第14話「森の牙」
ルーツの町で簡単な旅支度を済ませ、俺たちはウッドリブルに向かうため、ルーツの山に足を踏み入れた。
俺にとって、三度目のルーツ山。――ドラゴンバクの騒動のせいか、山はいつもより静まりかえっているような気がしていた。
「……イツキさん、ひとつお聞きしてよろしいですか?」
山越えの街道をしばらく進んだ頃、街道を進みながらヨーコが俺に問いかけてきた。
「イツキさんは、ツムジさんと一緒にお仲間のところに戻らなかったことを後悔していませんか?」
「後悔、か。たしかに少しではあるが、そんな感情もあるのかもしれないな。――だが、もし俺がお前たちと別れて、ツムジと一緒に行っていたとしたら、きっとその時はお前たちと別れたことを後悔するのかもしれないな。だから、今はこの選択でよかったんだ」
「おいらは兄ちゃんと別れるなんてことは考えたくもないよ。兄ちゃんたちはおいらにとって最高の仲間なんだからさ」
山を越え、俺たちは反対側の麓にたどり着く。
すでに見慣れたルーツ側の麓とは違い、こちら側の麓は、ただ街道がのびているだけで、町や建物などは辺りにはなかった。
「こっち側はずいぶんとさみしい光景になっているんだな?」 俺は思ったことをそのまま呟いていた。
ヨーコが荷物から地図を取り出し、その場に広げた。
俺たちは広げた地図を囲むように地図をのぞき込む。
「ウッドリブルまでは少し距離がありますね? このままだと、日暮れまでに到着するのは厳しいかもしれませんね?」 ヨーコは地図上の街道を指でなぞりながら、俺たちにそう話す。
「ちょっと待って姉ちゃん。――この森の中にも街道が書かれているってことは、森抜けの街道があるってことじゃない? しかも、この街道で森を突っ切れば、さっき姉ちゃんがなぞった森を迂回する街道よりもかなり短い距離で町まで行けない?」
「森を突っ切るって、大丈夫なんですか、リョッカくん? ……イツキさんはどう思います?」
「地図だけではなんとも言えないな。――とりあえず、その近くまで行ってみよう。それからどうするかを決めても遅くはないだろう」
街道に沿ってしばらく進んでいくと、街道が二手に分かれている場所に出た。
立てかけてある看板で、ここが森抜けの街道と、森を迂回する街道の分岐点というのが理解できた。
ただ、森抜けの街道を示す看板には、『危険』の二文字が大きく書かれていた。
「危険、だって。兄ちゃん」 リョッカは看板の文字をそのまま口にした。
「まぁ、予想はしていたことなんだが……、さて、どうしたものか」
俺はどうするかを考えながら、何気に空を見上げていた。
空はまだ青いものの、太陽はゆっくりと西に向かって移動している。
「どうします、イツキさん? 遠回りするとなると、ちょっと今日中に仕事をもらうのは難しいですよ?」
「おいらたち、あんましお金は残っていないからね。……兄ちゃんの肩の治療にもずいぶんとかかっちゃったし」
「リョッカくんっ。――あれはイツキさんのせいではありませんから、気にしないでください」
「……森を抜けるか?」 俺は森抜けのルートを提案した。
ヨーコは俺のせいではないというが、やはり、ドラゴンバクの騒動で所持金のほとんどを消費していることに負い目を感じている。――出来れば、今日中に仕事をもらっておきたい。
「そうだね、兄ちゃん。――おいらたちはすでにドラゴンバクなんて化け物に遭遇してるんだ、危険って言っても、あの化け物に比べたらなんてことないよ」
「よし。じゃあ、森抜けで決まりだな?」
「あ、待ってくださいイツキさん」
ヨーコが俺を呼び止め、一枚の魔法カードを手渡してきた。
「これは?」
「治療魔法のカードです。森の中でなにが起こるかはわかりませんからね? なにが起きてもすぐに対応できるように、ここで準備をしておきましょう」
俺は受け取った魔法カードをホルダーに入れようと、腰のベルトに手をのばす。――が、ベルトに付いていたホルダーの部分がなくなっている。
「あれ? 兄ちゃん、おいらのあげたホルダーはどうしたの?」
「……どうやら、ドラゴンバクの騒動でなくしたみたいだな?」
「ありゃりゃ。じゃあ、仕方ないね。今回は攻撃魔法はなしってことで。とりあえず兄ちゃん、そのカードはベルトのスロットに入れときなよ」
リョッカの言うとおりに、ベルト部分に治療魔法カードを入れた。
森の入り口は、不気味なほどに静まり返っていた。
それはまるで、俺たちが中に入ってくるのを、息を殺して待ちかまえているようにも思えてきた。
俺たちは意を決し、森の中へと駆け込んでいった。
最初の内は、森の街道を駆け進んでいた俺たちだったが、静まり返った森の不気味な雰囲気に飲まれ、いつしか周囲を警戒しながら慎重に歩み進むようになっていた。
「兄ちゃん……。この森、なんか変だよ?」
「たしかに変です、イツキさん。いくらなんでも、森に入ったからいまだにテットと遭遇していないんですよ?」
「ヨーコ、リョッカ。とにかくこの森は早く抜けたほうがいい」
「そうしたほうがいいです、イツキさん。……なんだか、嫌な予感もしてきましたし」
「ちょっと、姉ちゃん。姉ちゃんの嫌な予感ってのはシャレにならないんだって。フォルクの時もそういって、ドラゴンバクなんて化け物が――」
突然、周囲の木々がざわめき始めた。
俺たちが身構える前に、森の影から木々をざわめかした者たちが姿を現した。
現れたのは、人間の子供サイズの巨大蜂。『フォレビー』というテットだった。
現れたフォレビーは四体。その四体は、迷うことなく真っ直ぐに俺たちに向かって飛んできている。――その巨大な毒針を突き立てながら。
「てめぇらっ! 全員その場に伏せやがれっ!」 突如、森の奥から男の大声が轟いた。
俺たちは本能的にその声に従ってその場に身を屈めた。――そうしなければ危険と感じたからだ。
その直後、身を屈めた俺たちの頭上を、蒼白き光に包まれたとてつもなく巨大な斧の刃が通過していく。
斧は巨大蜂たちの身体を完全にとらえ、次々に巨大蜂を真っ二つに切断していく。
が、切断されたのは三体。一体は上方へと逃れていく。
「ちぃ、一匹逃したか」
男の、逃したとの声が聞こえた瞬間、俺は立ち上がり、高く跳躍する。
空に逃げようとした巨大蜂の頭部を鷲掴み、そのまま地面に叩きつける。
着地と同時にその頭部を踏みつぶすと、巨大蜂は動かなくなった。
森の影から、先ほどの声の主と思われる男が姿を現した。
「やるねぇ、アンタ。頭の真上で斧を振り抜いたって言うのに、その直後でそこまで動けるなんてねぇ」
あれほどの巨大斧を振り回した男だ、どんな大男と思いきや、俺たちの前に現れた男は、無精ひげが印象的な普通の体格の男だった。
ただ、気になるのは彼の持つ斧だった。彼の背丈ほどの大きさはあるものの、先ほど俺の頭上を通過していった斧より遙かに小さい。
「ねぇ、おっちゃんがさっきの巨大斧を振った人?」 リョッカが現れた男に問いかける。
「お、おっちゃん? 失礼なっ、俺りゃぁまだ三十路前だっ」
「いや、歳がいくつかなんて関係ないよ。実際のところ、外見おっさんだし」 すかさずリョッカのツッコミが入る。
「ひでぇな、おい。――俺の名は『リグレット』。まぁ、リグとでも呼んでくれ」
「リグさんですね。私はヨーコ申します。で、こちらの方がイツキさんです」
「おいらはリョッカだよ、おっちゃん」
「名乗ったんだから名前で呼んでくれ。……せめておっちゃん呼びはやめてくれ」
「それでリグ。アンタはこの森で何をしているんだ?」
「これって、『森の牙』なんじゃない、おっちゃん?」
「? なんだ、リョッカ? その森の牙っていうのは?」
「おいらも詳しくは知らないんだけど、森に関する仕事で、ハイクラス以上のアドベントでないと受けることのできない依頼らしいんだ」
「森の牙ってのはな――!」
リグレットが森の牙について説明をしようとしたときだった。
再び、周囲の木々がざわめき始める。
「おっと、また奴らのおでましか? 悪いが話は後だ。先に奴らを駆除しないとな」
リグレットが木々の揺らいだ方向に斧を身構える。
が、フォレビーは、おびただしい数で群れて姿を現したのだ。
「いっ!? ――おい、てめぇら。逃げるぞ、走れっ」 リグレットはあわてて奴らに背を向けて走り出した。
「に、逃げるって、ちょっと、おっちゃん――」
俺たちもリグレットに続き、走り出した。
と、リョッカが急に足を止めて振り返る。
「あーもう。あんな蜂ごとき、いくら群れようが逃げる必要なんてないよ。おいらが一気に焼き払ってやんよ」
リョッカはアームガンを生成し、炎の魔法カードをアームガンのカードスロットに投入する。
銃口を、群れの先頭の集団に向けて狙いを定める。
「! バカっ、やめろっ」
リグレットはリョッカを制止しようとするが、その瞬間にリョッカのアームガンが火を吹いた。
リョッカの放った火球は、群れの先頭集団に直撃し、無数のフォレビーたちが燃えながらその場に落下していく。
すると、後続のフォレビーたちは一斉にリョッカに撃ち落とされたフォレビーの死骸に群がり始める。
「まずい。――奴らを死骸に近づかせるなっ」
「リグ? いったいどういうことなんだ?」
フォレビーたちは死骸となったフォレビーに自らの針を突き刺した。
そして、奴らは針を通して死骸を自ら身体に取り込んでいく。
「奴らは仲間の死骸を吸収して、どんどん強くなっていくテットなんだ。……森の牙ってのは、無尽蔵に発生する奴らが、手に負えない化け物になるのを阻止するクエストなんだよ」
「ちょっと待て、リグ。じゃあ何か? 中途半端な攻撃は、奴らを強化させちまうってことか?」
すでに俺たちの四方八方から奴らの気配を感じる。リョッカの燃やした死骸に、森中の奴らが引き寄せられているのだろう。
「こいつらとやりあうには、広い場所で奴らを一掃する技をぶっ放すのが一番効果的だったんだが、こうなったらもうここでやり合うしかねぇ。あの群れは全て俺が引き受ける。お前等は他からやってくる奴らを近づけないようにしてくれ」
そういうとリグレットは斧を構えながら、リョッカの撃ち落とした死骸の方に駆けだしていた。
「――Delight」 リグレットは走りながらディライトを宣言する。
リグレットの身体が蒼白き光に包まれ、その光はリグレットの持つ斧も包み込む。
斧を光が包み込むと、その斧がとてつもない大きさに巨大化した。どうやらこれがリグレットのディライト能力のようだ。
渾身の力を込め、その巨大斧を振り回す。一振りで多くのフォレビーたちが切断され、さらにその振り返しでも多くのフォレビーたちを散らしていく。
そして、新たにできた死骸にすらフォレビーを近づけないために、リグレットは攻撃の手を休めることなく斧を振り続けている。
これが、森の牙の戦い方なのだろう。
リグレットの戦いを見ている最中、俺は森の奥から何とも言えない不気味な気配を感じていた。
「ヨーコ、リョッカ。ここの周囲の奴らはお前たち二人に任せていいか? ――さっきからどうも、奥から妙な気配を感じるんだ。悪いが、俺はそっちに行ってみる」
そう言い残し、俺は街道から脇の茂みの中に飛び込んだ。
「ちょっと、イツキさん?」
「来るよ、姉ちゃん。構えて」
その直後、ヨーコとリョッカがフォレビーたちに取り囲まれた。
「――っ。リョッカくんっ、とにかく今はここのテットたちを一掃しましょう。死骸にテットを近づかせないように、死骸を出したら、それに近づこうとするテットを優先して落としますよ?」
「……それはさっきの攻撃で痛いほど理解したよ。今度はそんなヘマはしないさ。――行くよ、姉ちゃん」
こんなことがあるのだろうか?
森の街道の方では、今も混戦になっているであろうに、茂みの中に飛び込んで森の中に入ると、街道に次々現れているテットたちの気配が消えて、不気味な静寂が漂っていた。
だが、今も感じている。ドラゴンバクの時と似たような、何とも言えない緊迫感を。
「……いるのか? 大物が」
森のさらに奥から、街道の方に向かって飛んでいく一匹のフォレビーを見つける。
が、次の瞬間、そのフォレビーが空中で動き止まる。
そして、何者かに引きずられていくかのように、不自然な動きで森の奥へと消えていく。
俺はその場所にゆっくりと近づいていく。
そこにいたのは、俺の体格の三倍の大きさがあろう巨大蜂だった。
奴の針の先には、さっき飛んでいたフォレビーが突き刺さっている。
フォレビーが絶命すると、その死骸はそのまま巨大蜂に取り込まれていった。
「こいつ、同士討ちしてこんなに大きくなったのかよ」
街道の、ヨーコとリョッカが相手にしていたフォレビーたちは、すでに全て死骸と化していた。
ヨーコはしきりに、先ほどイツキが入っていった森の奥の方を気にしていた。
「兄ちゃんが心配なの、姉ちゃん?」
「イツキさんなら大丈夫だと思うのですが……」
「大丈夫だよ、きっと。兄ちゃんは頭がいいし、剣の腕も立つ。どんな数に囲まれたって、きっと自慢の剣で――! あっ!」 リョッカが突然大声を上げる。
「ど、どうしたんですか、リョッカくん? 急に声なんか上げて」
「姉ちゃん……、たしか兄ちゃんの剣って、ドラゴンバクの時に折れて、そのままじゃなかったけ? 兄ちゃん、剣を買い換えていないよね?」
思い返してみると、たしかにイツキはルーツからここに来るまでに一度も剣を振るってはいなかった。
先ほどのフォレビーだって、イツキは素手で倒している。
「――っ」 ヨーコがイツキの向かった茂みに飛び込もうとする。
その時、先ほどのフォレビーの大群を片づけたリグレットが、ヨーコとリョッカに向かって声を荒げた。
「てめぇら、なにやってやがるっ」
「え?」 その声にヨーコが足を止める。
「何って、ここが片づいたから、兄ちゃんの援護に行こうかと――」
「馬鹿野郎っ。死骸をそのままにするんじゃねぇっ」
突如、どこからともなく一体のフォレビーが高速で飛来してくる。
現れたフォレビーは、ヨーコとリョッカが倒したフォレビーの死骸に真っ直ぐ向かって来ている。
飛来するフォレビーの身体を電撃が駆け巡り、フォレビーはその場に落下して息絶えた。――ヨーコがとっさに雷の魔法を放ったようだ。
「森の牙では、どこから奴らがわき出てくるかわかったモンじゃねぇ。奴らを倒したら、すぐに死骸を焼却するんだ」
「……リョッカくん。何枚か炎の魔法をもらえますか? 手分けして、ここの死骸を焼き払いましょう」
隠してはいるのだろうが、ヨーコから早くイツキの元に駆けつけたいという感情が溢れ出ていた。
「……わかったよ、姉ちゃん。早くここを片づけて兄ちゃんの所に駆けつけようよ」




