第23話「プルートー」
先に洞窟に駆けつけた、俺とイオの表情が凍り付いた。
洞窟で見たものは、凍結封印されたコロナとプルートーの姿ではなかった。
そこには、黒き風を暴れ狂わせ暴走しているプルートーの姿と、プルートーを止めようとしたのか、黒き風の直撃を受け、血まみれの状態で岩壁に叩きつけられているコロナの姿があった。
「! 姉様っ」 イオがコロナに駆け寄っていく。
必死になってコロナに声をかけるも、コロナは完全に気を失っているらしく、全く反応を示さない。
「お前が姉様をっ」 イオがその場にいたプルートーを睨みつける。そして――
「ChaosDelight」 イオがカオスディライトを宣言した。
「やめろ、イオ。なにをするつもりだ?」
「決まってるっ。――アイツを、吹っ飛ばすっ」
洞窟内の空気が緊迫した空気に変わる。――恐らく、プルートーの周囲の空間を、イオが能力によって支配したのだろう。
「――まずいっ」 俺は慌ててコロナに駆け寄った。
気を失い、倒れているコロナを抱きかかえると、すぐさまに洞窟から脱出した。
――その直後だった。
イオが起爆させたのか、プルートーが抵抗して起爆させてしまったのかはわからない。
洞窟内は激しく揺れ、周りの岩盤が崩れ始めた。
あのまま洞窟内に残っていたら、俺やコロナもただでは済まなかっただろう。
洞窟の外には、遅れて山を登ってきたジュピターとアポロンの姿があった。
「い、イツキさん? ――! こ、コロナさん!? そ、その怪我はいったい……。い、イオちゃんはどうしたんですか?」
「イオは――」 俺がジュピターの問いに答えようとした時、アポロンが俺に問いかけてきた。
「コロナさんを傷つけたのは、プルートーなんですね?」 そう俺に問いかけてくるアポロンの表情には見覚えがあった。
それはアポロン――いや、ヨーコが墓地の村でホルンと名乗った男に見せた、怒りの感情に満ちた表情だった。
「アポロン、お前……」
アポロンが俺を横目に俺の脇を通過して洞窟へと向かっていく。
アポロンが表情を強ばらせながら呟いた。
「……何のために、誰のために、コロナさんはあの場に残ったと思っているのですか? それを、プルートーは――」
「ま、待ってアポロン。あ、あなた、何をする気なの?」
「ジュピター、コロナさんを頼みます。あなたなら、コロナさんの怪我を治せるはずでしょう?」
「け、怪我を治しても、こ、コロナさんの意識が戻るかどうかは――」
「頼みましたよ、ジュピター」 そう言い残し、アポロンは洞窟の中へと消えていく。
「待て、アポロン。……悪い、ジュピター。コロナを任せていいか? 俺はアポロンを追う。あいつ、何をする気だ」
「わ、わかりました。け、けどイツキさん。き、気をつけてください。あ、あんなアポロンの顔は初めて見ました。あ、アポロンが何をするつもりなのか、わ、私には想像も出来ません」
洞窟内では、イオとプルートーの激しい攻防が続いていた。
プルートーは、イツキの名前を泣き叫びながら黒き風を巻き起こし、イオに攻撃し続ける。
一方、イオはその風を爆発して攻撃を相殺し、黒き風の攻撃を無効化していく。
だが、プルートーの攻撃の手が止まることはなく、イオは徐々に黒き風の攻撃におされ始めていた。
このままでは黒き風を防ぎきれないと感じたイオは、攻撃を黒き風の相殺から、直接プルートーへの攻撃へと切り替えた。
プルートーの周囲に閃光が走り、爆発が発生する。プルートーはその爆風を受け、岩壁に身体と頭を打ちつけた。
だが、攻撃を切り替えたため、黒き風を消せなかったイオも、黒き風の衝撃を受け、後方へと飛ばされていく。
幸い、イオの後方は洞窟の出入り口に続く通路だったため、イオが岩壁に叩きつけられる事はなかった。
イオは地を滑り、体勢を立て直す。
一方、岩壁に叩きつけられたプルートーは、その衝撃でプルートーを包むように発生していた黒き風が消滅していた。
どうやら、身体を打ちつけた衝撃で、黒き風の力が使えなくなったようだ。
イオがゆっくりとプルートーに近づいていく。
「どうやら、もう黒い風は使えなくなったようだな? ――これで、終わりにしてやる」 イオが掌の上に、爆発する火球を生成する。
? ……プルートーの様子がおかしい。
プルートーは、自分に突きつけられている火球を見て完全におびえていた。
「……なに、これ? なんで、プルートーにそんなものを向けるの? イツキ、どこ? コロナ、どこ?」
「なにを言っていやがるっ! あれだけの事をしておいて、今更命乞いかよっ」
「イツキぃ、コロナぁ……」 プルートーが再び泣き叫び始めた。
だが、先ほどまでとは違い、泣き叫ぶものの、黒き風は発生しない。
「いい加減にしろっ。コロナ姉様にあれだけひどい怪我を負わせておいて、泣けば済むとでも思っているのかっ!?」
「! コロナが、ひどい怪我した? どういうこと?」
プルートーは先ほどまで自分が何をしたのかを覚えていないようだった。……どうやら、プルートーは頭を打ちつけたことによって、我に返ったようだ。
「もういいっ。どうやらお前に何を言っても無駄のようだな。……終わりだ」
イオが火球をプルートーに撃とうとした時だった。
イオの背後からアポロンが姿を現した。
「能力を解除してください、イオちゃん」 アポロンはイオにその火球を消すように指示を出す。
「お前、何を言っていやがるっ。アイツは姉様を――」
「能力を解除してください、と言っています」 アポロンが同じ言葉を繰り返す。
冷たい瞳で能力の解除を指示するアポロンの迫力は、イオがリョッカを吹き飛ばした時にヨーコが声を荒げた時と同様か、それ以上の迫力だった。
「――っ、なんなんだよ、お前は」 そういいながらも、イオはアポロンの指示に従い、その手の火球を消滅させた。
それを確認すると、アポロンはプルートーに近づいていく。
すると、近づいてくるアポロンに、プルートーの方から問いかけてきた。
「アポロン。イツキ、どこ? コロナ、どこ?」
「プルートー。あなたは自分が何をしたか、わかっているのですか?」 冷たい表情でプルートーに問う。
「アポ、ロン?」
「あなたはまた力を暴走させ、そして、その力でコロナさんまでも傷つけた。――コロナさんは、あなたが目を覚ました時に、寂しい思いをしないようにって、いつ解けるかもわからない封印の眠りにあなたと一緒についたっていうのに、それをあなたは――」
アポロンがプルートーの額に手を当てる。そして、聞いたことのない言葉を呪文のように唱えはじめた。
「……あなたが自我をなくして暴れたことは、もう知らないという言葉では済まされません。二度とこんなことが起こらないように、あなたは一人、永遠の眠りについてもらいます」
「ひと、り? えい、えん? ――イツキは? コロナは?」
アポロンは何も答えなかった。……それで察したのか、プルートーの目に涙がたまっていく。
「そんなの、やだ。アポロン、プルートー悪いところ直すから、やめて、アポロン。ねぇ、やめてよ、アポロン」
アポロンはプルートーを冷たく見つめるだけで、何も答えない。――プルートーの身体が、凍てつき始める。
「アポロンっ」 プルートーが悲痛の叫び声を上げる。
だが、アポロンはその悲痛な声を耳にしても、封印を止めることはなかった。
「アポロン、やめてよ。お願い、アポロン。――イツキぃ、助けて、イツキっ」
プルートーが俺の名前を口にした、その時、この場に駆けつけた俺は、プルートーの額に当てられているアポロンの手を叩き払った。
「! イツキぃ」 プルートーの表情に笑みが戻った。
俺はアポロンとプルートーの間に割って入った。――プルートーを背に、アポロンと対峙する。
「邪魔をしないでもらえますか、イツキさん。プルートーがしたことは許される事ではありません」
「途中からだが、話は聞かせてもらっている。だが、ここまでする必要はないだろう? ……プルートーのことは俺に任せてもらえないか?」
「お断りします。――そこをどいてください、イツキさん。どいていただけないのであれば――」
「ChaosDelight」 俺のカオスディライト宣言により、俺の身体を赤黒きカオスの光が包み込む。
そして、俺の掌をアポロンに向けた。
「待てよ、破滅の光。お前たちは仲間同士じゃなかったのかよ? いくら、そのちっこいのを庇うためとはいえ、お前はそれを本気で撃つつもりなのかよ?」
「黙ってろ、イオ。――これは、俺とアポロンの問題だ」
「くっ、お前はまた私を――」
イオは俺に文句を言おうと、前に出ようとするが、それをアポロンが制止した。
「イオちゃん、下がってください。巻き込まれますよ?」
「くぅ。お前もまた……」 イオは素直に後ろへと下がった。
「……残念です、イツキさん。あなたが邪魔をする以上、私はこうする他ないようですね」
アポロンは、今度は掌をプルートーにではなく俺の方へと向けた。
その瞬間、俺の身体が凍てつき始める。
俺は身体の凍結が始まると同時に、カオスディライト能力を発動させた。
まばゆい光が俺の身体を包み込むと、凍結し始めた俺の身体の氷を溶かしていく。
俺はアポロンに向けていた掌を、洞窟の天井へと向けた。
俺の身体を包む光は、光の柱となり天井へと撃ち放たれた。
洞窟の天井を吹き飛ばし、この洞窟は天井の名残と見える、消し損ねた細かな岩盤の欠片が散らばる、ただの岩場と化していた。
「……なんて奴だよ、破滅の光は。完全にこの洞窟を吹き飛ばしやがった」
俺はその掌を再びアポロンに向けなおす。
そして、俺とアポロンは互いに掌を向け合ったまま、動くことの出来ない、膠着状態へと陥っていた。
「……ダメだ。私じゃ、あいつらを止める事なんて出来ない。……姉様」
イオはもう自分ではどうすることも出来ないことを察し、なす術なくその場に崩れ落ちた。
「やめなさいっ、二人ともっ」
その懐かしい声は、イオの背後から聞こえてきた。
イオが振り返ると、そこにはジュピターの肩を借りながら、こちらに向かって歩いてくるコロナの姿があった。
「ありがとう、ジュピターさん。ここで大丈夫です」
コロナはイオのそばまで来ると、肩を借りていたジュピターに礼を言い、ジュピターから離れて、一人アポロンへと近づいていく。
そして、無言のままアポロンの頬に平手打ちを食らわせた。
「コロナ、さん?」 突然の事にどう反応していいのかわからず、アポロンはおれに向けたいたその手で、叩かれた頬を押さえていた。
さらにコロナは俺の方へと近づき、今度は俺の頬を平手で叩いた。
「あなたたちはなにをやってるの? なんであなたたちが互いに攻撃の刃を向け合っているの?」
コロナの問いに答えたのは、俺の後ろで怯えて震えていたプルートーだった。
「コロナ、イツキ責めないで。イツキ、プルートーのために――」
コロナはプルートーのところどころ凍てついた身体を見て、なにがあったのか理解したようだった。
「――ヨーコ。あなた、プルートーちゃんをどうするつもりだったの?」 コロナが険しい表情でアポロンを問いつめる。
「……プルートーは罪のないあなたを傷つけました。これは許されることではありません。幸い、ジュピターのおかげであなたは回復出来ましたが、一歩間違えれば、取り返しのつかない事態になっていたのかもしれないのですよ? プルートーが自分の感情を制御できない以上、またこういうことは起こります。……もう、プルートーは封印するしかありません」
「……ヨーコ、あなた本当にそう思っているの? 本当にプルートーちゃんを封印するしか術がないと思っているの?」
「じゃあ、コロナさんは他にどうすればいいと言うのですか? 他に方法なんて――」
「多分、イツキが言っているんじゃない? 自分に考えがあるとか、自分に任せてもらいたいとか、そういった感じの言葉を。――ね、イツキ。そうでしょ?」
「ああ、言っている。――アポロン、プルートーを俺に中に戻せ。それで全てが解決する」
「何を言っているのですか、イツキさん。前に言いましたよね? あなたとプルートーの力の属性は光と闇。対なす属性が一緒になるということは、全てを消滅させる力が生まれかねません。最悪、この世界すら崩壊しかねない力が生まれてしまうんですよ?」
「それは、今の俺の状態でプルートーを戻した場合の話だ。――アポロン、プルートーを俺の中に戻したら、お前はこの前と同じようにまた、俺の記憶と能力を消せばいい。そうすれば、俺はプルートーの姿を作り出せなくなり、それで全ては解決する。……プルートー、しばらくお前とは会えなくなるかもしれないが、これからは俺とずっと一緒だ」
「イツキ、これからはプルートーとずっと一緒?」
「ああ、もうお前を一人なんかにはしないさ」
「わかった。プルートー、イツキと会えなくても我慢する」 そういうと、プルートーの姿が霧のようになってこの場から消えていった。――プルートーは俺の心の中に戻ったのだろう。
「ありがとな、プルートー。――さぁ、アポロン。話はまとまったぞ? あとは俺の記憶を消すだけだ」
「……どうしてあなたは自分のことをそうやって他人事のように言うのですか? 記憶を消すということが、どういうことになるのか、わかっているのですか?」
「無駄よ、ヨーコ。あなた、ずっとイツキと行動を共にしていたのでしょ? だったらわかるでしょ? イツキは自分のことは二の次で、他人のためなら自分の犠牲は問わないってことは」
「そういえばそうでしたね。記憶をなくした時のイツキさんも、勝ち目のない相手に対して、まず真っ先に私たちを逃がすことだけを考えていましたから」
「ヨーコ。イツキはもう答えを提示してるよ? あとはあなたが決めるだけ。自分の意志で決めて。イツキの提案に乗るか、それでもあなたの意志を貫くかを」
アポロンが俺に近づいてくる。そして、俺の額にその手を当てた。
……俺が記憶をなくしてしまえば、プルートーの存在も忘れてしまうだろう。だが、今はこれでいい。あとは記憶をなくした俺が、全てを思い出す頃にはきっと、プルートーを完全に押さえ込むことの出来る能力を身につけているはずだ。――これが、最善の策なんだ。
「……すみませんが、イツキさん。あなたの提案には乗ることは出来ないのです」
「なっ――」 アポロンがそう口にした直後、俺の脳を揺さぶるような衝撃が俺の頭の中を襲った。
これは以前食らった、記憶を消す力とは――違う。
脳を揺さぶられ、急速に俺の意識が俺から遠のいていく。
「なぜ、だ、アポロン? なんで――、くっ、プルー、トー……」
俺の頭の中で、必死な声で俺の名を呼ぶプルートーの声が聞こえてくる。
だが、俺はその声に答えてやることは出来なかった。
俺の意識は完全にここで消え、俺の身体は力なくその場に倒れた。




