第08話「イツキの覚悟」
だが、奴は地面に激突する寸前に、右翼と、満足に動かすことができなくなっている左翼を強引に羽ばたかせて体勢を立て直し始めた。
フォルクは、再び上昇を開始する。
「なっ!? こいつ、まだ……。――だったら、もう一発おいらの魔法を喰らわせて――」
「待って、リョッカくん」 ヨーコがリョッカを制止する。
俺は、奴が羽ばたき始めた時、すでに駆けだしていた。
飛び上がろうとする奴の背中に飛び乗り、その背中に剣を突き刺した。
フォルクは絶叫を辺りに轟かせながらも、徐々に地面を離れて上昇していく。――俺を背中に乗せたままで。
……まだ、動けるのかよ? もう一発、でかい一撃を喰らわせないとダメなのか?
フォルクは俺を振り落とそうと、激しく暴れながらさらに上昇していく。
俺は振り落とされないように、フォルクの背中に突き立てたバスタードソードを両手でしっかりに握りしめている。
俺はホルダーに目を向ける。――残っているは、赤と黄色が一枚ずつ。
併せて撃ったところで、たいしたダメージにはならないか。……なにか、爆発的に発動する魔法でも手元にあれば――
考えを巡らせていると、一枚のカードが目に入ってきた。
ベルト部分に収めていた、水色のーー逃走用の霧の魔法カードだ。
……霧? 水、と雷。それに炎。――! そうか、この手があったか。
だが、この状況でそれを実行すれば、俺もただではすまないな。……やれやれ。ヨーコにもう無茶はしないって約束したばかりだっていうのにな。
まあいい。後は、運任せだ。
覚悟を決め、俺はバスタードソードから右手を離し、霧の魔法カードに手を伸ばす。
イメージを固める。イメージは、フォルク全体を包み込む霧。
霧が俺とフォルクを包み込み、その姿を隠す。
「あれは、おいらの霧の魔法? なんでこのタイミングで?」
俺は二枚目のカードに手を伸ばす。
二枚目は黄色――雷の魔法カードだ。発動するイメージは、立ちこめる霧に対しての漏電。
発動した瞬間、霧の水分に電気が流れ込む。フォルクがその電撃を受け、さらに雄叫びを上げるが、その電流は当然俺の身体にも流れ込んでくる。
叫びたくなるような激痛に耐えながら、剣を握る左手を離さぬようにさらに力を込める。そして、最後のカードを手に取る。
最後の、炎の魔法カードを使うのにはイメージはいらなかった。なぜなら、いまこの状態で小さな火花でも起こればどうなるか分かっているからだ。
炎の魔法カードがその場で燃え始める。その小さな火種は、すぐさまに漏電している霧に引火する。
そして――大爆発。
爆風がフォルクを包んでいた霧を吹き飛ばすとともに、なにかが宙に舞っていた。
それが俺の身につけていたホルダーということには、このときの俺に知る術はなかった。
霧の代わりに残った、爆煙の中からフォルクが俺を乗せたまま墜落していく。
そして俺は、フォルクを下敷きにするようなカタチでフォルク共々地面に叩きつけられた。
「イツキさんっ」 ヨーコが俺に駆け寄ってくる。
下敷きとなっているフォルクの亡骸に飛び乗り、フォルクそっちのけで俺のいる場所に真っ直ぐ駆けつける。
俺の身体は爆発をまともに受けて、身体のところどころが黒く焦げていた。
地面に叩きつけられた衝撃で、満足に動くこともできないでいた。
「まったく、あなたって人は……。昨日に無茶はしないって約束したばかりなのに」
ヨーコは治療の魔法を発動させる。……だが、爆発と落下で受けた俺のダメージは重く、すぐには回復しそうにない。
と、リョッカがヨーコと同じ治療魔法を俺に対して発動させた。
「あんまり得意じゃないから、回復力は弱いかもしれないけど、ないよりはマシでしょ?」
「助かるよ、リョッカくん。――じゃあ、リョッカくんは火傷の治療をお願いできる? 私は落下と爆発の衝撃で受けた身体内部の治療に集中するから」
どのくらいの時間が経過したのだろう。ヨーコとリョッカの集中治療のおかげで、俺の身体はなんとかではあるが動かせるくらいには回復していた。
「もういい。とりあえずは動けるようにはなったみたいだ」 治療を制止し、俺は重々しく身体を起こす。
「イツキさんっ、まだ動いてはいけませんっ」
「俺はもう大丈夫だ。それより、俺の剣を取ってもらえるか?」
「あ、おいらが取るよ」 リョッカが立ち上がり、そばに刺さっている俺のバスタードソードに手をかける。
剣を引き抜いたが、フォルクから血が吹き出ることはなかった。どうやら完全に絶命しているようだ。
リョッカが抜いた剣を俺に手渡す。
「でも、兄ちゃん。いくら勝つためとはいえ、あんな無茶までしなくても……」
「……やっぱ、無茶だったと思うか?」
「当たり前ですっ。きっとイツキさんのことです、あの地点で自分がどうなるかわかっていてあんな真似をしたに決まっています。だから、あなたからは目を離すことができないんですよ」
「……すまない」
彼女の言うことは事実だ。だから俺は素直に謝るしかなかった。
「ま、まぁ、姉ちゃんも兄ちゃんを責めないであげてよ。結果だけ言えば、目的を果たすことは出来たんだしさ」 リョッカはフォルクの亡骸から飛び降りる。
そして、それに続くように俺とヨーコも亡骸の上から降りた。
「さて。それじゃあ完了処理といきますか」 リョッカが自分の刻印を軽く指で弾き、刻印を立ち上げる。
――その時だった。突然、周囲の木々がざわめきだし、その森の影から何者かが大きな羽音を轟かせ、空へと舞い上がっていった。
「――っ、またこの感じ。胸を締め付けるような、とてつもない嫌な感じ。なに、コレ? いままでの中で、一番ひどい」 ヨーコが胸を押さえながらその場にうずくまる。
「ヨーコっ」 ヨーコに手を伸ばそうとしたとき、羽音の主の姿が目に入ってきた。
空に姿を現したのは、翼を持つ巨大なドラゴンだった。
『ワイバーン』、翼竜とも呼ばれているドラゴンの一種だ。
「! ワ、ワイバーン!? ――まずいよ、兄ちゃん。ノーマルクラスのおいらたちじゃ、ドラゴン種には歯がたたないよ」
空にいるワイバーンが、その口に火球を溜めだした。
だが、そのワイバーンは俺たちのいる場所の方には向いていなかった。
ワイバーンが火球を放つ。――火球は俺たちのいる場所とは見当違いの場所に向けて放たれた。
火球は、山の木々をなぎ倒し、その周囲を炎上させていく。
「どういうことだ? あのドラゴン、俺たちに気づいていない? ……なにかと、争っているのか?」
「イツキさんっ、早くこの場を離れましょう。さっきから、嫌な予感がおさまらないのです」
「ちょっと、姉ちゃん。いますぐにここを離れるって言ったって、おいらたちはまだ――」
逃げ出すと決めたその判断は、少し遅かったかもしれない。
木々が燃え盛る地面から、ワイバーンの体長をも凌駕する、とてつもない大きさの、黒い化け物が飛び上がってきた。――いや、飛び上がったのではない。あれは、跳躍だ。
跳躍した黒き巨大生物は、そのまま空を飛んでいるワイバーンに食らいつき、ワイバーンを食わえたまま、山の木々をなぎ倒し、地面を揺るがしながら四本足で着地する。
俺たちのいる場所からでは、なにが起こっているのかは確認できなかった。
確認できたのは、辺りに響きわたるワイバーンの断末魔ともとれる悲鳴のような鳴き声と、なにかをむさぼっているむさぼっているような物音だけだった。
想像の材料としては、それだけで充分だった。
俺たちはその音を耳にして、言葉を失った。
想像だけで言葉を失う。こういう経験はそうそうあるものではないだろう。
「に、逃げましょうイツキさん、今すぐに。今ならまだ、私たちの存在に気づかれていません」
「おいらもすぐに逃げた方がいいと思うよ、兄ちゃん。……出来る限り、気配を消しながら逃げた方がいいかもね。あんな化け物、勝ち目どころか、見つかったら逃げ出すことさえ出来なくなるよ」
ワイバーンの断末魔が聞こえなくなった。
その直後、地響きが聞こえてくる。
地響きはゆっくりではあるが、徐々に俺たちのいる場所に近づいてきていた。
「――ヨーコ、リョッカ。走るぞっ」
気配どうこう言っている場合ではない。一瞬でも早くこの場を離れなければ。
俺の合図で、俺たちは一斉に走り出す。全速力で山を駆け降り始めた。
俺たちが走り出してすぐ、地響きは止まり、黒き生物はまた何かをむさぼりだした。
それは、奴がフォルクの死骸をむさぼっている物音なのだが、この時の俺たちの耳にそんな音は肺ってこなかった。
なぜなら、この時の俺たちは逃げることに精一杯なのだから。
……もし、リョッカの言うとおりに、気配を殺しながら慎重に逃げていれば、俺たちは無事に山を下りることができていたのかも知れない。
奴はただ、俺たちが残したフォルクの死骸が放っていた死臭に誘われただけだったのだから。
黒き生物はフォルクの死骸を食い尽くすと、必死になって山を駆け降りている俺たちに気配を感じ取る。
そして、黒き生物はその場で高く跳躍する。
山の木々を踏み倒しながら、黒き生物が四つん這い姿で俺たちの目の前に着地した。
俺たちは足を止めた。――止めざるをえなかったのだ。
もう、逃げることも叶わないだろう。
黒き巨大生物を目の前にし、身体の震えが止まらない。
武者震い? そんなわけがない。これは純粋な――恐怖だ。
黒き生物はその場を動かず、俺たちをジッと観察するかのように見つめている。
「ヨーコ、リョッカ。奴から目をそらすな。目をそらせば――食われるぞ」
嫌な汗の流れる、終わりの見えない緊張の時間が続いている。
黒き生物は、なおも動かず俺たちを見続けている。
俺たちは隙を見せぬよう、奴の視線を追っている。
「……兄ちゃん。このままじゃ、いつか――、これじゃあ、ただ食われるのを待っているようなものだよ?」
「リョッカ。視線はそのままで、俺に炎の魔法を一枚よこせ」
「兄ちゃん、どうするつもりなの?」 言われたとおりに、リョッカは炎の魔法カードを生成する。
俺は奴から目を離さぬよう、後ろ手でリョッカから魔法カードを受け取る。
「ヨーコ。俺が合図したら、奴に向かって全力で雷を撃て」
「! イツキさん、まさかアレと戦うつもりなのですか!?」
「兄ちゃん、戦うんだったらおいらも全力で魔法を――」
「いや。リョッカ、お前は霧の魔法で奴を包み込んでくれ。――いいか? 魔法を放った後は全力で逃げ出すぞ? 三人バラバラに、それぞれ散って逃げた方がいい」
「バラバラに逃げるって、兄ちゃん。それでもし、誰か一人が狙われたらどうするのさ?」
「心配するな、リョッカ。それについては俺に策がある。……いくぞ。ヨーコ、リョッカ、お前たちは同時に魔法を放つんだ、――よし、撃てっ」
俺の合図で、ヨーコとリョッカが奴に向けて魔法を放つ。
黒き生物はリョッカが放った魔法の霧に包まれ、ヨーコの雷がその霧全体に行き渡り、黒き生物にたいして電撃を浴びせる。
そしてそこに、俺が炎の魔法カードを投げ入れた。
霧の中に閃光が走り、そして大爆発を引き起こす。――フォルク戦で使った、霧の爆発コンボだ。
霧が爆煙に変わり、黒き生物の姿を隠した。
「今だっ。ヨーコ、リョッカ、逃げるぞ。――後は麓のギルドで落ち合おう。散れっ」
俺たち三人はそれぞれ別々の方向に散って逃げだした。
ヨーコとリョッカは両脇の茂みに飛び込み、そのまま獣道を駆け下りていく。
そして、俺はそのまま山道を駆け下りはじめた。
が、二人がこの場を全力で離れていったことを確認すると、ゆっくりとその歩みを止めた。
……狙われた時の策がある? そんな都合のいい策なんてあるわけないさ。
ただ、そうでも言わなければあの二人はこの場から逃げだしてはくれないだろう。
確実にヨーコとリョッカを逃がす方法。それはな……俺が犠牲になればいいんだよ。
俺はバスタードソードを握りしめ、後ろを振り返る。
晴れゆく爆煙の中から、黒き生物はゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
さっきまでいた場所を見上げる俺と、黒き生物の目が合った。




