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T「ansmiG「ation  作者: ムービィ勝山
-Ragnarøk-
12/36

11話 小さな孤独戦士

応援を要請してから5分くらいが経った。

左手の出血はある程度治まり、患者の襲撃もなく、安全に事を過ごしていた。

ヴィダールもおとなしく待ってくれていた。

あれからというもの、話すことなく沈黙が続いていた。そんな沈黙を切り裂くように聞き覚えのある声が聞こえた。


「神川くん」


先に来たのは美咲さんだった。


「早いですね、ってかどうやってこの場所わかったんですか」


「デバイスの位置情報〜、それとワクチン打ってきちゃったから早めに片付けるね」


腕輪型デバイスの位置情報機能。登録したデバイスの位置を特定できる機能。

おそらく川本さんも、それを使って俺にトラップの位置を教えてくれたのだろう。

すると美咲さんはヴィダールを見て俺に問いかける。


「この子が保護対象の子?」


「そうです」


ヴィダールはなにか緊張しているようだ。


「どうした?」


俺が問いかける。ヴィダールはなにも答えなかった。

俺にはヴィダールの感情なんて読み取れない。彼が今、何を考えているのかわからないが、俺には関係ないことだろう。そう思い、話を終わらせた。


「じゃあこの子運んでくるんで」


「りょうかい、私も白岡くん来たら始めるから」


そう言って俺はまたヴィダールを抱える。

途端、俺は一番最初にヴィダールを抱えて逃げていた時のことを思い出す。たかが5分前ほどの記憶だったが、俺はそこから何かを感じ取った。自分でもわからない、ただ何かを。

俺がそう立ち止まっているとヴィダールが話しかける。


「ねぇ、悠世さん…」


瞬間、俺はその「何か」を理解し、ヴィダールがその後何が言いたいのかもわかった。


「俺に父さんを殺させてください」


感じ取った「何か」とはヴィダールの心情の変化だった。

先ほどまで俺に反抗的だったヴィダールは、5分間の沈黙の中で葛藤でもしていたのだろうか。自分の手で父親を殺すべきか否か。

そして、結果的に俺らみたいなわけのわからない連中に殺されるよりは、自分で終わらせたいと。そう思ったのだろう。

美咲さんが来た時に緊張していたのは、知らない誰かに父親を殺される可能性が高くなったから。

美咲さんが「早めに片付ける」などと言うから、余計焦り、緊張したのだろう。

だがしかし、「殺したい」などと言う勇気が出なかったから、俺が問いかけた時も言葉に詰まったのだろう。


「何か打つ手はあるんですよね」


ヴィダールが強い意思を持って聞いてくる。


「俺と美咲さんで拘束する。そこら辺の尖ったもので心臓を一突きすれば大丈夫」


もちろん美咲さんにこんなことは言っていない。無論、反対される。


「何いってんの、神川くんはその子を連れて行きなさい」


「白岡さんの麻酔弾もあるし、大丈夫ですよ」


一度しか見ていないが、確かに麻酔弾の効果は抜群だ。


「そうじゃない、常識的に考えて民間人、しかも子供を巻き込んだら大変なの!!」


美咲さんは絶対に許さないという姿勢で、俺達を阻む。

すると美咲さんの後ろから大きな影がひとつ現れる。

俺達が隠れているのはビルとビルの間の、路地裏なのでその影は突然という感じで現れた。


「美咲さん後ろ…!!」


俺は大声で伝える。


「…っ!?」


美咲さんは不意を突かれて驚いていたが、間一髪かわすことができた。

俺も戦闘態勢に入る。


「早く連れて逃げなさい!!」


美咲さんはAAS患者と闘いながら俺達に指示をする。

だが俺はその指示に対して、すぐに「わかりました」とは言わなかった。

ヴィダールの答えを待っていた。俺はヴィダールの方を見る。彼は下を見たままでいる。

また葛藤しているのだろうか。自分の父親を前にして。

実際に言葉で言うのは簡単なものだ。だがそれを実行に移すことは容易ではない。

実際にやってみたり、直面したりすると足りないものがあったり、気が変わったり。

そんなこと、ヴィダールくらいの年齢の子ならわかっているだろう。

今回実行に必要なものは勇気だ。俺達を信用する勇気、自分が死ぬ覚悟で行く勇気、そして、十数年間一緒に過ごしてきた父親を消す勇気。

彼はどんな決断をするのだろうか。

ヴィダールは顔をあげ、美咲さんの方を見る。


「俺は…!!」


美咲さんはこちらをちらと見る。戦っているのだ。正直邪魔だろうから早く言って欲しいのだろう。

だがヴィダールはその意に反した。


「俺は、休ませてやりたいです、俺の手で」


その言葉を聞き俺も美咲さんの方に加勢する。


「ちょっと神川くん!!あなた時間ないでしょ!?」


「あと2、3分ってとこですかね」


正直、運次第と、運に身を任せていた。白岡さんが来るのは俺のワクチンが切れた少し後だと予想している。

そのために美咲さんを呼んだのだが。

まぁヴィダールにとどめをささせるとなると多少の手加減は必要だ。美咲さんがそんなことしてくれるとは思わないが。


「悠世さん、俺はどうすれば」


ヴィダールは多少の震えはあるものの、強い意志を持って聞いてきた。


「俺が合図したら来てとどめを刺せ。合図して30秒以内でだ。」


そのくらいの時間だったはず。1分もなかったのは確実。


「いい加減にしなさい!!遊びじゃないの!!」


美咲さんの怒りは頂点に達していたのだろう。その怒鳴り声は、戦いの勢いとともに吐き出された。

俺はそんなこと気にも止めずに戦っていた。

患者がひねり回そうとしていた俺の手は、美咲さんのタックルにより患者は飛ばされ、手が空く。

手には多少の麻痺が残っているが、大したことはない。

もうすぐ俺のワクチンの効果が切れる。その前になんとか刺させてあげたいものだ。


「神川くん!!あなたも!!このままだと死ぬわよ!!」


「別にいいですよ。今は生きてる気がしない。このまま死んでも違和感を感じないくらいに」


少し焦りながら答えた。流石にやばい。早く来てくれ、白岡さん。

そんな祈りをしながら殴りは逃げ、を繰り返す。

患者は美咲さんの肩をつかむ。美咲さんは患者の下から潜り込み腹に拳を入れようとする。

だがそれはもう片方の手で止められる。

患者は思い切り美咲さんを投げ飛ばす。美咲さんは最後までそれに抗おうとしていた。結果、投げ飛ばされる瞬間に足を伸ばし、目につま先を向け、飛ばされる勢いだけで患者の片目を潰した。

患者の顔半分は生ぬるそうな血液で塗られていた。

美咲さんを投げた患者は、すぐさま次のターゲットを俺に変更し、走る。


瞬間、わずかコンマ1秒の時間で患者は数十メートルを走り切る。そして俺に向かって拳をつきつける。


対応できない、最初のときより全然違う。まさかもう体が慣れ始めてきているのか。

こんなにも慣れるのは早いのか。

守りの態勢に入るがもう遅い、ヘタしたら死ぬ。というかもう死んでいるのかもしれない。そう思えるほど死が近い距離にあるのを感じた。途端、少年の声が街に響き渡る。


「お父さん!!」


その声の主はヴィダールだった。

ヴィダールは、俺が最初に見かけた時と同じポーズをしていた。

両手を差し出し、目の前にいる患者を「暖かい」目でただ見ていた。

そのおかげで患者は攻撃の手を止めるが、ターゲットはヴィダールに変更される。


「ヴィダール何やってんだ!!硬いものに隠れろ!!」


ヴィダールは姿勢を変えないで俺に言う。


「悠世さんが死ぬ必要はないですよ」


そういってヴィダールはポケットかどこからかわからないが、衣類の中から拾ってきたであろう包丁を取り出した。そうしてヴィダールはうつむいて話し出す。


「お父さん、また全てをやり直そう」


患者はヴィダールの方へ体を向ける。


「今、二人一緒に死んだら親子じゃなくて、兄弟で生まれてきちゃうかもね」


患者はヴィダールに向かって走りだす。


「やり直そう…」


患者は俺の時と同じく、ヴィダールに拳を突きつける。


「二人で」


ヴィダールは突きつけられたその拳に向かって、包丁を突きつけた。

その包丁と患者の拳がぶつかり合う直前、銃声が聞こえた。

患者は背後から打たれたようにして、体をのけぞらせて倒れる。

まだ動こうとする意思はあるようだ。倒れた体を起こそうと地面を這いつくばっている。

明らかに麻酔銃だ。


「間に合った!?」


元気な声が通信機から聞こえる。白岡さんだ。


「なんとか」


その時すでに俺のワクチンは効力を切らしていた。

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