第03話「旧友からのメッセージ」
グリズリーの腹部に、大きな斜線の切り傷を刻み込む。
だが、その攻撃は致命傷には至らなかった。それどころか、グリズリーは体勢すら崩さない。
血の吹き上がる切り傷をそのままに、奴は右前足の鋭い爪を俺に向かって振り下ろしてきた。
俺の目の前で雷が散った。その雷により、グリズリーの前足が弾かれ、攻撃が無効化されたのだ。
振り向くと、ヨーコの手から雷の魔法カードが消えかけていた。――そうか、彼女が雷を放ったのか。
グリズリーの攻撃の手が止まっているうちに、俺はグリズリーから距離を取った。
「悪いヨーコ、助かった」
「いえ。――でも、私の魔法だけでは攻撃を弾くことは出来ても、致命傷を与えるのは難しいみたいです」
「そうか。――悪いが少し無茶をする。援護を頼む」
「え? ちょ、む、無茶って――イツキさん?」
先ほどの雷で前足が痺れていたグリズリーだったが、その痺れは回復してしまったようだ。
グリズリーが俺を睨みつけてくる。
俺は剣の先端を地面につけ、そのまま剣を引きずるように低い体勢でグリズリーに向かって走り出した。
俺の動きに合わせ、奴も爪を立てているのがわかる。
俺が剣を振り上げると同時に、奴も爪を振り下ろしてきた。
奴の爪が俺の頬を切り裂く。頬が熱いように痛い。だが、この程度の痛み、知ったことか。
俺の振り上げた剣が、グリズリーの腹部にもう一つの斜線を刻み、大きな罰点傷を作り出した。
「まだだぁっ」 頬からの血を宙に散らしながら、俺は振り上げた剣をそのまま振り下ろした。
気迫の一撃は、命中はしなかったものの、グリズリーはその迫力に押され、一歩後方へ退いていた。
「イツキさん、離れてくださいっ」
俺とグリズリーが離れる瞬間を狙っていたのか、ヨーコの手には新たな雷魔法のカードがあった。
カードが消え、グリズリーに雷が落とされる。
落雷を受け、グリズリーの身体を雷撃が巡っていく。
グリズリーがその場に倒れ、激しくのたうち回る。
考えることなく、俺はのたうち回るグリズリーに止めを刺しにいっていた。
「ちょ、イツキさんっ? いまはまだ雷が――」
彼女の制止が耳に入るも、俺の剣は止まらない。
のたうち回るグリズリーに対し、俺は剣を突き下ろした。
グリズリーに剣が刺さると同時に、グリズリーの身体を巡っていた雷が、剣を伝って俺の身体に流れ込んできた。
雷の激痛に耐えながら、そのまま剣を突き刺していると、グリズリーはやがてぴくりとも動かなくなっていた。
「終わったか」 俺は剣を抜き、その剣を振って血を飛ばした。――まだ痺れが残っている身体で。
「イツキさんっ」
はて? グリズリーはちゃんとしとめたのだが、なぜがヨーコが怒っている。
「? なにを怒っているんだ? グリズリーはちゃんとしとめたぞ?」
彼女が俺に近づいてくると、乱暴に治療の魔法カードを俺の頬に貼り付けてきた。
「私が怒っているのは最後の一撃ですっ」
貼り付いた治療魔法カードは、俺の頬の傷を消すと消えてなくなっていった。
今度は二枚目の治療魔法を俺の胸元に貼り付ける。
「なんで私の放った雷が消えない内に止めを刺しにいったんですか? ――今のイツキさんのダメージは、グリズリーから受けた傷より、私の雷を浴びたダメージの方が重いんですよ?」
彼女の言うとおりだった。先ほど、彼女が胸元に貼り付けた治療魔法カード、これは俺の体内を巡った雷のダメージを治療しているようだが、まだ治療が終わる気配を見せていない。
「……悪かった、ヨーコ」 彼女の迫力に押され、俺は謝るほかなかった。
「いいですか? 今度はあんな真似はしないでくださいね?」
……彼女が口にした『今度は』という言葉。彼女も気にせず口にした言葉だったので、俺も気には止めてはいなかったが、この時、すでに予感があったのかもしれない。
俺と彼女の付き合いは、これで終わりではなく、ここから始まっていたという予感が。
ようやく俺の治療を終えて、胸元の治療魔法カードが消滅する。
彼女はそれを確認すると、突然グリズリーの亡骸に近づいていった。
手の甲の刻印に触れ、刻印を立ち上げる。
刻印が光を放ち始めると、その刻印をグリズリーの亡骸に接触させた。
「さぁ、イツキさんも同じように刻印を立ち上げてからグリズリーに触れてください」
「? その行動に何か意味があるのか?」
「い、依頼完了の報告作業みたいなモノなんですよ。――イツキさんの方の報告が済み次第、次の手順に進みますので、イツキさんも早く同じようにやってください」
彼女に言われるまま、俺は刻印を立ち上げて、グリズリーの亡骸に刻印を触れさせた。
「じゃあ、最後の仕上げをしますね」
彼女が刻印を軽く指で弾くと、刻印から光の文字が宙に映し出された。
宙に浮かぶ文字に触れると、また別の文字が映し出される。
その光景は、ギルドで俺の刻印を読み込ませた機械を操作している時に似ていた。
彼女か最後に確認らしき文字に触れると、浮かび上がった文字が消える。
文字が消えた直後、グリズリーの亡骸が光の粒子となって消えていった。
「これで依頼は完了です。――さぁ、戻りましょうか、イツキさん」
俺たちが山を下りて、麓のルーツの町に戻ってきた時には、空がうっすらと赤く色づき始めていた。
ギルドの中に入ると、ヨーコは真っ直ぐ張り紙付近に置かれている機械の方に向かっていった。
おそらく、あの機械が賞金を精算するための機械なのだろう。
ヨーコが機械に手を入れると、機械がヨーコの刻印を読み込み始める。
機械が刻印を読み込むと、機械は三枚の金貨を下部の受け皿に吐き出した。
報酬を受け取るヨーコを見て、受付にいた女性がヨーコに話しかけてきた。
「あら? もうお昼の依頼を終えたんですか?」
「あ、はい。これでどうにか今日の宿は確保出来そうです」
ヨーコと受付の女性が話をしている間、俺は先ほどヨーコが賞金を精算した機械が気になっていた。
いろんな角度から、この機械を眺めてみる。
「……ここに手を入れて、刻印を読ませるのか」
俺はなに気なしに手を入れたつもりだったのだが、俺の行動を見て、ヨーコが突然に声を上げた。
その直後だった。――機械が俺の刻印を読み取ると、機械の受け皿に三枚の金貨が吐き出された。
「は? ――なんで金貨が出てくるんだ? 報酬はさっきヨーコが受け取っただろ?」
俺の問いに答えたのは、受付の女性だった。
「いえ。グリズリーの報酬はそれで合っていますよ? たしか、グリズリーの依頼報酬は六千だったはずですから」
「じゃあ、なんで二回に分けて出てくるんだ?」
「それは、報酬を折半されたからでは? 完了報告の時に、複数の方の刻印を認証させれば、自動的に報酬折半になりますよ?」
その言葉を聞いた瞬間に頭の中をよぎったのは、ヨーコの指示でグリズリーの亡骸に刻印を触れさせた時のことだった。
「そうか、あの刻印を死体に触れさせた時のことだな? あれが、報酬折半の手続きか。ったく、なんでこんな真似をする、ヨーコ?」
「ほ、報酬の折半はアドベントとしての最低限のマナーなんです。今回、イツキさんは無償で傭兵を引き受けてくれたんですから、依頼報酬の半分を持っていくのは当然のことなんです」
ヨーコの言葉を聞いて、俺は背中の剣を鞘ごと取り外し、それを受付の女性の前に差し出した。
「なぁ、受付さん? こいつがどのくらいの値段するかってわかるか?」
「そうですね……、バスタードソードの相場を考えると、七千前後が妥当じゃないでしょうか?」
「ヨーコ。こいつはいくらした?」
「い、いくらだっていいじゃないですか、そんなことは」
「ヨーコっ」 ヨーコの目を見ながら、再度問う。
「……六千八百です」
ヨーコが剣の金額を口にした途端、俺は手持ちの金貨三枚をヨーコの近くにあった机の上に置いた。
「これ一枚が千の金になっているんだったな? つまりは、あと三千八百の金を返さなきゃいけないな」
「ま、待ってください。その剣はあなたに差し上げたモノです。いまさら代金を受け取ることなんて出来ませんっ」
机に置いた金貨を俺の方に押し返してきた。
「なら、なおさらだ。これは剣の代金ではなく、少ないが、剣のお礼として受け取ってくれればいい」
再びヨーコの方に金貨を押し返す。
「受け取れませんっ。これはイツキさんの報酬なんです」
そんな、不毛なやりとりをしている最中だった。
突然、俺の刻印が青い光を放ち、点滅しだした。
「! な、なんだコレは?」 初めて見た刻印の状態に、俺はかなり動揺している。
「そ、それは――イツキさんっ、早く刻印を立ち上げてメッセージを開いてください」
「メッセージ?」
メッセージ? いったい、なんのことを言っているんだ?
「その反応は刻印にメッセージが送られてきた時の反応なんです。メッセージを送ってきたのは多分、あなたのお仲間さんです」
俺は刻印に触れて刻印を立ち上げた。
その瞬間、『メッセージが届いています』と、文字が宙に投影された。
宙に投影された文字に触れ、メッセージを開いてみる。
『メッセージ一件 差出人「ツムジ」』
ツムジ? 誰だ、いったい? こいつが、俺の仲間なのか?
今表示されているのは、恐らく今までに届いたメッセージを表示している一覧なのだろう。
だが、そこにはついさっきに届いたツムジからのメッセージ以外は表示されていなかった。
どうやら記憶を無くす前の俺は、メッセージを読み終えたら、すぐに消去するくせでもあるのだろう。
届いたメッセージを選択し、文字に触れてメッセージを開こうとするが――
『禁則事項です。この情報を開示することは出来ません』
刻印を認証させた機械と同じようなエラーメッセージが宙に投影された。
「え? ま、また禁則事項、なんですか?」
「なんなんだよ、いったい」




