第09話「全滅」
かなり山を下った場所で、リョッカは茂みから飛び出し、山道に姿を現した。
その瞬間、目の前の茂みが揺れる。
リョッカは茂みに対し身構えるが、そこから姿を現したのはヨーコだった。
「なんだ、姉ちゃんか。……そうか、ここで道がつながっていたんだな」 現れたのがヨーコで、リョッカは安堵の息を漏らした。
ヨーコの出現に安堵の息を漏らすリョッカだったが、ヨーコの方は山道を見上げながら険しい表情を浮かべていた。
「どうしたの、姉ちゃん?」
「イツキさんと、あの化け物の姿がない……」
「! ……だ、大丈夫だよ、姉ちゃん。ほら、兄ちゃん言ってたじゃないか? 兄ちゃんにはあの化け物に追われないための策があるって。だから――」
「嫌な予感が消えないのっ。……まだ、おさまらないの。この、嫌な感じが」
「と、とにかく姉ちゃん。おいらたちはギルドに戻ろうよ? 兄ちゃんだって、別の道からもう戻っているのかも知れないしさ」
「……こめん、リョッカくん」
そういうとヨーコは突然、山道を駆け登りはじめた。――黒き生物のいた方向へ。
「なっ!? ちょ、姉ちゃん、そっちは――くっ」
リョッカもヨーコを追って山道を登りの方に引き返した。
黒き生物を何度斬りつけても、俺の剣は金属音を響かせて奴の硬い皮膚に弾き返されてしまう。
俺は即座に奴から距離を取った。
奴はまだ俺を敵とはみなしていない。だが、そこらを転がっている餌くらいには認識しているだろう。
奴の間合いで攻撃を続けてしまえば、確実に食われてしまうだろう。
だから俺は、攻撃の直後に奴から距離を取るようにして戦っていたのだ。――戦っていた、そう言えていたのは、奴が俺を敵とみなすまでの間だけだった。
それは一瞬の出来事だった。俺は奴から目など離してはいない。そんなことをすれば、即、死につながることはわかっているのだから。
目は離していない。――だが、先ほどまで目の前に圧倒的な迫力で存在していた、奴の姿が消えていた。
俺が奴に気づいたのは、俺の背後で地面が揺らいだからだった。
奴はいつの間にか跳躍し、一瞬で俺の背後に着地していた。
俺が振り返るのに一秒とかからなかった。だが、奴はすでに大口を開け、俺に食らいつこうとしていた。
振り向きざまに、俺は奴に向かって剣を振るう。
剣が奴の顔面に命中するのと同時に、激しい金属音を響かせ、銀色の刃が宙を舞った。
俺のバスタードソードが、根本から折れ、その刃が回転しながら彼方へと飛んでいったのだ。
武器をなくした俺に、奴を止める術は残されていなかった。
奴が俺の右肩に食らいつく。――吹き上がる血しぶきが現状を物語っていた。
右肩を無くし、全身を巡る激痛に俺はその場に倒れ込んだ。……意識が、遠のいていく。
ヨーコとリョッカがその場に駆けつけた時は、まさに最悪の光景の一歩手前の場面だった。
倒れているイツキは、右肩を完全に食いちぎられており、そこからおびただしいほどの血液を流し、全く動かない。
その側には、無惨にも刃の部分を無くした、イツキのバスタードソードの握り手部分だけが転がっている。
そして、あの黒き生物は今まさに動かなくなった獲物――イツキに対して食らいつこうとしていた。
「……れなさい」 ヨーコが声を震わせながら、黒き生物に向かってなにかを呟いた。
「え? ね、姉ちゃん?」
「今すぐそこから離れなさいっ」 今度は声を荒げて言い放った。
黒き生物に言葉が通じているのかはわからない。
ヨーコの迫力に押されたのか、新たな獲物を見つけたからなのかはわからないが、黒き生物は食らいつこうとしていたイツキから離れ、ヨーコの方に歩み寄り始める。
ヨーコは雷の魔法カードを生成し、それに魔法力を溜めていく。
狙っているのだろう。奴に最大級の雷を撃ち込む、その瞬間を。
「……リョッカくん。お願いがあります」 ヨーコは黒き生物に対し魔法カードを身構えたままでリョッカに話しかけた。
「出来るのなら、倒れているイツキさんを抱えてこの場から逃げてください」
「……今度は姉ちゃんが兄ちゃんの身代わりになろうって言うの? だったらそれは聞けないよ」
「出来ないのならあなただけでも逃げなさいっ」 今度はリョッカに対して声を荒げた。
「なっ……姉ちゃん?」
「……イツキさんでさえ全く歯の立たなかった相手なんです。二人がかりで戦ったとしても、全く勝ち目はありません」
「そんなの、やってみなくちゃ――」
「これを放てば、私の魔法力はほとんどなくなってしまいます。――あなたはこの一撃で、あの黒い生物が倒れてくれると思いますか?」
ヨーコのその問いに、リョッカは言葉を失った。……わかっているのだ。ヨーコの魔法では時間稼ぎにもならないってことが。
「……なんでだよ? ようやく出会えた最高の仲間だって思っていたのに。思っていたのに、なんでこんなところで終わりにならなくちゃならないんだよ」 どうしようもない現実に、リョッカは声を上げることしか出来ないでいた。
「これを放った瞬間が唯一のチャンスです。放ったと同時に、この場から逃げてください」
――リョッカはヨーコの言葉に耳を傾けず、炎の魔法カードを生成する。
アームガンは生成せず、作り出した炎の魔法カードを直接黒き生物に向けた。
「リョッカくんっ」
「姉ちゃんのその申し出は聞けない。……仲間を見捨てなければ助かる道がないっていうなら、死んだ方がマシだ。ダメだとわかっていても、おいらは少しでも変わる可能性を信じて、やれることは何だってやってやる。おいらの魔法力も全て、奴にぶつけてやんよ」
「リョッカくん……。――わかりました、もうあなただけ逃げてなんては言いません。これを放ったら、イツキさんを抱えてみんなで逃げましょう。たとえ、追いつかれて殺されたとしても、最後はみんな一緒です」
「うん。どんな結果になろうとも、みんな一緒だよ、姉ちゃん」
歩み寄ってくる黒き生物に向けて、ヨーコとリョッカが同時に魔法を放つ。
爆炎が黒き生物を包み込み、電撃が奴の身体中を巡っていく。
その隙に、ヨーコとリョッカが倒れているイツキに駆け寄っていく。
ヨーコが残されたわずかな魔法力を使い、治療魔法のカードを失われたイツキの右肩部分に貼り付ける。
治療の魔法が発動し、イツキの右肩部分の血を止める。
治療魔法が発動したことに、ヨーコは安堵の息を漏らした。
治療魔法が発動するということは、イツキはまだ死に至ってはいないという証明なのだから。
ヨーコはイツキの身体を抱えあげ、この場を離れようと立ち上がったのだが、リョッカの視線がそれは叶わぬことだと教えてくれていた。
消えゆく爆炎の中、奴が地面を揺るがしながらゆっくりとこちらに向かってくる。
黒き、死の恐怖が近づいてくる。
ヨーコは死の覚悟を決めた。その目を閉じ、イツキを身体を強く抱きしめながら。




