第18話「イオ、再び」
やってきたウッドリブルのギルドは、ルーツのギルドとは比べ物にならないほどの大きなギルドだった。
「ここが、ギルド、なのか?」 ルーツのギルドしか知らない俺にとって、ここのギルドの大きさは衝撃的だった。
「見て、兄ちゃん。ここ、照合機も精算機もたくさん並んでいるよ? ルーツじゃあ一台ずつしか置いてなかってのにね」
「とりあえずイツキさん。まずは森の牙の報酬が出ているらしいので、その報酬を精算しましょう。まず先に、滞納しちゃっている宿代を支払わなくちゃいけませんしね」
「リグのおっちゃんはあんまり期待はするなって言ってたけど、森の牙はハイクラス用の仕事だからね。期待するなって方が無理な話だよ」
精算機の方に向かうと、バラバラの位置ではあるが、ちょうど三台の精算機が空いていた。
ヨーコとリョッカが空いている精算機の前に移動し、報酬の精算を始める。
俺も残り一台の精算機の前に立ち、その精算機に手の甲の刻印を読み込ませた。
グリズリーの時は、刻印を読み込ませた瞬間に報酬が支払われたのだが、今回は刻印を読み込んだ直後に、精算機からメッセージが投影された。
[緊急クエスト報酬][緊急クエスト報酬]
? なんだ、コレ? 同じ文字が二つ並んで表示されていやがる。
「リョッカ、これっていったい――」
リョッカに聞こうとしたが、リョッカは今、別の精算機で報酬を精算している最中だった。
……今は無理か。まあいい、両方試せばいいだけだな。
俺は二つ並んだ文字の片方に触れてみる。
俺が文字に触れた瞬間、精算機がけたたましい金属音を轟かせながら、大量の金貨を吐き出し始めた。
「な、なんで、これは?」 止まることのない金貨の放出に、俺は焦りと戸惑いの表情を隠しきれていない。
その尋常じゃない光景に、精算機を並んで待っていた人たちが集まり出す。――と、リョッカが群がった人たちをかき分け、俺のいる場所にやってきた。
「ちょっと、兄ちゃん。いったいなにをしたのさ?」
「いや。俺にも全くわからん。ただ、報酬の文字が二つ出てきたから、そのうちの片方を押しただけで――」
ようやく、金貨の放出が終わったようだ。
「とにかく、兄ちゃん。ここじゃあ、待ってる人たちの迷惑になるから、金貨を全部持って移動しようよ」
ギルドの一角、多くの椅子と机が並んでいる休憩所の一席を陣取り、俺たちは精算機から出てきた大量の金貨について話し合うことにした。
確認したところ、精算機から出てきた金貨は計二百五十枚。二十五万もの大金だ。
「でも、なんで兄ちゃんの使ってた精算機からこんな大金が吐き出されたんだろ?」
「まさか、これが森の牙の報酬とか言わないよな?」
「それはないよ。ほら見て、兄ちゃん」 そう言うとリョッカは机の上に十枚の金貨を置いた。
「これが森の牙の報酬として、おいらが受け取った金貨。姉ちゃんもそうでしょ?」
「あ、はい。私が受け取ったのも十枚です。……何かの機械トラブルでしょうか? イツキさん、なにか精算機で変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと、か? ……そういえば、前のグリズリーの時は刻印を読み込ませただけで報酬が出てきたのに、今回は項目が二つ出てきていたな? ――で、そのうちの片方を選んだらこうなった」 そう言いながら俺は、机の上の金貨の山を指す。
「二つの項目、ですか? ……いえ、私の時は刻印を読ませた地点で報酬が出てきましたよ?」
「おいらもそうだったよ? ……姉ちゃん、一度兄ちゃんの履歴を照会してみようよ? もしかすると、それで原因がわかるかもしれないしさ」
「そうですね。じゃあ、照合機の方に移動しましょうか」
「おい、待て。移動するのはいいが、この金はどうすりゃいい? 袋にいれて持ち歩くにしても、かなりの重さだぞ? ……そういえば、お前たちはいままでどうやって金を持ち歩いていたんだ? いくらなんでも、数が増えれば行動に差し支えるだろ?」
「? 兄ちゃん、もしかして『刻印入金』を知らないの?」
「刻印入金? なんだ、それ?」
「兄ちゃん、刻印を立ち上げてみて。その中に『預金』って項目があるはずだよ?」
俺は自分の刻印を立ち上げて、言われた項目を探してみる。
「――あった、これか」 文字に触れて、次の項目に切り替える。
? ……『残高照会』しかないぞ?
「おい、リョッカ? 残高照会の項目しかないぞ? これでどうやって金を入れるんだ?」
「はぁ? なに言ってるの、兄ちゃん。刻印に直接お金を入れられるわけないじゃん。――入金は照合機で出来るよ?」
「イツキさん。とりあえずはこの袋を使ってください」 そういって、ヨーコが小さな布袋をくれた。
俺はヨーコからもらった布袋に、机の上の金貨を全て入れる。
「! ちょ、兄ちゃん。その十枚は違うよっ」
「あ、悪い。これはお前の分だったな」
間違ってリョッカの置いた金貨までしまうところだった。
照合機の前に来ると、機械に手を入れて刻印を読み込ませる。
『イツキ様の認証を確認しました』
「なんか、懐かしい感じがするな? けど、初めてこの機械を使った時から、まだ数日しか経っていないんだよな?」
『――イツキ様。申し訳ありませんが、しばらくそのままでお待ちください』
「? 何だ? 前の時には待たされることなんてなかったと思ったが?」
「兄ちゃん、これってまさか――」
「リョッカくん、何か知っているんですか?」
「たぶん、刻印の更新だよ。おいらも実際に見るのは初めてなんだけど、たしか、特定の条件を満たすと刻印が更新されるって聞いたことがあるんだ」
『お待たせしました。当ギルドはイツキ様の能力がハイクラスとしてふさわしいと認定しました。これより、刻印をハイクラス用に更新いたします』
「俺が、ハイクラス?」
「そういえば兄ちゃん、森の牙の時にディライトしてたもんね。きっと、ディライト出来ることがハイクラスへの条件だったんだよ」
『更新が完了いたしました』 このアナウンスが流れた直後、照合機の画面は最初の項目選択の画面を映し出していた。
「あ、終わったみたいですよ、イツキさん」
俺は一度、照合機から手を抜いて、新しくなった刻印を確認してみる。――外見が少し派手になった以外は違いがわからなかった。
「これで俺はハイクラスになったってことか? ……正直、刻印が少しだけ変わったこと以外、実感がわかないな」
「それはたぶん、ハイクラス用の仕事をもらえばわかるんじゃない? それより兄ちゃん、本来の目的は忘れていないよね? それを忘れちゃあ世話ないよ?」
「ああ、大丈夫だ。履歴と入金だろ? まずは履歴を見てみよう」
俺は再び照合機に手を入れて刻印を読み込ませる。
項目を選択し、これまでの仕事の履歴を表示させた。
前の時は『禁則事項』と表示されていたが、今はグリズリー以降の仕事の履歴が表示されていた。
[通常クエスト『グリズリー討伐』報酬6000÷2、精算済み]
[バウンティ『フォルク』遭遇記録のみ、詳細不明]
[緊急クエスト『森の牙』報酬40000÷4、未精算]
[緊急クエスト『ドラゴンバク討伐』報酬250000、精算済み]
「ん? なんだ、これ? ドラゴンバクが緊急クエストになってるぞ?」
「たぶん、ルーツのギルドが緊急要請かなんかしたんだね。それで、調査かなんかをして、兄ちゃんが倒していることが判明したんじゃないかな?」
「じゃあ、そのお金はイツキさんがドラゴンバクを倒したことに対する報酬ってことですね?」
「しっかし、兄ちゃんが二十五万を独り占めかぁ……」
「ちょっと、リョッカくんっ」
「いや、この報酬はお前たち二人にも受け取る権利はある。さっそくこの金を三等分に――」
「ダメですっ。そのお金はイツキさんのものです。私たちが受け取るわけにはいきません」
「まぁ、実際にはおいらと姉ちゃんは逃げるのが精一杯で何にもしてないしね。――さぁ、兄ちゃん。忘れない内にさっさと入金しちゃいなよ」
「全部入れちゃっていいのか? 少しは手元に残しておかないと――」
「その二十五万の方は全部入金しても大丈夫だと思いますよ? イツキさん、まだ森の牙の報酬は精算していませんからね。手元に残すお金はそちらでいいと思いますよ?」
「たしかにそうだな。――リョッカ、どうやって入金するんだ?」
「とりあえず、入金の画面に進んでよ。そしたら、入金の準備が出来たって画面に表示されて、上の入金口が開くから、そこにお金を入れれば、あとは機械が数えてくれるよ?」
言われた通りに項目を進めて入金画面を表示させる。照合機にある入金口が開くと、そこに金貨の入った布袋を乗せて袋をひっくり返した。――布袋の中の金貨が入金口に吸い込まれていく。
[刻印入金:250000]
入金額を確認し、承認の文字に触れると、照合機の画面は、最初の項目選択画面に戻った。
「よし。入金の方はこれでいいな。あとは、もう一度報酬を受け取る機械で――」
精算機の方に目を向けてみると、いつの間にか列が出来ていた。
「……これはけっこう待たないと森の牙の報酬は精算できないな」
「では、イツキさん。先に宿屋の方にお金を返しに行きましょうか?」
「あ、姉ちゃん。宿の代金を払ったら、もう一度宿に部屋を取らない? 急いで仕事を探す必要はなくなったんだしさ、これからどうするかゆっくり考えようよ」
「だったら、お前たち二人は先に宿に行っててもらえるか? 俺はその間、あの列に並んで報酬を精算してから宿に行くよ」
「その方が良さそうですね。わかりました。じゃあ、リョッカくん。私たちは先に部屋を取ってそこで待っていましょうか?」
「兄ちゃん。部屋は兄ちゃんの名前で取っておくから、受付で確認してから来なよ? 間違っても、昨日の部屋に行かないでよ?」
「ああ、わかった。――じゃあ、ちょっと並んできますかな」
ヨーコとリョッカは、宿代の返済と部屋の取り直しのために宿屋へと向かっていった。
俺は精算機の列に並び、順番が来るのを待っていた。
並んでいる人は多いものの、精算機の数も多いため、列はスムーズに流れていく。
気づくと、すぐに俺の番が回ってきていた。
先ほどと同じように、精算機に刻印を読み込ませる。――今度は項目の選択が出ることなく、すぐに精算機から十枚の金貨が吐き出された。
俺はその金貨を、先ほどヨーコからもらった布袋に入れて、それを懐へとしまいこんだ。
「しかし、大きなギルドなだけあって、人がルーツとは比べ物にならないくらい多いなぁ。――さて。俺もそろそろ宿の方に向かうかな」
俺が宿に向かうために、ギルドの出入り口に向かって歩きだした時だった。
「待ちなっ、『破滅の光』」 俺の背後から、聞き覚えのある少女の声が聞こえてくる。
……破滅の、光、だと?
その声が耳に入ってきた瞬間、俺の身体から凍り付くような冷たい汗が流れ落ちる。
俺のことを『破滅の光』と呼ぶ人物の心当たりは、一人しかいない。
俺がゆっくりと振り返ると、そこにいたのは、昨夜の夢にも出てきた、俺のかつての仲間だというイオという少女の姿があった。
「イオ……」
「話がある。――今度こそ、姉様についての知っていること全てを話してもらうぞ」
イオの目を見ればわかる。今のイオに、俺が何も知らないと言っても納得はしないだろう。……それどころか、ところかまわず能力を発動しかねない。
「移動しよう、イオ」 俺はイオに場所を変えることを提案した。




