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第16話「名もなき農村」

 リグと別れ、俺たちは静寂の森の中を駆け抜けていった。

 森を抜けた時には、空の色が赤く染まり始めていた。

「薄暗くなってきたな?」 俺が周囲を見渡すと、まだ充分に道は見えるものの、森の中と同じくらいに薄暗くなっていた。

「イツキさん、照明魔法を準備しますか?」

「いや。まだ充分に道が確認できるからいいだろう。照明は道が確認しにくくなってからでいい」


 俺たちは街道をウッドリブルの方に向かって進んでいく。

「しっかし、随分と街道を進んだと思うが、誰ともすれ違わないな?」 俺たちは森を出てからまだ、誰とも会っていない。

「そりゃそうだよ、兄ちゃん。ここですれ違うってことは、もうじき真っ暗になる時間に森に入ろうとするってことだよ? 今でももう、随分暗くなってきているっていうのにさ」

「たしかにかなり暗くなってきたな。――ヨーコ」

「あ、はい。照明魔法ですね? ちょっと待ってください、今――」

「! 待って、姉ちゃん。――あそこに見えるのって、町の灯りなんじゃない?」

 リョッカが示す方向には、家屋から漏れた灯りと見える光が、点々と見えていた。

 ただ、灯りの見える場所に向かうには、街道を大きく外れなければならにのだか……

「あれがウッドリブルかな、兄ちゃん?」

「多分、違うと思いますよリョッカくん。リグさんは街道沿いって言っていましたから」

「それに、町にしては光が少ない気がするな? ……行ってみるか? 宿でもあれば、今日はそこで泊まるとして」

「でも、兄ちゃん? おいらたち、ギルドに行かないとあんまりお金はないよ?」

「とりあえず、行ってみてから考えよう。もしかすると、町の宿より格安で泊まれる、民宿のような宿があるかもしれんしな」


 街道を外れて、灯りの見えた場所へとやってくる。

 そこは、小さな農村のようだった。家がまばらに建ち、あぜ道の脇には田んぼや畑が広がっている。

「どうやらここは農村みたいですね? どうします、イツキさん?」

「兄ちゃん、宿屋なんてなさそうだよ?」

「とりあえず、一通り村を見てまわろう」

「……イツキさん。少し、警戒しながらまわりませんか? 嫌な予感っていうか、なにかこの村に違和感を感じるんです」

「ちょ、だから、姉ちゃんの嫌な予感ってのは洒落にならないんだって」


 俺たちは一通り村をまわってみたが、民宿の看板を出している家屋は見あたらなかった。

 ただ、どこの家にも農具が立てかけてあるのが気になった。農村なのだから当たり前なのだろうが、俺はまるで新品のようにきれいな農具に違和感を感じていた。……多分、ヨーコも俺に似た違和感を感じたのだろう。

 ……この村は、早めに出た方がいいかもしれないな。

「イツキさん。ここは街道の方に戻った方がよさそうですね?」

 ヨーコが戻ることを提案した直後、俺たちの背後から少年が話しかけてきた。

「ねぇ?」

「! ……なんだよ、ここの村の子供か。びっくりさせるなよ」

 そこにいたのは、リョッカよりもさらに幼い、小さな男の子だった。

 ヨーコはその場に屈んで、少年と目線を合わせる。

「キミは?」 そして、少年に名前を尋ねた。

「『ホルン』。……お姉ちゃんたち、お泊まり出来る場所探してるの? だったら僕ん家においでよ。僕ん家、いつも誰もいないから、僕ひとりで寂しいんだよ。お姉ちゃんたち、お泊まりに来てくれる?」

 ……なんだ、この子? なにかがおかしい。

「イツキさん、どうします?」


 ホルンと名乗る少年の言動に違和感を覚えつつも、ホルンの案内で俺たちは一件の家にやってきた。

 玄関の引き戸を開けると、家の中が見えてくる。

 玄関のすぐそばには、台所と見える場所があり、奥の一段上がった場所には、畳の敷かれた小さな部屋が一つあるだけだった。

「狭い家だなぁ」

「リョッカくんっ」

 俺は無言のまま家の中を見渡した。玄関入ってすぐのところにある台所には、水を弾く金属で出来た銀色に輝く流し台があり、一段上がった部屋には、鮮やかな色のいぐさの畳が敷いてある。

 ……きれいすぎる。きれいに片づいているなんて言葉では言いきれないほどに。まるでここは――

「ん? どったの、兄ちゃん。さっきから怖い顔をしてるけど?」

「……いや、なんでもない。なんか、随分ときれいに片付いているなと思ってな」

「へへ。すごいでしょ、お兄ちゃん。僕、ちゃんとお片づけ出来るんだよ?」

 きれいすぎる部屋と、幼すぎるホルンの発言。この二つの違和感が重なった時、俺はその言葉を口にしていた。

「……Delight」 ディライト宣言により、俺の身体が蒼白き光に包まれる。

 ディライトした俺は、ホルンに向けて光の刃を突きつけていた。

「! イツキさんっ、何を?」

「ちょ、兄ちゃん。なにしてんのさ?」

 俺の突然の行動に、ヨーコとリョッカは戸惑っているようだ。

 だが俺は、二人を後目しりめに、ホルンから目を反らすことなく言葉を続けた。

「何が目的だ? 何が目的で俺たちをここに誘い込んだ? わざわざ幼い子供のふりまでして」

「え? 子供の、ふり?」 ヨーコは俺の言葉の意味が理解できていないようだ。

「おかしいとは思わないか? こいつの言動も、そして、この家も」

「おかしいって、どういうこと、兄ちゃん?」

「こいつの言動は、とても一人暮らしを余儀なくされた子供の言動には思えない。……幼すぎるんだよ。それにこの家――きれいに片付いているわけじゃない。使われていないんだよ。まるでここは新築の家のように生活感がない」

 ホルンは刃を突きつけられながらも、不敵な笑みを浮かべた。

「……やはり、あなたは感づいておられましたか」 ホルンの口調が、落ち着いた大人の男性のような口調に変わる。

「! リョッカくんっ、構えてっ」 豹変したホルンに対して、ヨーコは雷の魔法を生成し身構える。

 そして、ヨーコの声に反応して、リョッカもアームガンを生成し、銃口をホルンに向ける。

「無駄ですよ。あなた方がこの少年に刃や魔法を向けたところで、何にもなりませんよ」

「黙れっ」 俺は光の刃をホルンの喉元に接触させる。

「なら、黙りましょうか」

 そう言うとホルンは、突然、崩れるようにその場に倒れ込んだ。――そしてそのまま動かなくなる。

「! 兄ちゃん、まさか斬ったの?」

「いや、俺は何もしていない。……待て。こいつたしか――」

『――この少年に刃や魔法を向けたところで、何にもなりませんよ』

「……そうか、この少年は操られていただけか」

「ご名答です。そうですよ、私は最初からその場にはおりませんよ」 どこからともなく男の声が聞こえてくる。その口調は、声こそ違えど、倒れる前に話した少年と同じ口調だった。

「何者だ、貴様?」 俺は周囲を見渡しながら声を上げる。

「おやおや。まだ対面すらしていないというのに、気の早いことです」 ――家の外に何者かの気配を感じる。

「! 外かっ」 俺は外に出ようと、玄関の引き戸に手を伸ばす。

「そうそう。そこのお嬢さんが無駄なことを続けないように、私の能力について少しお教えした方が良さそうですね?」

 その男の言葉に、俺はヨーコに視線を向けた。

 ヨーコは倒れた少年に対して治療の魔法をかけ続けていた。――何度魔法をかけても、少年の身体は治療魔法を受け付けない。

「私の能力が操る対象は『死骸』のみですよ」

「!」 男のその言葉を聞いて、ヨーコは治療魔法の手を止める。

 この時のヨーコは、怒りの感情に身体を振るわせていたようだった。


 家の外に出ると、そこに一人の男の姿があった。

「貴様が、元凶か?」 俺が男に対して身構える前に、ヨーコが俺を押し退けて前に出た。

 ヨーコは男に向けて雷を落とす。――だが、その雷は男の身体をすり抜けた。

「おやおや、随分とご立腹のようで。しかし、わかりませんね? あなたにとって、あの少年は初対面のはずです。しかも、すでに亡くなっているというのに、あなたがいきどおる理由がわかりません」

 ヨーコは再度男に向けて雷を落とす。――やはり雷は男の身体をすり抜けて地面に落ちる。

「姉ちゃん、どいて」 リョッカがヨーコの前に出る。

 リョッカがアームガンを男に向け、火炎を放射する。

 炎が男を包み込むが、男は表情ひとつ変えない。

「無駄だということがまだわかっていらっしゃらないようですね? 私にはどんな攻撃も通用いたしません」

「幻影ってことかよ? 結局お前は最初からおいらたちの前に現れるつもりなんてなかったんだな?」

「それは違います。ここにいる私は正真正銘、私自身です。ただ、あなたたちでは私に触れることすら出来ないということです。――それより、ご自身の心配をされた方がよろしいのではないですか? あなた方は、その家から出ることで私の思惑から回避できたと思っているようですが、賢明なあなたなら気づかれているのでしょう? その家ではなく、この村自体が私の作り出した舞台だと言うことに」

 男の言葉を受け、俺は――

「――Delight」 ディライトを宣言した。

「やれやれ。あなたは賢明な方だと思っておりましたが、あなたも無駄なことを――」

 俺の光の剣が男の身体を斬りつける。踏み込みが浅かったのか、光の刃は男の衣服をかすめたにすぎなかった。

 が、その斬撃に男が表情を凍り付かせる。

「……そうですか。あなたのその能力は、透過物質さえも斬ることができるようですね」

「どうやら、俺のこの能力で斬れないものはないみたいだな? ――今度は本気で斬りにいくぞ」 光の刃を再び男の方に向ける。

「やれやれ。たしかにその能力で私を斬りにこられたら、さすがの私でもひとたまりもありませんね。……では、私は退散させていただきましょうか」

「おいらたちがそう簡単にお前を見逃すとでも思っているのかよ?」

「思っておりますよ? ……あなた方はこの後、それどろこではなくなりますからね」

 男がそう口にした瞬間、俺たちを取り囲むかのように、村のいたるところから虚ろな目をした村人たちが現れ、歩み寄ってくる。

 村人の手に見えるのは、真新しい農具。月明かりに照らされ、妖しく光っている。――殺傷力だけを考えれば、下手な刀よりたちが悪い。

「な、なんなんだよ、こいつら」 虚ろな瞳で近づいてくる村人たちに、リョッカは動揺を隠しきれないでいる。

「おや? 私の能力についてはすでにお話しているはずですが? ……ああ。すみません、この場所がどういった場所なのかをまだ説明しておりませんでしたね」 そういうと、男が空に向かって指を鳴らした。

 その瞬間、農村の光景が消え、別の光景が辺りに広がった。

 月明かりが照らしだす光景は、薄気味悪い墓地の光景だった。

「彼らは、ここに埋まっていた死骸モノですよ。――では、私は失礼するといたしましょう。上演に失敗した舞台の面倒までは見るつもりありませんからね」

「待て、ホルンっ」 俺はとっさに男をホルンの名で呼んでいた。

「ホルン、ですか。その名前はあの少年に対して私が適当につけた名前なのですが……。まぁ、いいでしょう。いまさら名乗るつもりもありませんからね。――では、生きていたとしたら、またどこかでお会いしましょう」 男の姿が、この場から消えていった。

 ――逃がした、か。

「兄ちゃん。この状況、ちょっとまずいよ?」

 リョッカに言われ、周囲を見渡してみる。――すでに逃げ場がないくらいに、完全に村人――いや、亡者たちに取り囲まれていた。

 そんな亡者の一人が、俺に向かって大きなフォークのような農具を投げつけてきた。――それが、戦闘開始の合図となった。

 俺は光の剣で飛来してくる農具を斬り落とした。そして、リョッカと背中を合わせるようにして身構える。

「どうすんの、兄ちゃん? 悪いのはあいつであって、この連中にはなんの罪も恨みもないんだよ?」

「だが、このまま防戦ってわけにも――」

 俺とリョッカが攻撃を躊躇している時だった。――ヨーコがためらいなく村人に雷を落とした。村人は黒こげとなり、その場に倒れて動かなくなる。

「イツキさん。この人たちのことを思うのであれば、いつまでもこんなことをさせないよう、早く眠りにつかせてあげるべきです」

 ヨーコがそう口にした次の瞬間、今度は俺の背後で村人たちが炎に包まれていく。

 リョッカのアームガンの銃口から煙が上がっているところを見ると、炎を放ったのはリョッカで間違いはないだろう。

「姉ちゃんの言うとおりだよ。――兄ちゃん、もう終わらせようよ。おいらたちが嫌な思いをすればいいだけなら、もうこんなこと、終わらせてあげようよ」

「……そうだな。わかった。リョッカ、ヨーコ。終わらせるぞ」


 夜がふける頃には、この墓地の住民たちは全員、再び永遠の眠りについていた。

 俺たちは彼らを簡単にではあるが埋葬し、そして、静寂の中この墓地を後にした。


 俺たちがウッドリブルの町の門をくぐり抜けた時、時間はすでに草木さえも眠りにつくような時間になっていた。

 当然、ギルドが開いているわけもなく、俺たちは宿の夜間担当の女将に交渉し、朝になってギルドが開いてから宿代をまとめて支払うことを約束し、宿に部屋を取った。

 部屋に入ると、俺たちはそれぞれがそれぞれのベッドに倒れ込むようにして、そのまま眠りについていた。


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