第20話「ヨーコの呟き」
馬車はルーツの町を素通りし、さらに街道を進んでいく。
グリーンライトの城下町が見え始めた頃には、すっかり日が暮れて、あたりは薄暗い闇に包まれ始めていた。
エレナは照明魔法のカードを作りだし、馬の進む先を照らし出す。
しばらくして、馬車は城下町の門をくぐり抜け、町の中へと入っていく。
家屋や店舗から漏れる光が町を照らし、町の中は照明魔法を使わなくても道が確認できるほどに明るくなっていた。
エレナは、照明魔法を解除し、馬車の速度を徐々に落としていった。
そして、馬車はゆっくりとグリーンライト城の敷地へと入っていった。
エレナは馬車を止め、荷台の方にやってくる。
俺たちが馬車から降りると、エレナは毛布ごとリョッカを抱きかかえて、城の裏口と見える扉の方へ向かっていく。
馬車を城の者に託し、エレナは裏口から城内に入っていく。俺たちもエレナに続いて城の中に入った。
とても一国の城の階段とは思えないような、狭い階段を上がり、二階へと移動する。……おそらく、この階段は城の関係者以外利用することのない階段なのだろう。
二階の廊下を進み、ある部屋の前で足を止める。
部屋に入ると、そこは生活感がないほどに綺麗に片づいた部屋だった。
俺はここがリョッカの部屋だというのにすぐに気づいた。きっと、リョッカが城を出ていってからも、いつ帰ってきてもいいようにかかさず掃除をしていたのだろう。
エレナは部屋のベッドにリョッカを寝かせた。
「イツキ様、ヨーコ様。あなた方の部屋はすぐに用意いたします。ですが、その前に会っていただきたい御方がいるのです。――私についてきていただけますか?」
リョッカの部屋を出て、先ほどの狭い階段を三階へと上がっていく。
三階の突き当たりの部屋の扉をエレナが叩いた。
「……どうぞ、お入り下さい」 中から聞こえてきた声は、落ち着いた感じの男性の声だった。
エレナが部屋の扉を開けて、俺たちを中に通した。
するとエレナは、部屋の主に一礼をすると、部屋には入らず、扉を閉めてその場を後にした。
「うちのリョッカが大変世話になったとお伺いしております。まずは私から礼を言わせて下さい」
「……そうか。アンタはリョッカの父親なんだな?」
「ちょっと、イツキさん。いくらなんでも、王様に対して、そんな口の聞き方は失礼ですよ?」
「いえ、気にしなくて結構です。今の私はただの父親です。礼儀を重んじる必要はありませんよ」
「やっぱ、アンタは聞いていた通りの出来た人間のようだな。……聞いていいか? もしリョッカが起きた後、また俺たちと共に行動をしたいと言い出したら、どうする?」
「リョッカが自分の意志でそう決めるのであれば、私は口を出すつもりはありません」
……部屋の扉が叩かれる。
「どうぞ、入って下さい」
失礼します、と一言告げて扉を開けて城の給仕人らしき女性が部屋に入ってきた。
「お客様の部屋の準備が整いましたので、お呼びに上がりました」
「そうですか。ではお二人をお部屋に案内してあげてください」
「かしこまりました。では、お客様、こちらに」
俺たちは給仕人に連れられて、俺たちは王の私室を後にした。
イツキたちが王の部屋を出てからしばらくして、再び王の私室の扉が叩かれた。
「エレナですか? どうぞ入って下さい」 彼女の扉を叩く癖でも把握しているのだろうか? 彼は声も聞かずにエレナの名を呼んだ。
「あ、はい。では、失礼します」 エレナが部屋に入ってくる。
エレナが入ってくるやいなや、彼がエレナに呟いた。
「私は父親失格なのかもしれませんね」
「……ヨーコ様が言っておられました。リョッカ様はきっと、王のことを恨んでなんかいないって。ルーツでのリョッカ様は生き生きとしておられたそうですよ」
「そうですか。……リョッカが目を覚ましたら、アドベントの話を聞いてみたいですね。きっと、目を輝かせながらあのお二人のことを話してくれるでしょうね」
「その時は、王の想いも話してあげてください。きっと、リョッカ様に伝わると思いますよ」
俺たちは、給仕人に案内されて客室へとやってきた。
部屋はそれぞれに用意されており、給仕人は俺に部屋を案内した後、ヨーコを別の部屋に案内するために、この部屋からヨーコと退室していった。
……そして、俺は部屋に一人となる。
思えば、ルーツの山でヨーコに出会い、共に行動するようになってからは、こうして俺が一人になったのは初めてなのかもしれない。
一人になって、俺の頭の中によぎるは、イオのことだった。
イオはリョッカを傷つけた。だが、あれがイオの本意ではないことは、あの後のイオの反応を見ていてわかる。
イオは俺の忘れた何かを知るために、本気で刃を向けてきた。イオにとってはそれほどに大切なことなんだろう。
……夢の中に出てきた、コロナという女性。イオの話をまとめると、そのコロナという女性の行方がわからなくなり、それを俺が知っているということだった。
きっとそれは、無くした俺の記憶にも関わっているのだろう。いや、もしかするとコロナは――、……やめよう、根拠のないことを考えるのは。
「イツキさん、食事の用意が出来たそうですよ」
イツキの部屋の扉を叩き、そのまま扉の前でヨーコが部屋の中のイツキに話しかける。――が、部屋の中からは返事がない。
「イツキさん?」 ヨーコは部屋の扉をゆっくりと開けた。
イツキはベッドの上で布団も掛けずに眠りについていた。おそらく、いろいろと考えを巡らせている内に眠りについたのだろう。
「……そうですね。今日は本当にいろんなことがありましたからね」
ヨーコは寝ているイツキに布団をかけた。
そして、そのまま部屋を出るためイツキに背を向けたヨーコだったが、その場で足を止め、誰に言うでもなく一人呟き始めた。
「……イオちゃんが私たちの前に現れた以上、もうこれまで通りというわけにはいかないのかもしれませんね。イツキさん、あなたからプルートーのことを忘れさせたのは間違いだったのでしょうか? ――コロナさん。もしあなたが私と同じ立場に立つとしたら、あなたはどうしていたのでしょう。きっとあなたは、今の私を叱りつけるのでしょうね。イツキさんから、プルートーと記憶を奪った私を」




