第19話「リョッカの正体」
俺はイオを連れて、ウッドリブルの町の外――街道外れの草原まで移動してきた。
「私をこんな場所に連れ出したってことは、お前はまだ私に話すつもりはないってことか? ……また、力づくってわけか?」
どうにかイオを説得出来ないかを考えているが、その答えは出てこない。
「――Delight」 イオがディライトを宣言した。
……やるしか、ないのか?
「……Delight」 やむをえず、俺もディライトを宣言する。
俺がディライトを宣言した瞬間、イオのディライト能力である爆発する火球が、俺を取り囲むようにいくつもが宙に浮くようにして現れる。
火球が俺に向かって襲いかかってくる。――初弾は光の剣で切り払ったものの、二発目の火球が俺の左足に接触するのと同時に爆発を起こし、俺の左足太股を焦がした。
爆発の激痛に、俺は体勢を崩し、被弾した箇所を押さえながらその場に倒れこんだ。
「……おい。それはいったい何の真似だ、破滅の光? まさか、この前の罪滅ぼしにわざと私の攻撃を受けようと言うんじゃないだろうな?」
……イオは俺が記憶と能力を無くしていることを知らない。今の状況、イオにとっては俺が手を抜いて戦っているようにしか見えないのか。
倒れ込んだ俺に対し、イオが再び火球を展開する。
そして、満足に動くことの出来ない俺に対して、イオは展開した多数の火球を一発ずつ俺の身体に落としていく。
もはや、これは一方的にイオが俺をなぶり殺しにしているようにしか見えないだろう。
「やめてっ、イオちゃんっ」 街道の方から叫び声が聞こえてきた。
ヨーコとリョッカが倒れている俺の元に駆けつけてくる。
……さっき声を上げたのは、ヨーコなのか? 何故、ヨーコがイオの名前を口にする?
「なんだよ、お前等は?」 イオが攻撃の手を止めて、駆けつけてきたヨーコとリョッカに目を向ける。
「もうやめて、イオちゃん。今の彼は何も知らない。何も、覚えていないの」
「なんなんだ、お前は? 気安く私の名前を呼ぶんじゃないっ」
ヨーコが魔法カードを手にした。――俺を包囲している火球に向けて、雷の矢を放つ。
火球はその場で爆発して消えていく。
「リョッカくん、イツキさんをお願い」
「あ、わかったよ、姉ちゃん」 いつもと様子の違うヨーコに困惑しながらも、リョッカは俺のそばに駆け寄り、俺に治療魔法を発動させた。
「なんなんだよ? なんなんだよ、お前等は? ――破滅の光もそうだ。なんで私の邪魔をする? 私はただ、姉様の居場所を聞いているだけなんだ」
「お願い、イオちゃん。ここは退いて」
「お前もさっきからなんなんだよ? なれなれしいんだよ、お前は。――ChaosDelight」 イオがカオスディライトを宣言する。そして、言葉を続ける。
「全員、その場を動くな。……破滅の光、お前は私の能力を知っているだろ? すでにこの空間は私が支配した。少しでもその場から動けば、そいつは私の能力で吹き飛ばされる。――さぁ、破滅の光。知っていることを全て話せ。まだ喋らないっていうんなら――」 今度はヨーコの周りに火球が現れる。
「こいつを吹き飛ばす」
「やめろ、イオ。ヨーコとリョッカは関係ないだろ? 二人は解放してくれ」
「だったら、知っていることを話せっ」
……この時、俺が気づけていればあんなことにはならなかったかも知れない。この時の俺は気づくことができなかった。俺のそばにいるリョッカが、怒りの感情に身体を震わせながらイオを睨みつけていたことに。
ヨーコに火球を突きつけたまま、イオさらに言葉を続ける。
「お前はいつもそうだ。いまだ私を子供扱いし、見下している。なんで姉様のことを言わない。私じゃ力不足で役に立たないとでも言いたいか? お前はいつまで私を子供扱いすれば気が済むんだっ」
「そういうところが子供なんだよっ、お前はっ!」 ――声を上げたのは、リョッカだった。
「なんで兄ちゃんがお前に全てを話さないか、その理由は考えたことあるのかよっ!?」
「うるさいっ、関係ない奴は黙ってろっ」
イオがリョッカに向けてそう言った、次の瞬間だった。
俺のそばにいたはずのリョッカが、一瞬にしてイオとの間合いを詰め、そして、イオの頬を殴りつけ、そのままイオを殴り飛ばした。
その瞬間、リョッカの周囲に閃光が走り、リョッカを巻き込んで大爆発が発生した。
爆発の衝撃を一身に受けたリョッカの身体は、天高く舞い上がり、そのまま地面に叩きつけられる。
そして、動くことさえ出来なくなっていた。
「リョッカくんっ。――イオちゃんっ、すぐに能力を解除してっ」
イオは、何が起こったのかわからない様子だった。リョッカに殴られた頬を押さえながら、呆然と立ち尽くしている。
「早く能力を解除しなさいっ」 ヨーコが声を荒げる。
そのヨーコ迫力に押されてか、イオはカオスディライトを解除した。それと同時に、ヨーコを包囲していた火球も消滅する。
火球が消えるのと同時に、ヨーコはリョッカの元に向かって駆けだした。
すぐさまに治療魔法のカードを生成し、リョッカに向けて発動させるが、効果がない。
リョッカのダメージが重すぎて、治療魔法ではもう手に負えないのだ。
ヨーコはリョッカの身体を抱き上げる。そして、呆然とするイオに目を向けることもなく、ギルドに向かって走り出していった。
俺はイオに目を向けたが、イオは何も反応を示さなかった。
立ち尽くすイオをそのままに、ヨーコを追って俺もこの場を後にした。
誰もいなくなった草原に、イオは一人立ち尽くしている。
すでにイツキたちはこの場を去っていったというのに、イオはまだその場から動くことが出来なかった。
「……そ、そんなに落ち込まないで下さい、イオちゃん」 誰もいないはずなのに、イオの耳には少しおどおどした感じの女性の声が聞こえてくる。
「! 誰だっ」 イオは周りを見渡してみるが、やはり誰もいない。
「き、きっと、イツキさんはわかってくれていますよ。い、イオちゃんがあの子を傷つけるつもりなんてなかったってことは」
イオは目を閉じて、聞こえてくる声に集中する。
すると、目を閉じた暗闇の中に、気の弱そうな少女の姿が浮かび上がってきた。
「お前は……誰だ?」
「わ、私は『ジュピター』といいます。ず、ずっとイオちゃんのことを見守っていました」
リョッカを連れたヨーコがギルドに駆けつけると、リョッカの症状を見たギルドスタッフが慌てて他のスタッフに集中治療室へ搬送するように指示を出した。
リョッカは集中治療室へと運ばれ、その扉が閉ざされる。
俺たちは、閉ざされた扉の前でリョッカの回復を祈る他はなかった。
――集中治療室の中では、リョッカの治療を始めようとしていた医師が、リョッカの身体を見た途端にその手を止めてしまっていた。
医師の目に入ってきたのは、リョッカの着ていた服によって隠されていた、リョッカの胸元に刻まれていた、アドベントの刻印とは違う、もう一つの刻印だった。
「これは……。――誰か、大至急グリーンライト王室に連絡を入れてくれ」
突如、集中治療室内が慌ただしくなった。
看護師が医師の指示に従い、治療室内に置かれた端末を操作して、グリーンライト王室に向けてメッセージを送信した。
返答はすぐに返ってきた。
[緊急につき、手術は許可いたします。ただし、術後はリョッカ王子の身柄の引き渡しを要求します。すぐに城のものを遣わせます]
どのくらいの時間が経過したのだろう。――堅く閉ざされた集中治療室の扉は、一向に開く気配を見せない。
そんな静寂を破ったのは、立派な鎧を身に纏った、一人の女兵士だった。
「……リョッカ様の、お連れの方でよろしいですか?」
彼女は俺たちに近づいてくると、そう話を切りだした。
「あ、ああ。……アンタは?」
「申し遅れました。私はグリーンライトで近衛兵をさせていただいている『エレナ』と申す者です」
「近衛兵? 近衛ってたしか、王様直属の兵士さんってことですよね? どうしてそんな方がここに?」
「私はグリーンライトの王位継承者――つまりは王子にあたるリョッカ様の迎えにあがりました」
「! リョッカくんが、グリーンライトの王子様!?」
イオのまぶたを閉じた世界。そこにいる、ジュピターと名乗る少女がイオに語りかける。
「い、イオちゃん、聞いてくれる? さ、さっきのイツキさんは、た、たぶん、本当に何も知らないんだと思います」
「はぁ? 破滅の光が何も知らないわけないだろっ」
「……うん。こ、この前、山で会った時には、な、何かを知っているけど隠していたんだと思います。で、でも、さっきのイツキさんは違っていました。だ、だって、さっきのイツキさんからは、『プルートー』の気配を感じ取ることが出来ませんでしたから。そ、そして、何故かイツキさんのそばに、『アポロン』がいました。あ、アポロンは、本来コロナさんに――」
「! お前、何か姉様のことを知っているのか?」
「しょ、正直、なにかが起こっているとしかわかりません。ぷ、プルートーとアポロンに何があったのかも、い、イツキさんとコロナさんの身の何が起こっているのかも……」
リョッカの緊急手術が終わったあと、俺たちはリョッカを迎えにきたという、エレナの操舵する馬車の荷台に揺られていた。
リョッカの手術は無事に終わり、あとは体力が回復しだい目を覚ますらしい。今、リョッカは寝息を立て、深い眠りについている。
そして、俺たちを乗せた馬車は、俺たちがまる一日かけて進んできた道を引き返し、ルーツの先にあるというグリーンライトと呼ばれる城下町を目指して進んでいた。
「ヨーコ。リョッカの様子はどうだ?」
「大丈夫のようですよ? いまは寝息を立ててぐっすりと眠ってます。お医者さんも、深い眠りから目を覚ますころには、すっかり元通りだって言ってましたから」
リョッカはヨーコのそばで毛布にくるまり、穏やかな寝息を立てながら心地よさそうに馬車に揺られている。
「イツキ様、ヨーコ様。ここから少し揺れますので、しっかりとつかまっていてください。――ヨーコ様、リョッカ様をお願いいたします」 荷台の幌の外、操舵席からエレナが話しかけてくる。
その直後、馬車の揺れが激しくなった。どうやら馬車は山道に差し掛かったようだ。
幌の合間から外の景色を覗いてみると、馬車は見覚えのある山道を走っていた。
「もうルーツの山に入ったのか。俺たちはほぼ一日がかりで歩いていったっていうのに」
「馬車での移動ってこともあるのかもしれませんが、イツキさん、この馬車、ずいぶんと早く走っているみたいですよ?」
「ウッドリブルから連絡を受けて、急ぐ必要がありましたからので、早馬を用意させていただきました」 俺たちの会話を聞いて、エレナがそう答えた。
「でも、なんで迎えにきたのはあなた一人だけなんですか? リョッカくんは王子様なんでしょう? もっと、たくさんの人が迎えに来てもおかしくないんじゃあ――」 ヨーコがエレナに問い返す。
「……私としてはむしろ、リョッカ様とあなた方が共に行動しておられたことに驚いております。――リョッカ様は人に干渉されることを嫌っておりましたから」
「一国の王子なのにか?」
「王子ゆえ、でしょうか。リョッカ様は城の中でも信用を置かれている人は多くありません。幼いころから上辺だけの心で接してくる人との交流が多すぎたのです。いつしか、接してくる人全てが偽りのように感じてしまったのでしょう。結果、リョッカ様は城を飛び出してしまわれたのです」
「飛び出したって、王子が家出してそのままにしていたのかよ? 捜索とかはしなかったのか?」
「捜索はするまでもありませんでした。リョッカ様がルーツでアドベントの刻印を刻んだ地点で、その情報は城にも入ってきましたから」
「じゃあ、なんでリョッカくんはルーツでアドベントを続けられたんですか? その地点でお城に連れ戻されちゃったんでしょう?」
「リョッカ様の父君である、グリーンライト王は私たちにひとつのお願いをされたのです」
「お願い? 命令じゃなく、お願いか?」
「はい、お願いです。一国の王としてではなく、リョッカ様の父親として」
「それはどんなお願いだったんですか?」
「リョッカ様に、一切手を貸さないように。そして、リョッカ様の行動に干渉にないようにと」
「それって、リョッカの父親はリョッカを見限ったってことか?」
「多分、リョッカ様もそう思われて、今では王を恨んでおられるのかも知れません。ですが、これだけは言わせて下さい。王は決してリョッカ様を見捨てたわけではありません。……王はリョッカ様に知ってほしかったのです。王子としてではなく、一人の男として生きていく難しさと――、その楽しさを」
「リョッカくんはきっと、お父さんを恨んでなんかいないと思いますよ? ――だって、私たちが出会った時、リョッカくん、生き生きとした目をしていましたから」
「そういっていただけると、私たちも報われます」
「でも、だったらなんで今回はわざわざ迎えにきたんだ?」
「しいて言えば、きっかけ、でしょうか? ――理由無くリョッカ様を連れ戻すような真似は絶対にしたくはありません。ですが、今回みたいに理由が出来れば、私共もこうやって迎えにあがることが出来るのです。……グリーンライトに戻って来て下さいとまでは言いませんが、リョッカ様が自分の意志でグリーンライトに足を運んでいただくのが一番の理想だったんですが、事情が事情なだけに、その可能性はほとんど期待ができませんものですから」
「そういえばリョッカくん、グリーンライトに向かうこと渋っていましたからね」
「で、リョッカを城に送り届けた後、アンタたちはリョッカをどうするつもりなんだ?」
「どうもいたしません。全ては、リョッカ様の望むままに」




