第24話「一人、去り行く」
俺が目を覚ましたときに目に入ってきた光景は、今朝までいたグリーンライト城の客室の光景だった。
……俺の記憶は――残っている。
「――プルートー、どこだ? どこにいるっ? 答えてくれ、プルートーっ」
必死になってプルートーの名を叫ぶも、プルートーの気配すら感じることが出来ない。
「なぜだ、アポロンっ。なんで俺の記憶を消さなかったっ。なんで、プルートーを封印しなくちゃならなかったんだ……。答えろっ、アポロンっ」
誰もいない、俺一人の空間で、俺は苛立ちを口に出すことしか出来ないでいた。
その直後、部屋の扉がゆっくりと開き、コロナが部屋の中に入ってくる。
「ちょっとイツキ。アンタなに一人で騒いでいるの? 廊下まで聞こえていたんだから。……それに、あの子のことをアポロンって呼ぶの、やめてもらえる? あの子の名前はヨーコって言うんだから」
「コロナ。どうしてプルートーを封印したんだ? 俺が記憶を再びなくせば、それで全てが解決する、そうじゃなかったのかよ?」
「……イツキ、落ち着いて。プルートーちゃんは封印なんてされていない。あなたの心の中に、プルートーちゃんは存在してるの」
「ならなんで、プルートーは俺の声に答えてくれないんだっ」
開きっぱなしの扉の先から、アポロンが姿を現した。
そして、現れるとすぐ、アポロンはイツキの問いに答えを返した。
「それは、あなたが冷静になっていないからです」
「アポロンっ」
「イツキっ、アポロンじゃないっ」 コロナがヨーコと呼ばずアポロンと呼んだ俺を叱責する。
「……ヨーコ、教えてくれ。お前は俺に何をしたんだ?」
「あなたの記憶を消すという、あなたの提案、それは出来ませんでした。あなたは自ら記憶を取り戻されました。それをもう一度消すという事は出来ないのです。――無理にそんなことをすれば、今度はあなたの人格すら崩壊させかねません」
「だから、俺の提案に乗れないって言ったのか」
「私はあなたの能力だけを封印させてもらいました。そうすれば、あなたの中にプルートーがいても、プルートーの力が目覚めることはなくなると考えたのです。――ですが、ひとつだけ想定外なことがあったのです。イツキさん、ディライト能力を使ってみてください」
「? ……Delight」 俺は言われたとおりにディライトを宣言してみる。
蒼白き、ディライトの光が俺を包み込む。
……どういうことだ? 俺は能力を封印されたんじゃなかったのか?
「カオス、ディライト」 今度はカオスディライトを宣言してみた。
カオスディライトは、発動しない。
「それが、想定外の事なんです。どういうわけかわかりませんが、能力を封印できたのはカオスディライトの方だけなんです。恐らく、記憶を失っている間に得た能力はもう封印出来ないみたいなんです」
「そして、イツキ。ディライト能力が発動するってことは、あなたはいま『第一段階』にいることになるの」
「第一段階? 何のことを言っている?」 俺はコロナの言う第一段階の意味が分からない。
「女神の力をどれだけ引き出せているかの段階のことよ。私やこの前までのイツキは第三段階。女神が実体化し、女神自身の意志で自由に行動が出来る状態のことなの」
「第一段階は、宿主のみが女神の存在を知ることの出来る状態。イツキさん、心を落ち着かせて目を閉じて見てください。きっとそこに、プルートーがいます」
俺は言われたとおりに目を閉じて、深く息をついて集中した。
真っ暗な空間の中に、プルートーの姿だけが浮かび上がってくる。
「プルートーっ!」 俺は心の中の世界で、プルートーの名を呼んだ。
「イツキ、イツキぃ」 暗闇の中、瞳に涙を溜めながらプルートーが俺に飛びついてくる。
「すまなかった、プルートー。お前に寂しい思いをさせて」
「ううん。プルートー、もう大丈夫。イツキ、これからは、ずっとプルートーと一緒だよ」
サージが自分の刻印を立ち上げると、懐かしい相手からメッセージが届いていた。
[冥王の名を持つ女神について]
「これは、イツキさんからメッセージ? どうしてイツキさんからこんなメッセージが? ……届いたのは、半日前ですね?」
と、サージがイツキからのメッセージを読んでいると、背後から女性の声がかかった。
「めーおーの女神? ……ぷるーと?」
サージの刻印のメッセージをのぞき込むように、くせっ毛が特徴の、少し気の抜けたような女性がそこにいた。
「また勝手に出てきたのですか? 『サターン』さん?」
「もう。さっちゃん、細かいこと気にし過ぎぃ」
「あなたまで私の事をサイオさんみたいに呼ばないでくださいっ。――で、サターンさん。どうやらあなたはこのメッセージに書かれている『冥王の女神』について、なにやら知っているようですね? くわしい話をお聞かせ願えますか? あなた方、女神についてもお聞きしたいことがたくさんありますしね」
「もう、さっちゃんの知りたがりぃ」
「おふざけはいりませんよ、サターンさん。では、まずは冥王の――」
冥王の女神について質問しようとしたとき、サージの刻印が青く点滅し始めた。
「なんかきたよ、さっちゃん?」
「メッセージの着信ですね。発信者は――!? コロナさん?」
コロナからのメッセージを開くと、そこに書かれていたのは、プルートーの件についての全てが終わったということが書かれていた。
「あー、さっちゃんの顔がニヤケてる。――私以外の女から?」
「妙な言い方はやめてください。……どうやら、冥王の女神のことが無事に解決したようです」
まだ夜も明けきらぬ、早朝とも深夜とも呼びづらい時間。家屋からの光も消えた城下町を俺は一人、出入り口の門に向かって歩いていた。
城下町の門を通過した時、背後から声が掛かった。
「お前はまた、そうやって黙って出ていくつもりなのか、破滅の光?」
暗闇の中、姿を現したのはイオだった。
「イオか。こんな時間に夜歩きとは関心できないな」
「子供扱いはもういいっ。……どうして黙って出ていく必要がある? もう、記憶は戻ったんだろ?」
「イオ。お前こそ、もう俺に付きまとう理由はないだろ? コロナはもう見つかったんだ。俺に用はないはずだ。――放っておいてくれ」
俺はそう言うと、イオを無視して歩き始めた。
どこに行く、あてもなく。
「い、イオちゃん。と、止めなくてよかったんですか?」
イツキが去ってすぐ、イオのそばにジュピターが姿を表した。
「破滅の光が放っておけって言いやがったんだ、私がどうこうする理由はない。さぁ、行くぞ。こんなところにいつまでもいる理由はない」
そういうとイオは、イツキの向かった町の外とは真逆の、グリーンライト城の方に向かって歩きだした。
「ま、待ってくださいよ、イオちゃん」
ジュピターは再び、イオの中に消えていった。
グリーンライトの城下町を出てから、俺は街道をルーツ方面とは逆の方へと進んでいた。
次第に色づき始める空を背に鳴く、カモメの声が耳に入ってくる。……どうやら港が近いようだ。
「港、か。そうだな、このまま始発の船に乗ってどこか遠くにいくのもありだな」
手持ちの金は、金貨十枚。船代には充分な金額だろう。
俺はカモメに導かれるように、場所も知らぬ港を目指して歩き始めていた。
港につくと、そこでは慌ただしく始発の船の準備が進められていた。
俺は慌ただしく動く港の作業員を横目に、港に停泊している旅客船へとまっすぐ向かっていった。
船に近づくと、この船の乗組員らしき男が声をかけてきた。
「どうされました? まだ出港までずいぶんと時間がありますよ?」
「先に乗船して、出港時間まで船内で待つことは出来るのか?」 俺は今からでも船に乗ることが出来るのかを男に尋ねた。
「あ、はい。大丈夫ですよ。船室は取られますか? 運賃が二千、船室を取られる場合は、運賃とは別に一部屋三千の料金が必要になります」
「部屋はなくていい」
「はい、かしこまりました。それでは、運賃の方だけ先払いにてお願いいたします」
俺は乗組員の男に金貨を二枚手渡した。
そして、行き先もわからない、出港準備中の船へと乗り込んだ。




