
「小僧、さっきと同じように俺はこいつを足止めしておく。お前さんはあの女を止めろ。殺すんじゃないぞ」
「わかりました」
下にいる蓮田さんに返事をした。
患者はそれに反応して、俺が向いた方向、蓮田さんの方を見た。その瞬間、患者がターゲットとして捉えるのは蓮田さんに切り替わる。
まぁ、都合がいい。正直あの女性さえ止めれば終わったようなものだ。
そうやって簡単に考えているが、子供の患者というところには少しの抵抗はある。
とりあえずあの女性を取り押さえて事情を聞くしかない。
なぜ、患者を執拗に守ろうとするのか。まず、どうやってここに入ってきたのか。聞きたいことは山ほどあるのだ。
すると女性は銃口を俺の方に変えてきた。それもそうだ。
「やめて、来ないで!!」
そんな願い事を叶えてあげられることもなく、俺は女性の元を走る。
一瞬だった。俺が女性の元まで走り切るのは一瞬だった。
女性は銃を撃つ余裕もないような震えた手でいた。
俺は女性の左横、女性から見て右横を通るとき、片腕で女性の腹を支え、もう片方の腕を女性の背中に回して反動に耐えられるようにとクッション代わりにして支え、捕らえる。
女性は驚いた目というよりも、すべてを失ったかのような目でいた。
そして俺は女性を軸にするようにして右に向かって半回転する。当たり前だが女性は俺の反対の方向を向いている。
俺はそのまま女性を押し倒し、人差し指が銃の引き金に引っかかっていたため、銃を届かないところまで弾き飛ばした。
「もう諦めてください。あなたのやり方はただのエゴだ」
そう言うが女性は反論もせず、ただただ遠くを見ていた。
しばらくの間沈黙する。そんな最中でも蓮田さんは患者と戦ってくれている。俺が何かここで成果を出さなければ、蓮田さんに申し訳ない。
俺は女性に対して尋問する。
「あの患者とあなたとの関係は?」
そう聞くが、やはり女性は答えることなく、遠いどこかを見つめている。
これじゃ話にならない。そう思った矢先、無線機に通信が入る。
「蓮田さん、下がって」
川上さんの声だ。その声が聞こえた後、数十秒経った頃に患者のものと思われる唸り声が聞こえてきた。
麻酔弾が命中したのだろうか。
その時、女性が小さく呟いた。
「な、に…なにを…したの…」
先ほどの遠い目から次第に人としての目の輝きを取り戻していく。
すると背後から足音がバラバラ聞こえてきた。
「神川くん、だいじょーぶ?」
少し遠くの方から聞こえてくる白岡さんの声。女性に対して少し警戒しつつ後ろを振り返ると、白岡さんだけでなく、レプリカと美咲さんも合流していた。
美咲さんは負傷したのか手首を押さえている。
俺は白岡さんの心配に答えるとともに、同じように美咲さんに心配の言葉をかける。
「こっちは大丈夫です。美咲さんは大丈夫なんですか、手首痛めてるみたいですけど…」
美咲さんはすぐに答える。
「かすった程度よ。それよりも神川くん、そいつ絶対に離さないでね」
そいつ、というのは今俺が押さえている女性のことだろうか。
おそらく美咲さんのその傷もこの女性がつけたものだろう。俺は自分なりに解釈しながら返事をする。
「はい」
俺がまた顔を戻して女性の方を見ようとした時、エスカレーターを上がってくる蓮田さんと川上さんの姿がいた。
「ご苦労さん、こっちも片付いたぞ」
そう言って肩に担いでいる患者を、親指で指す。
「お疲れ様です、蓮田さん、川本さん」
そう言い終わったあと女性の顔がふと視界の隅に映る。
嫌な予感がした。
気になって女性の顔を見る。
すると女性の目は人としての目の輝きなど戻してはいなかった。狂気に満ちた目で患者を、蓮田さんを見ている。
「やめて、やめて!お願いだからやめて!」
女性はそう言って必死に抵抗を始めた。
まだAASワクチンの効き目があるので、正直なところ一般人の抵抗を受けても俺は微動だにしなかった。
「やめて…や、だ…」
女性は目尻に涙を浮かべていた。
流石に精神的に来るものがある。
「蓮田さんどうしたらいいですか…」
すると蓮田さんは困ったように答える。
「俺に聞かれてもなぁ…譲ちゃん、どうなんだ」
蓮田さんはレプリカに聞く。美咲さんかもしれないが。
「初めてのケースなのでわかりませんので、とりあえず連絡を入れましょう」
レプリカは新制国際連合に連絡をとる。
そうしている間にも女性は小さく「やめて…」と呟いていた。
遅れて申し訳ないです。
すべての元凶はポケモンとGジェネです。
お許しください。
大切なことなのでもう一度言います。すべての(ry




