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第15話「走馬灯」

 嫌な汗が俺の身体を伝って垂れ落ちていく。

 俺は巨大蜂とにらみ合ったまま、動けずにいた。

 素手でどうにかできた、さっきの蜂テットとは違い、この巨大蜂に対する有効な攻撃手段が思いつかないのだ。

 ――均衡を崩したのは、飛来してきた一体のフォレビーだった。

 巨大蜂は、その場から動かずに自分の針を伸ばし、飛来してきたフォレビーを刺しにいく。

 俺は奴が伸ばした針を、側面から蹴り飛ばす。――針は軌道を変え、飛んできた蜂テットの吸収を阻止した。

 が、巨大蜂はそのまま伸ばした針をしならせて、鞭のようの横に振った。

 針の側面部が俺の身体を強打する。そしてそのまま、俺の身体が弾き飛ばされた。

「くっ――」 弾き飛ばされながらも、俺は空中で体勢を立て直し、木に叩きつけられるのだけは回避した。

 俺が弾き飛ばされている間に、飛来していた蜂テットは奴に取り込まれてしまったようだ。

 少しだけ、奴の身体が大きくなったような気がする。

 蜂テットの吸収が終わると、巨大蜂は俺に向かって針を伸ばしてきた。

 今度は俺を取り込むつもりなんだろう。

 奴の針を弾き返そうにも、さっきみたいに殴打攻撃に切り替えられては、なす術がなくなる。

 俺は奴の針の先端に意識を集中し、奴の攻撃を限界まで引きつける。

 そして、針が命中する寸前で回避行動を取る。――奴の針は、俺のすぐ背後の木に深く刺さった。

 この隙は見逃さない。奴の針が封じられているこの瞬間に、俺は奴との距離を一気に詰めた。

 奴の目の前で大きく跳躍し、身体を捻りながら、奴に向かって強烈な回し蹴りを放った。

 奴が大きく口を開けた。

 俺がその行動に気づいた時にはもう、回し蹴りの体勢を解除できない状況だった。

 奴が口から酸を吐き出した。――勢いよく吐き出された酸は、俺の身体を包み込む。

「ぐあぁぁぁぁ」 全身を巡る焼けるような痛みに、俺は俺の意志とは関係なしに悲鳴を上げていた。

 その場をのたうち、地面の枯れ葉や土に身体に付着した酸を擦りつけて落としていくが、焼けてしまった皮膚のダメージは消えることはない。

 その激しい痛みに俺は、立ち上がることさえ出来なくなっていた。

 俺の後方で、木が音を立てて崩れ落ちていく。――奴の針が解放されてしまったようだ。

 奴が針を高速で元の長さに戻していく。そして再び針を伸ばすと、奴は満足に動けない俺を刺しには来ず、俺をいたぶるかのように、何度も針の側面で殴打し続ける。

 ――俺の目に、ヨーコからもらった治療魔法のカードが映り込んだ。

 俺はとっさにそのカードを手に取り、イメージを固めた。――イメージは、俺の身体全体を覆う、治療魔法の薄い膜だ。

 治療の光が、俺の酸に焼かれた皮膚の治療を始める。

 俺が皮膚の治療をしている間も、奴の殴打攻撃は止まらない。

 皮膚の治療を待つ俺の脳裏に、二日前に記憶を無くして目覚めた時の光景が、まるで第三者がはたから見ているかのように流れ始めていた。

 ……まずい。まさか、これが走馬燈ってやつかよ? この状況、ちょっと洒落になってねぇぞ?

 その、洒落にならない人生の走馬燈は、俺がギルドで自分の素性を調べようとして、俺の名前が判明したところから、ギルドを後にしようとしている光景を映し出していた。

『ヨーコ、だっけ? アンタには世話をかけたな。後はまぁ、何かを思い出すまで適当にうろついてみるさ』

『うろつくって……、イツキさん、アナタ武器も何も持たずにいったいどうするおつもりなんですか?』

『武器、か。まぁ、なんとかなるだろう。あんな場所に丸腰でいたんだしな』

 ……そういえば、そうだったな。あの時の俺も、今の俺と同じ丸腰だったんだな。でも、待てよ? そもそも俺はなんで丸腰だったんだ?

 俺の脳裏に浮かんできたのは、ドラゴンバクの時の映像で見た、あの圧倒的威力の光線を放つ技だった。

 ……まさか、記憶を無くす前の俺はあんな技を平然と撃ちまくっていたとでもいうのか? ――違うな。あの技では周りに及ぼす影響が大きすぎる。何か他にあるはずだ、きっと。俺が武器を持たずに戦えていた技が。

 次に映し出された光景は、ヨーコが俺に武器を買うために、俺を武器屋に連れてきた時の光景だった。

 走馬燈の俺は、ヨーコから剣を受け取り、試し振りをしている。――振った剣は、刃の残像が見えるほどの太刀筋だった。

『……軽すぎるな』

 ……軽すぎる剣、か。たしかにあの時は軽すぎて使いものになる気がしなかったのはたしかだが、あの太刀筋はなんだ? 俺はあんな剣さばきをしていたということか?

 振っていたときには気づかない、こうやってはたから見ることで気づく違和感。

 それはまるで、そういった軽い剣を当たり前のように振るっていたような太刀筋だ。

 ……素手で行動をしていた、記憶を無くす前の俺。あきらかに振り慣れているとしか思えない、軽すぎる剣の太刀筋――

 巨大蜂が殴打攻撃をしていた針を縮めていく。――痺れを切らしたのか、どうやら俺にとどめを刺しにくるようだ。

 巨大蜂は、俺の心臓部にめがけて針を伸ばしてきた。

「――Delight」

 俺の頭の中で、軽すぎる剣の考えがまとまった瞬間、俺は自分の意志とは関係なく、ディライトを宣言していた。

 俺の身体が蒼白き光に包まれていく。――酸によるダメージは、もうほとんど消えかかっている。

 俺はすぐさまに飛び起き、俺に向かって伸びてくる針に対して右腕を振った。

 奴の強靱きょうじんな針が切断され、宙に舞う。

 俺の右手には、光の剣が生成されている。

 おそらくこれが、俺が記憶を無くす前に使っていた能力なのだろう。

 俺は奴に自分の針が切断されたことを認識させる暇すら与えぬよう、一瞬で奴との間合いを詰めた。

 そして、光の剣を横にぎ、縦に振りおろす。

 光の剣の残像が、奴の身体に十字を描き、その十字に沿って、奴の身体は体液を飛び散らしながら四等分に切断された。

 地面に出来た、奴の体液溜まりに四等分に切断された奴の身体が崩れ落ちた。

「……勝てたか。――しかし、なんだこの能力チカラは? まるで、豆腐でも切るかのように、何の抵抗もなしに奴の身体を斬り捨てやがった」

 巨大蜂を倒し、俺が安堵の息を漏らしていた時だった。

 突然、周囲の木々が激しくざわめき始めた。

 俺が辺りを見渡そうとした時には、すでに四方八方から次々と蜂テットが飛来してきていた。

「な、なんだ、こいつら?」

 現れた蜂テットは、真っ直ぐ俺のいる場所に向かってくる。

 ――が、蜂テットたちは俺を素通りし、俺の背後へ。

 俺の背後には、巨大蜂の死骸。

「! しまった。こいつらの狙いは、俺が斬ったあいつの死骸か」

 奴らの狙いに気づいたのが少し遅かった。すでに奴らは針を立て、巨大蜂の死骸を取り込む寸前だったのだ。

 奴らが巨大蜂の死骸に接触しようとしたとき、突然、蜂テットたちが炎に包まれ、その場に落下していった。

 それと同時に、四方八方から出現してくる蜂テットたちも、何者かに次々と切断されていく。

「あんちゃんっ、大丈夫か?」 蜂テットを斬り落としていたのは、リグレットだった。

「リグ!? ――じゃあ、さっきの炎はリョッカか?」

 巨大蜂の死骸のそばに、リョッカとヨーコが姿を見せる。

「イツキさん。死骸の処理は私がしますから、みんなは死骸に蜂が近づかないようお願い出来ますか?」

「嬢ちゃん、完了処理をかけろ。そんだけの大物だ、燃やすより処理をかけた方が早い」

「わかりました」 そういってヨーコは自分の刻印を立ち上げた。

「……なんで、お前等がここに? 街道の方はいいのかよ?」

「兄ちゃん。もう街道の方には蜂はいないよ? 急に出てこなくなっちゃったんだよ」

「まぁ、当然だな。こんなデカブツの死骸が転がってりゃあ、蜂どもは全部こっちに集まっちまうわなぁ」

 リョッカとリグは蜂を撃退しながら、巨大蜂の死骸のそばに移動してくる。

 俺たちはヨーコと巨大蜂の死骸を取り囲むように立ち、それぞれがヨーコの方に背を向けた。

「いいか、てめぇら。それぞれの担当は自分の目の前だ。絶対に後ろに通すんじゃねぇぞ?」

「ああ。――リョッカ、ここに全部の蜂が集まっているってことは、こいつらを蹴散らせば全てが終わる」

「わかってるよ、兄ちゃん。こいつら片づければ終わりなんだ、だから、連発で撃ち落としてやんよ」


 しばらくして、森は静寂を取り戻していた。

 だがそれは、最初にこの森に足を踏み入れた時の不気味な静寂ではなく、風のそよぐ、心地のよい森の静寂だった。

 俺たちは巨大蜂の死骸の処理を終え、道なき道から、森を通る街道に戻ってきた。

「正直、あんちゃんたちが通りかかってくれて助かったよ。俺一人では手に負えなかったかもしれん。――しかし、あんちゃんは何者だ? あのデカブツはとてもノーマルの手に負える相手じゃないだろ?」

「そういえば兄ちゃん、ディライトしてたよね? あれはいったいどうしたのさ?」

「武器なしであの巨大蜂と戦う方法を考えていたら、いつの間にかディライトが使えていた」

「でも、じゃあ、イツキさんがディライト能力に目覚めなければ――、……いえ、終わったことを言ったところで意味はありませんか。結局、今回もまたイツキさんは無茶な戦い方をしたと言うことですね」

「で、あんちゃんたちはなんでこの森に入ってきたんだ?」

「あ、おいらたち、ウッドリブルって町に向かう途中なんだ。出来ればギルドの開いている内に町に行きたいからね」

「そうか。だから森を突っ切ってショートカットしようとしたわけか。だが、森を抜けてもウッドリブルまではもう少し距離があるぞ? 街道沿いに町はあるから、街道に沿っていけば迷うことはないだろうが、ギルドの開いてる時間内って言うと、ちょっと着けるかは微妙だな。ま、どちらにしろ、森を抜けるなら今の内に抜けておいた方がいい。今なら、森は静かになってるから、急げばギルドに間に合うかもしれんな」

「そうだな。ヨーコ、リョッカ、じゃあ今の内に森を駆け抜けるぞ?」

「そういうわけで、リグさん。私たちはこれで失礼させてもらいますね」

「あ、ちょっと待ちな、あんちゃん。――ギルドに着いたら、賞金を精算しな。森の牙は緊急クエスト扱いだから、報告なしで賞金が受け取れるはずだ」


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