第21話「取り戻した記憶」
セピア色の光景が色づき始める。――また、いつもの夢の光景の始まりだ。
狭い洞窟の中、黒き風がそこにいる少女を中心に荒れ狂っていた。黒き風の生み出す、激しい衝撃波が周りの岩壁を砕いていく。
「いやだいやだいやだ。イツキ、どこ? なんでイツキいないの? イツキ、プルートーとずっと一緒って言った」
その少女は、まるで幼子がだだをこねるかのように、泣きながら声を荒げている。
「お願い。プルートーちゃん、落ち着いて。イツキはもうすぐここに来るから」 だだをこねて暴れているプルートーという少女をなだめているのは、以前の夢にも出てきていたコロナという女性だった。
コロナはプルートーに抱きつき、プルートーが発生させている黒き風を押さえ込んでいる。
今はなんとか押さえ込んではいるものの、プルートーの作り出す黒き風は、プルートーの感情が荒ぶれば荒ぶるほどに威力を増している。プルートーが落ち着きを取り戻さない限り、いずれ押さえきれなくなるだろう。
「……無駄ですよ、コロナさん。こうなったプルートーはどうしようもありません」 コロナとは別の女性の、声だけが聞こえてくる。
「どうしようもないって、なんでそんな冷たいことを言うのよ、『アポロン』っ」
コロナがアポロンという名を口にすると、コロナの背後に彼女は突如姿を現した。
彼女が、コロナに宿る女神アポロンだ。
この光景を第三者として眺めているだけの俺だが、彼女の姿を目にして言葉を失った。
アポロンの姿は、俺のよく知る人物と同じ姿だったのだ。……これまで、ずっと行動を共にしていた彼女――ヨーコと。
――夢の中の光景が切り替わった。
今度の光景は、どこかの山のようだ。――すぐそばに岩壁が見えるところ、もしかするとさっきの洞窟の外なのかもしれない。
そして、そこにいるのは、俺と――アポロンだ。
「そこをどけ、アポロンっ」
「それは出来ません」 アポロンは狭い山道に立ちふさがり、イツキを足止めしている。
「お前は自分が何をしているのかわかっているのか? 俺とプルートーの問題に、コロナまでも巻き込んでいるんだぞ?」
「コロナさんは、それを理解した上であの場所に残ってくれたのです」
……イツキとアポロンが対峙している、この光景に重なるようにして、先ほどの洞窟での光景が映し出される。
力を暴走させ、疲れはてたのか、プルートーがコロナの腕の中で眠りについている。
「アポロン。このまま私と一緒にプルートーちゃんに封印をかけて」
「コロナさん、あなたプルートーと一緒に封印の眠りにつこうとしているんですか? どうしてですか? あなたがそこまでしなくでも、眠っているプルートーだけを封印してしまえば、それで――」
「そんなことをすれば、プルートーちゃんが目を覚ましたとき、きっと一人寂しくて泣いてしまうでしょうね。……この子に世界をどうこうしようなんて考えはこれっぽっちもないでしょうに。それが、この子の力とイツキの力が交わると世界を滅ぼしかねないことになるって、イツキから引き離されちゃって……。この子はただ、イツキと一緒にいたいだけなのに」
「だからといって、コロナさんがそこまでする理由はありません」
「……この子はイツキと一緒になれない以上、きっとまた力を暴走させます。だから、アポロン。あなたにお願いがあるの。私とこの子が眠りにつく間、あなたにはイツキのそばにいてほしいの。そしていつか、イツキがこの子の力を完全に押さえ込むことが出来るようになったら、その時に私たちを迎えに来てほしいの。――さぁ、アポロン。この子が目を覚まさない内に、封印を始めて」
アポロンからの返答はなかった。アポロンは無言でコロナに掌をかざした。
洞窟の岩壁が凍てつき始め、そして、プルートーとプルートーを抱くコロナの身体も徐々に凍結し始める。
「……そういえば、アポロン。あなたとひとつ、約束があったね? あなたに、女の子らしい名前を付けてあげるって。私ね、いろいろと調べてみたんだよ? アポロンって名前、『太陽』って意味があるんだって。だから、あなたの名前と同じ太陽の意味を含む名前で、女の子らしい名前考えたんだよ? あなたに、『ヨーコ』って名前をあげるね。異国の名前で、太陽のように明るい子になることを願って付ける名前なんだよ?」
「いくら私でも、こんな時に新しい名前を付けてもらっても、嬉しくありません。……私だって、コロナさんやイツキさんと一緒にいたかった。こんな役回りなんて、望んではいません」
「アポロン、ううん、ヨーコ。……きっとイツキはここに向かってきてるはず。私たちのこんな光景を目にしたら、イツキは自分を責めるでしょうね。だから、ヨーコ。イツキのことをお願い。そして、プルートーを完全に押さえられるようになるまで、イツキをここには近づけないで」
洞窟が完全に凍りつき、コロナとプルートーは氷漬けとなり、永き眠りについていった。
そして、重なって映っていた光景が消え、イツキとアポロンが山道で対峙している光景に戻った。
「コロナさんが私に託した最後の願いです。あなたをこの先に行かせるわけにはいきません」
「! 最後の願いってなんだよっ!? コロナとプルートーはどうしたっ!?」
アポロンの掌が、イツキの額に当てられた。――直後、脳を揺さぶるような衝撃がイツキを襲う。
「……こめんなさい、コロナさん。イツキさんを止めるのに、こんな方法しか思いつきませんでした」
「何を、した、アポロン?」 イツキは頭を押さえながらその場に膝をついた。
「脳に直接干渉させてもらいました。時間が経てば、イツキさんの記憶は消えていくでしょう。イツキさん、あなたはプルートーのことを忘れて新しい人生を歩んでください」
「――っ、ふざけるな、アポロン。俺は忘れないぞ、プルートーは俺にとって――」
イツキが無理に立ち上がろうとした時、目眩が襲ってくる。ふらついたイツキは、狭い山道から足を踏み外し、斜面を滑り落ちていく。
アポロンは、滑落していくイツキを無言のまま見下ろしていた。
「アポロンっ。俺は絶対に忘れないからなっ。絶対にプルートーの事を忘れたりは――」
イツキは山の木々の中へと落下していった。
……この後の事は、以前に見た夢に繋がるだろう。
この場所に戻るために山中をさまよったイツキは、イオと出会い、イオと交戦する事となる。
イオを退けたイツキだったが、ここに戻る途中で完全に記憶を失い、山中で倒れるのであった。
その後、何も知らないイツキの前に、アポロン――いや、ヨーコが現れる事となる。
これが、全ての始まりなのだ。
まだ日も昇らない、夜明け前に俺は目を覚ましていた。
ただ、いままでとは違い、俺の脳裏には先ほどの夢が鮮明に残っていた。
そして、それにより俺は、無くした記憶を取り戻していた。
かけられていた布団を剥ぎ、俺はベッドから降りた。
「……ChaosDelight」
俺がカオスディライトを宣言すると、赤黒き光が俺の身体を包んでいく。
……記憶も、能力も完全に戻っている。
俺はそれを確認すると、すぐにカオスディライトを解除した。
カオスディライトを解除した瞬間、俺の脳裏にある光景が映し出された。
『イツキ、イツキ』
その光景は、プルートーが俺にじゃれついている光景、なのだが――
『なんだ、お前? いったい、どこから現れた?』 光景の中の俺は、プルートーが何者かがわかっていない。
これは――、俺とプルートーが初めて出会った時の光景か。
『プルートー、イツキずっと見てた。イツキ、やっとプルートーの姿、作れるようになった』
『作れるようになった? なにを言っている、お前は? ――待て、俺をずっと見ていた、だと? じゃあ、まさかお前は、コロナのアポロンと同じ――』
『プルートー、アポロン嫌い。アポロン、すぐ怒る』
『やはり、アポロンと同じ存在か』
俺は自分の刻印を立ち上げて、メッセージを作成する。
[メッセージ送信。宛先「コロナ」。件名「アポロンに話がある」]
『……これでいいな。おい、プルートーとか言ったな? とりあえず、コロナとアポロンを呼んだ。詳しいことは――』
『なんでアポロン呼ぶの? イツキ、プルートーのこと、嫌い?』
『お前をどうこうしようというつもりはない。ただ、アポロンから話を聞きたいだけだ』
『アポロン、またプルートーいじめる。イツキ、プルートーのこと、守ってくれる?』
『大げさな奴だな。まあ、いいさ。約束しよう、お前の事を守ってやるって』
「そうだったな。俺はプルートーの事を守ってやるって約束しているんだったな」
簡単な身支度を済ませ、俺は部屋を後にした。
城の裏口から外に出ると、俺は朝焼けに照らされ始めた城下町を歩き、そのまま城下町の出入り口の門をくぐり抜けた。
街道を歩く俺の脳裏に、先ほどの光景の続きが映し出されていく。
『お前たちは、何者なんだ?』
コロナとアポロンが来るやいなや、俺はアポロンにそう問いかけた。
『何者、と言われても困りますよ。私は私でしかないのですから』
『俺の聞きたいことはそんな事じゃない。プルートーが口にしていた。ようやく俺がプルートーの姿を作り出せるようになったって』
俺の言葉を聞いて、コロナが表情を変えた。
『ちょっと待って。――アポロン、あなたも私にそんなような事を言っていたよね? どういうこと? あなたは私のもう一人の人格じゃなかったの?』
『……まさか、イツキさんにプルートーが宿っていたなんて思いもよりませんでした』
『ちょっと、アポロン? 宿っていたってなに? どういうこと? じゃあ、あなたも私に宿っている存在とでも言うの?』
『宿っているという言い方には、少し誤解がありますね。……わかりました、イツキさんとコロナさんに全てをお話します』
俺がグリーンライトの城下町を出て、街道を進んでから、すでに数時間が経過していた。
城下町を出ることは薄暗かった光景も、日の昇りきった今では、その名残さえ見あたらなくなっていた。
俺の視線の先には、ルーツの町と山が見えてきていた。
俺は刻印を立ち上げ、メッセージを作成する。
[メッセージ送信。宛先「サージ」、件名……「冥王の名を持つ女神について」]
記憶を無くしていたときには、開くことの出来なかった刻印のメッセージ機能を使い、エスタブリッシュのリーダーであるサージに対してメッセージを送信した。
『女神、だと?』
俺がそう聞き返したのは、アポロンが自分たちが何者なのかの質問に対し、そう答えたからだ。
『女神といっても、誰かが私たちのことをそう呼び始めたと言うだけで、神と呼ばれる存在ではありません』
『その私たちってのは、アポロン? それは、あなたとここにいるプルートーちゃんのことを言ってるの?』
『私たちはその時代を生きる人物の中で、自分と一番相性のいい人の心の中に宿ります。最初は宿主以外、私たちの存在を知ることは出来ません。でも、宿主の人が力を身につけると、その人の人格と入れ替わったり、さらには、こうやって私たちの姿を表に出せるようになるのです』
『ちょっと待て。じゃあ、お前やプルートーの他にも、女神と呼ばれている存在がいるってことか?』
『はい。――と、言っても、女神と呼ばれる存在が何人いるのかまではわかりません。先ほども言いましたが、私たちは自分と相性の良い人に宿ります。けど、その人がまだ力を身につけておらず、私たちの姿を表に出すことが出来なければ、その存在を知ることは出来ません。コロナさんやイツキさんのように、私たちを表に出せるようになって、その状態でお互いが出会って初めて存在を知ることが出来るのです』




