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三月のライブサウンド

作者: 安芸咲良

「美里先輩、卒業じゃん」

 小畑がそう言ったのは、体育館が静かになり出したときだった。周りの視線が一気にこっちへ集中する。あぁバカ。

 案の定、小畑は担任にはたかれた。

「そりゃそうじゃん。美里先輩、三年だぞ? だから卒業式のリハーサルやってんじゃん」

 俺は声を潜めて隣の小畑に言った。

 三月一日の卒業式まであと一週間。そしたら俺たちの先輩はいなくなってしまう。

 吹奏楽部の卒業写真が流れ始めて、三年生が入場してくる。本番じゃないせいか、まだ先輩たちは和やかなムードだ。本番になったら女子の先輩とか泣いてんだろうな、とぼんやり思った。

「えー? オレやだよー。美里先輩と会えなくなるのさみしー」

「おい、ちゃんと座れ。お前デブなんだから前に当たってんぞ」

 前のヤツが迷惑そうにちらっと振り返った。ずるずるとずり下がる小畑を俺はたしなめる。その向こうからひょこっと村石が顔を覗かせた。

「おまえは淋しくねーのかよ、松永」

「そりゃ淋しいけど」

 でも美里先輩は先輩なのだ。卒業していくのは仕方がない。

 村石は人好きのする笑顔を浮かべた。

「じゃあさ、美里先輩になんかしてやろうぜ」

「なんか?」

 音楽が止むのと小畑が口を開くのは同時だった。小畑はまた担任にはたかれた。


   *


 美里先輩に初めて会ったのは、高一の秋だった。なんだか教室にいることが疲れた俺は、屋上にあがってきていた。屋上って鍵開いてるんだな、と思いながらタバコに火を点けた。

 悪いクセだよなぁとは思う。でもやめられないんだ。

 人当たりはいい方だと思う。浮かない程度にクラスで話すヤツもいる。

 だけど、ふいにどこか遠くに行ってしまいたくなる瞬間がある。そうしたときにタバコを吸ってしまうクセは、なかなか治らずにいた。

 バレたら退学かな、と考えていたときに、屋上のドアが開いた。屋上に出てきたのは、綺麗な顔立ちの人だった。スリッパが青だから一個上だろう。その先輩は俺の顔をじっと見つめる。あぁこれはマズいかな、と俺はぼんやり思った。

「お前、自殺願望でもあんの?」

「は?」

 いきなりなに言ってんだこいつ。突拍子もないことを言い出したその先輩は、至って真面目な様子だ。

 先輩は綺麗な顔をにこりともせずに続けた。

「死にたいわけじゃないならそれはやめとけ。寿命が短くなるぞ」

 なんだそれ。普通、『法律違反だろ』とか『退学になるぞ』とかだろ。別に決まりのことはどうでもいいようで、健康面だけが気になるようだ。

「いや、そこは『捕まるぞ』とかじゃありません?」

 俺が言えたセリフじゃないが、そう言うと先輩は面食らった顔をした。そして口の端を少し上げる。

「それもそうか」

 今度は俺が言葉に詰まる番だった。

 ありがちな話だ。それだけで俺は、美里先輩に惚れてしまったのだ。


 昼休みの屋上。俺たち三人はいつもここで昼飯を食ってた。

 本来は屋上は解放厳禁らしい。俺たちがこうしてダベっていられるのは、美里先輩のおかげ。あの人は全国模試でいつも上位で、あの綺麗な顔で女王サマのように人を顎で使い、うちの高校の影のボスとか最終兵器とか言われてるらしく、美里先輩権限で屋上を自由に使えた。すげーな美里先輩。先輩が卒業したらどうなるか分かんないけど。

「さっきの話だけどさー、三人で美里先輩になんかやんね?」

 小畑はココアをずずっと飲んで言った。この季節、飲み物をホットにしても寒いもんは寒い。でもついここに集まってしまうのは、もう習慣になっていた。ここには美里先輩の電子エレキドラムがある。

「なんかって?」

「だからー、なんか記念になるようなものとか」

 村石は冬でも冷たい牛乳だ。チビなのを気にしてるらしい。美里先輩との出会いもそのせいだったそうだ。入学したての頃、チビだからって上級生に絡まれてたところを助けてもらったらしい。今のところその牛乳の成果は出てないようだけど。

 村石がずごっと飲み終わって口を開いた。

「なんかなー。美里先輩の好きなものとか?」

「ドラム」

「ライブ」

 俺と小畑の声が重なった。

 先輩はドラマーだ。中学のときからバンドをやってるらしく、文化祭でその演奏を見たときはもうほんと、なんていうか鳥肌が立った。ボーカルは先輩の妹ちゃんだったんだけど、妹ちゃんの声を引き立てつつ、目を惹かれるプレイだった。

 先輩が屋上に持ち込んだエレドラをいつも聞いてはいたけど、やっぱ生の音となると違った。

「いやドラムはもう持ってるし、ライブあげるなんてムリじゃん!」

 村石が小畑に鋭くツッコミを入れる。

 俺たちは「うーん」と三人揃って空を見上げた。二月の空は冷たく澄んでいる。まだ春になるには早すぎて、もうすぐ桜が咲くなんてなんだか信じられない。

「先輩と仲いい人とかに聞きに行く?」

 俺の提案に、二人がまじまじと見つめてきた。

「それだ!」

 こうして俺たちは聞き取り調査に向かうことになった。


   *


「あっ、トモエ先輩!」

 俺たちはまず、先輩の妹ちゃんの教室へと向かった。妹ちゃんは俺たちのことをトモエ先輩と呼ぶ。美里先輩が俺たちのことを三つ巴と呼ぶからだ。

 最初は三バカと呼ばれてたけど、あんまりだと言ったら変えてくれたのだ。大体、バカは村石だけだ。あいつ期末で二十七点とか取ってたぞ。

「うーん、欲しいものかー」

 妹ちゃんは上を向いて考え込んだ。

 妹ちゃんと先輩はあんまり似てない。切れ長の目はそっくりだけど、妹ちゃんはカワイイ系で先輩はキレイ系だ。性格も正反対。愛らしい妹ちゃんに俺らは癒されっぱなしだ。先輩の女王サマっぷりが異常なのかもしれないけど。あとそんなこと言ったら殺される。妹ちゃんに手を出すとか怖すぎてできやしない。

「あっ! そういえばこの前、ハンドブレンダー欲しいって言ってた! なんかいろいろ付いてるやつ」

 ハンドブレンダーってなんだろう……。ちらっと小畑と村石を見るけど、二人も分かってないようだ。でも妹ちゃんの前だから、知ったかぶりして「ありがとう」と言って一年の教室を出た。

「ハ、ン、ド、ブレンダーってうお! たかっ!」

 歩きながらスマホをいじってた村石が、素っとん狂な声を上げる。俺と小畑が画面を覗き込むと、そこには泡立て器みたいな写真が並んでいた。どれも一万はする。

「先輩料理好きだもんなぁ」

「妹ちゃんのためにうまくなったんだっけ?」

「あの弁当もうまそうだったなぁ」

 村石がよだれを垂らしそうな顔をしている。おめーはいいかげん食のことから離れやがれ。確かにさっき食ってた弁当はすげーうまそうだったけど。美里先輩に助けられたのもそれが原因だろ。

 夏頃の話だ。クラスの女子の体操服がなくなって、移動教室で誰もいなかった時間に小畑が教室に行くのを見たというやつがいたのだ。クラスの女子全員に詰め寄られてたところに通りかかった美里先輩が「君の姉ちゃん同じクラスだけど、妹さんの体操服借りたって言ってたぞ」と言って事なきを得たのだ。小畑は腹が減ってカバンに入れてたパンを取りに行っただけらしい。紛らわしいことすんな。

「おまえらいくら持ってる?」

 スマホをポケットに仕舞って村石は言った。俺たちは揃ってサイフを開く。

「七〇三円……」と小畑。

「五一〇円……」と村石。

「一〇四二円。みんな似たようなもんか」

「札があるやつは天誅ー!」とか言って村石と小畑がタックルしてくる。お前らやめろ!

 貧乏人を引き剥がし、三人揃って大きなため息をついた。金欠の原因は分かってる。

「楽器買っちゃったもんなぁ」

「おかげでお年玉もすっからかん」

 ため息混じりに二人は言うが、どこか嬉しそうだ。それもそのはず。文化祭で超かっこいいステージを見せた美里先輩に憧れて、三人でバンドを組むことにしたのだ。本当は美里先輩と組みたかったけど、ギターボーカルの妹ちゃんとベースの一年男子の息の合った演奏はあぁこりゃ入り込む隙間ねぇなと思わさせられた。せめてもということで、屋上で先輩に楽器の弾き方を教えてもらってたのだ。

 正直、ドラムセット一式買うのは財布に厳しかった。でもそれ以上に美里先輩のドラムはかっこよかったのだ。

「んじゃ次行くぜ! 金のかからないやつ!」

「値段より気持ち!」

 そう言って村石と小畑は進んでいく。「気持ち~気持ち~」と歌いながら歩く二人の後ろを、俺はちょっと離れて歩いた。なんだよその歌。


「卒業記念にねぇ。なんでもいいんじゃねぇの?」

「それが分からないから聞きにきたんすよ朝セン!」

 村石が朝センの机をバンバン叩きながら抗議する。

 次に向かったのは職員室だった。

 俺らの担任、朝センこと朝霧先生は、一年二年と美里先輩の担任だった。若くてサバサバしている朝センは、見ての通り生徒たちから人気が高い。

「色紙でも書いて渡せば?」

「ヤロー三人の色紙なんて誰がほしがるんすか……」

「はっはっ! 確かにそうだ!」

 俺の疲れた言葉に朝センは笑うばかりだ。いや笑ってないでなんかアイデアくださいよ……。

「それより村石、お前再テスト赤点だったら春休み補習だからな」

「えー!? おれやだよー!」

「俺だって嫌だ。他にも仕事あんのになんでプラス授業しなきゃいけないんだ」

「じゃあやめときましょうよー……」

「お前の頑張り次第だな。ほら、美里を見習って」

 雲行きが怪しくなってきたのを察して、村石は「ありがとうございましたー!」と回れ右をした。「お前らもギリギリだからな?」とにこーっと笑う朝センに俺らは顔をひくつかせ、返事もそこそこに村石の後を追った。

 美里先輩に時々勉強を教えてもらってたけど、俺らはほんとダメだ。先輩に「どうして分からないのか分からない」とまで言わせる始末。まぁ村石ほどひどくはないと思ってるけど……。

「先輩と比べられたらたまったもんじゃねぇよなー」

 小畑のぼやきに俺と村石はうなずいた。先輩は早々と医大に合格を決めてたくらいだ。ほんとに完璧超人。

「そういや先輩が医大に決めた理由って、妹ちゃんらしいよ」

 村石の言葉に俺たちは振り返った。

「どゆこと?」

「なんでも妹ちゃん、持病があるらしい。それを治すために医者の道を選んだんだってさ」

 二人の会話に俺は美里先輩と出会ったときのことを思い返していた。

 そのときにはもう、病気のことが分かってたんだろうか。タバコを吸ってるとガンになりやすいのは俺でも知ってる。先輩が自殺がどうたらとか言ってたのは、妹ちゃんのことがあったからかもしれない。

 やっぱり美里先輩は優しい人だ。初対面のヤローの健康を心配するなんて普通できない。ただの気まぐれだったかもしれないけど。

 でも偶然とはいえ、先輩と出会えてよかった。いまタバコを吸ったからってそんなすぐには死ぬわけじゃないだろうけど、こうしてバカやれるヤツらと出会えたんだ。冷たい目を向けられるとはいえ、美里先輩に構ってもらえるのも楽しい。

 だから、先輩に喜んでもらえるものをプレゼントしたいんだ。


   *


 放課後、俺たちはまた屋上に集まっていた。もう三年生は自由登校になっていて、校舎の人気は少ない。まぁ美里先輩は妹ちゃんがいるから来てるんだろうけど、もうきっと帰ったはずだ。

 俺はエレドラをアンプに繋いで、弾くともなしに叩いていた。

「あーなんかいいのねぇかなー!」

 アンプに繋がないままギターを弾いていた村石は、ごろんと寝っ転がって言った。寝たまま指だけは動いている。

「寄せ書きってのも定番だよなぁ?」

「よせ、小畑。俺たちの寄せ書きを渡したときの美里先輩を想像してみろ」

「うわぁ殺されそう……」

 びしっとスティックを差して忠告すると、給水塔の上にいた小畑はぶるっと身を震わせた。あのキレイな顔で「はぁ?」と言い放つところが浮かんでしまって、俺まで背筋が寒くなる。

 村石が勢いよく起き上がった。

「でもさー、ほんと美里先輩の喜ぶものが思いつかねーべ?」

「好きなものやるっつってもなぁ」

 俺はアンプの電源を切った。

 先輩から卒業後はこのドラムを好きにしていいと言われていた。小畑も村石もドラムをする気はないそうで、便宜上俺のものになった。でも俺は持って帰るつもりはない。ドラムを持ってるからってのもあるけど、なんていうか、後輩に受け継いでいけたらって思ったんだ。

 ほんとこういうの柄じゃない。俺ってこんな性格だったっけ?

「ライブ……ドラム……妹ちゃん……料理……。あっ!」

 ブツブツ言ってた村石がなにかを思いついたようだ。

「なになに? なんか思いついた?」

 小畑がベースを抱えたまま給水塔から飛び降りて、村石に近づく。こいつはほんと動けるデブだな。

「全部満たすもの、思いついちゃった」

 村石はにっと笑う。嫌な予感がした俺は、このとき全力で反対すべきだったんだ。


「ねぇほんと、マジで気をつけてよ? ちゃんと持ってる?」

「はいはい持ってる持ってる。てか静かにしてよ」

 俺はリアカーの後ろを押しながら「クソっ」と悪態をついた。

 卒業式を明日に控えた夜。俺たち三人はリアカーを押して学校へと向かっていた。リアカーに乗ってるのは、俺のドラム。と、それを押さえる村石。そして二人のギターとベース。

 リアカーを押して坂道をのぼるのは結構大変で、俺はぜーはー言いながら、どうしてこうなったと早くも後悔していた。

「てかやっぱエレドラじゃだめだったの?」

「はぁ? 何回も言ったじゃん。お前は美里先輩のライブ見てなんも思わなかったのか?」

 それを言われると返す言葉もない。

 確かに美里先輩の演奏は、いつも叩いてるエレドラとは比べ物にならないものだった。なんつーか、腹に響いてくる感じ? 生音って違うんだなって俺も思った。

「あれ聞いたんなら生ドラムのがいいって松永も思うだろ」

 小畑ののんきそうな声が前から届く。まだ新品のドラムをこんな風に持ち出されて傷がつかないか不安だったけど、小畑の馬鹿力のおかげでリアカーを押すのが大分マシなのだ。そう言われたら俺は納得するしかないじゃないか。

 まぁ確かに先輩に聞かせるんなら自分の楽器がいいってのは俺も思う。だからこそ小畑も村石も自分の楽器を乗せてんだし。

「サイコーの卒業式にしてやりてーだろ」

 両手でクラッシュシンバルとライドシンバルを押さえ、にっと笑う村石。小畑もそんな顔をしてるんだろう。あぁもうしょうがないな。なんてったって三バカなんだから。

 裏門から学校に忍び込み、村石が第二校舎の端の窓によじ登る。

「てかなんでこっから入れるって知ってんの?」

「ん? 美里先輩が前教えてくれた」

 マジか……。先輩なにやってんだよ……。

 先に入った村石に一つずつドラムを渡し、俺たちも窓によじ登って校舎に入った。ドラムを抱えて夜の校舎を歩く。当たり前だけど昼間とは雰囲気が違って、なんだか楽しくなってきた。

「でもさー、松永がドラムやることになるなんて意外だったよなー」

「確かに」

 二人の言葉に俺は首を傾げた。

「どゆこと?」

「だっておまえ、なんだか冷めたような目で教室にいたじゃん」

 そういえば前感じてたようなつまらなさは、最近では感じなくなっていた。

「なんつーか、俺らってちょっと捻くれて先輩のとこに集まったようなもんじゃん? 先輩はその気はなかったかもしんないけど、浄化作用っていうの? なんか集まるべくして集まったっていうか」

 村石……お前『浄化』なんて言葉知ってたのか……。

 感動すべきはそこじゃねぇな。感動っていうかなにクサいこと言ってんだよって感じだけど、確かに今の方が前よりずっと楽しい。それは美里先輩だけの力じゃなくて、こいつらがいるからそう思えるようになったんだろう。

 だからこそ、先輩にちゃんとありがとうって伝えたい。

「なんだ、クセーぞ村石」

「うるせー」

「おい、楽器大事に扱え!」

 バスドラムを持ったまま村石に蹴りを入れる小畑を、俺は怒鳴る。

 こいつらにそう言うのはやっぱ恥ずかしくて無理だけど。

 俺たちは往復して屋上の入口にドラムセットを運び終わった。

「よし、じゃあ帰るかー」

 一仕事終えたけど、勝負は明日。卒業式が終わってから。それでも俺たちは、ちょっとした清々しさを覚えていた。

 その時、廊下の方から足音が聞こえた。階段を降りる俺らの目に、懐中電灯のようなあかりが映る。

「やっべ見回りだ!」

 俺たちは慌てて駆け出した。なんだろうな。

 やっぱこいつらといるの、楽しいわ。


   *


 そして迎えた三月一日、卒業式。やっぱり女子の先輩たちは泣いていて、二年の中にももらい泣きしてるヤツがいた。

 卒業式が終わって、俺たち三人は屋上に集まった。教室から持ってきた延長コードにアンプのコードを繋ぎ、柵ギリギリにセッティング。演劇部の部室からこっそり借りてきたスピーカーも使わせてもらう。ドラムもセットして椅子に座ってみたけど、ここからじゃ下の様子は見えない。まぁいい、そっちはギターとベースの二人に任せた。

「よし、じゃあやるぞ」

「おう!」

 俺の言葉に二人が気合いの入った返事をする。

 美里先輩が玄関から出てきたのを村石が確認する。

「美里リュウせんぱーい!!」

 マイクを通した村石の声に、下にいた生徒たちは何事かと屋上を見上げた。美里先輩も見上げてるんだろう。ドラムの前に座った俺からはそれは見えないけど、小畑と村石が頷いたからきっとそうだ。だぶん呆れた顔をしてるんだろう。学ランの胸ポケットに付けた卒業生の印の赤い造花が頭に浮かぶ。先輩、本当に卒業しちゃうんだなぁ。

「先輩の卒業を祝して! 歌いまーす!」

 俺はスティックでカウントを取った。

 歌うのは美里先輩のバンドの曲。この一週間、三人で必死こいて練習した。先輩が作曲したこの曲はすげーかっこよくて、男らしくて、文化祭のステージはすげー痺れた。俺たちじゃそのかっこよさは先輩ほどには伝えきれないかもしれないけど、届け。先輩に届け!

「お前ら! 開けんか!」

 エレドラでバリケードしたドアから朝センの声がする。ごめん、先生。ちょっと待って。この一曲だけだから。

 村石がギターのネックを振るのに合わせて、村石のギターと小畑のベースと俺のドラムが最後の一音を刻む。下の方から拍手と歓声が聞こえた。先輩はどうだ? 俺たちは揃って顔を覗かせた。

「三つ巴! 今からそっち行くから待ってろ!」

「先輩、第二ボタンください!」

「あっずりぃぞ小畑! 先輩オレにください!」

「誰がやるか! 俺のボタンは全部妹のだ!」

 周りの生徒たちから笑い声が漏れる。先輩は玄関に入って見えなくなった。

 エレドラをどかさなくては。あ、でもそしたら朝センが入ってきちゃうな。なんか静かになったけど、すげぇ怒られるんだろうな……。

「なんか、楽しかったな」

 一瞬、口に出してしまったのかと思った。振り返ると村石がにっと笑っている。その後ろでは小畑も満面の笑みだ。

「オレも」

 なんだ、みんな同じ気持ちかよ。俺はなんだかそれが嬉しくって、変な顔になりそうなのを必死でこらえた。

「俺も……楽しかった」

 なんだこれ。ちゃんとバンドメンバーみたいじゃん。

「次は文化祭だな」

「だな」

 小畑の言葉にうなずく村石。

「いや半年あるんだし、どっかでライブやろうよ」

 そう言った俺に、驚いた視線が集まる。なんだよ? 俺がこんなこと言うの変かよ? 冷めてた松永はもういないって言ったの、お前らじゃねーか。

「いいねぇ」

「バンド名はどうする? おれ、三つ巴がいい!」

「それはどうだろう」

 俺と小畑のツッコミが被った。三人で顔を見合わせて、ぷっと吹き出してしまう。

 階段をのぼる足音が聞こえる。先輩はなんて言うだろうか? 冷たい目で見られなきゃいいな……。あの雰囲気なら大丈夫か? あぁでもその前に朝センの説教かも。

 でも、なんだかニヤけてしまう。先輩の卒業は淋しいんだけど、音楽やってりゃ繋がっていられると思えた。いつか対バンとかできたりして。

 開かれたドアの先を、俺たちは笑顔で見ていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爽やかな青春小説を楽しませて頂きました。 [一言] ありがとうございます。
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