9話 作戦地、第一級国民エリア:大阪
「今回の任務は蓮田 勝義さんの負傷によりF小隊2名、U小隊3名、計5名での任務とします」
レプリカは冷静な声色で言った。
そしてまた淡々と話し続ける。
「目的地は第一階級国民エリア:大阪。都市部での戦闘になるので被害を最小限にとどめてください」
「こういう時こそ俺達工兵の出番だな」
白岡さんが自信に満ちた声で言う。
「俺達が足止めして、お前らがガガガガッってやってくれれば完了!」
「よくゆうよ」
川本さんが冷静に突っ込む。その目はいつもどおり気だるそうな目だ。
「ですがそのとおりです。工兵であるあなた方が今回のような場所では重要になります。最後は私達がガガッっとやれば完了します」
レプリカの顔には変化はなく、いつもどおりの冷静な顔だ。声だっていつもどおりの冷静な音。
だが俺の中のレプリカがいま崩れ去ったような気がする。これが美咲さんの言ってたことなのだろうか。
そう思っていると美咲さんが横から小さな声で話しかけてきた。
「私の言ったこと、嘘じゃないでしょ?」
「別に嘘とは…」
別に嘘だとは思っていなかった。だが実際に見てみるとやはり驚く。
そして美咲さんは付け加えるように言った。
「ちょっとずつでもいいからお願いね」
美咲さんは俺の答えを聞く前に、自ら話を終わらせた。
俺はそのことに対して戸惑い、体が止まったが少しして、自分で自分をむりやり納得させまた作戦の話を聞く。
「現在、AAS患者の重篤レベルは5。抑制薬の投与など行っていますが進行が非常に早く、遅くともあと1時間でレベル7に到達するということです」
「1時間稼ぐから早く来て殺せってこと?」
川本さんが物騒なことを言う。間違えではないが言葉選びが違う。
それかもしくは皮肉で言っているのか。新制国際連合に対しての。
どっちにしろ誰の耳にも入れたくない言葉だ。
「そのとおりです。では詳細は移動中に行います」
そして俺達はレプリカの後をついていきヘリに乗り込む。
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40分ほど経っただろうか。相変わらず下に見える景色は同じ、灰色、灰色、灰色。灰色一色だ。
AAS患者を乗せた装甲車もこちらの方に向かっているらしく、あと数分で合流するようだ。
レプリカが伝えてきた情報は、目標はロシア人の患者、現在レベル6にまで達したという。頭の中でそう整理していると美咲さんがつぶやく。
「安心して。前回みたいなことにはならないわよ」
変に考えてしまったせいで、怖がっていると思われてしまった。なんとなく恥ずかしい、が、訂正する気は起きなかった。
「相手がリミッターが外れた体に慣れてないうちに倒せばいいの。先手必勝よ」
美咲さんは優しい声でまた呟いた。
「前回の時は12年も経ってて相手がその体に慣れていたから、…レプリカが前言ってたようにイレギュラーだと?」
そう問い返すと返事はすぐに返ってきた。
「それも一つね。蓮田さんが動けなくなるんだもん。って言ってもあの人も油断してたんだと思うけどね」
そうこう言っているうちに操縦席の方から「合流地点に到着した」と声がかかる。
それを聞くとレプリカが立ち上がる。それに続いて白岡さん、川本さん、美咲さんも立ち上がる。
「ほら」と美咲さんに声をかけられ俺も立つ。
「先程言ったとおり今回は白岡さん、川本さんの工兵お二人が重要です。作戦通り素早く遂行させましょう」
「プレッシャーかけないでよ…レプリカちゃん…」
白岡さんが弱々しく嘆く。
「ボコボコ組も頑張って」
川本さんはなんだか俺達に向かって訳のわからないことを言ってきた。ボコボコ組?まさか…
「ボコボコ殴って倒すからボコボコ組みですか…?」
そう聞くと首を経てに振っている。どうやらボコボコ組とは俺達、適合者のことらしい。物理的にボコボコ殴り患者を止めるからボコボコ組…。実に素晴らしいネーミングセンスである。
などとくだらないことを考えていると白岡さんが「なにそのセンス」と、大笑いしていた。
笑う際に川本さんの肩を思いっきり叩いていたが、川本さんは微動だにせず仏のようだった。
「じゃ」
「行ってきます」
白岡さんに続き、川本さんがヘリを降りる。
レプリカはそれを見守り、美咲さんは手を振って返した。なんだか挨拶を言いそびれて変な気持ちになる。
これは戦ってる間一人反省会かな、などと考えていた。
「じゃあレプリカ、神川くんをお願いね」
唐突に言われた。当然俺はあたふたした。
「えっ、ちょ…っと、えっ…!」
慌てる俺の様子を楽しんでいるのか、美咲さんは微笑んでいる。
だがレプリカの顔は依然、変わらない。
するとレプリカは何か切り札があるかのように話しだした。
「その件についてですが…」
すると美咲さんと俺はレプリカの方を見る。
「ラスカー事務総長からの要望で神川悠世を一人の状態にしてほしいと」
まさかのことだった。
まだなんの功績も出せていない人間が戦場で一人となるなど、自殺行為に等しい。
美咲さんもそれには反発した。
「そんな…!一人じゃ危ないよ!じゃあ私がついていくから!!」
「もう一度言います。神川悠世を一人の状態にしてほしいとラスカー事務総長、直々のご要望です」
そう言われると何も言い返すことができない。上の指示に反発すれば、俺達は捨てられる。代わりはいくらでもいるのだから。特に完全適合者ではない美咲さんは。
「わかったわ。ただし、私とレプリカが積極的に戦闘に参加する。神川君が戦わないようにする、でいいわね?」
美咲さんがそう言い切る。するとレプリカはこれに対して冷静に返す。
「それでは意味がありません。彼には完全適合者としての自覚、能力の習得をさせなければなりません。そのために一人の状態にすると言っていました」
美咲さんはまた黙りこんでしまう。
それをみて俺は考えなしに言う。
「大丈夫ですよ、俺は」
美咲さんは俺の方を見る。その瞳は美しく、虚しかった。
「そう、ごめんね。危なそうだったら助けに行くから」
「ありがとうございます」
美咲さんは悲しい笑みを浮かべていた。その優しさは俺に向けられ、その悲しみ、憂い、哀れみは俺ではない誰か、自分自身に向けていたのだろうか。
「では先ほど言ったとおり神川さんが一人で戦ってください。先に向かっているお二人がフィールドにトラップを仕掛けているはずです。注意して戦えば自分は引っかかりません。患者は理性がないのでトラップに掛けることは容易です。」
「…了解」
久しぶりに俺とレプリカ、二人で会話した気がした。
すると無線機から通信が入る。
「予定より早めにご来場するらしいよ。準備はできてるから誘導お願い」
少し気の抜けた声、白岡さんだろう。
患者のレベルが7に達したということだろうか。その言葉を聞いてレプリカはまたも冷静に返す。
「了解しました。では神川さんおねがいします。情報通りなら駅の方にいるはずですので。」
そう言うとレプリカは美咲さんと一緒に俺とは反対の方向へ歩いて行った。
「レプリカ…気、貼り過ぎじゃない?神川君にもっと優しく…」
「大丈夫。仕事には支障ないでしょ」
そんな会話が聞こえた。




