第13話「新たなる目的地」
翌朝。俺たちは、病室を借りられる時間ぎりぎりまでゆっくりしてから、荷物をまとめ、この病室を後にした。
ギルド二階の廊下を進み、一階に続く階段を一段ずつ降りていく。
「イツキさん、肩の調子はどうですか?」 ヨーコが俺の肩を気にかけて、声をかけてくる。
「まだ少し違和感が残っているが、動かすのに問題はない」 問題の肩を手で押さえながら、腕を回して見せる。
「その程度の後遺症で済んでいるんだったらいいじゃん。兄ちゃんの肩、完全にえぐられていたんだから」
一階のギルドに降りてくる。――いつもは混雑していてもおかしくない時間帯なのだが、今日のギルドにはなぜかほとんど人がいなかった。
ギルドの一角に置かれている長いすに、横になっているツムジの姿を発見する。
俺たちに気付いてか、その場に起きあがり、俺たちを手招きする。
「ようやく降りてきたか」 ツムジは、座ったまま両腕を上に伸ばし、身体をほぐしている。
「いつから待っていたんだ?」 俺はツムジにいつからここにいたのかを確認する。
「安心しろ、そんなに長くは待っていない。どうせ、部屋を借りれる時間のギリギリまではゆっくりするだろうと思っていたしな」
「そうか。なら、気兼ねする必要はないな。――昨日の答えだ。俺はあんたたちの元にはいけない」
ツムジに、はっきりとそう告げた。
「……一応、理由くらいは聞かせもらえるな?」
「ああ。……今の俺にとっては、この二日間の出来事が俺の全てなんだ。もし仮に、俺があんたたちの元に戻って、記憶を取り戻すことが出来たとしても、代わりにこの二日間がなかったことになるんだったら、俺は記憶を求めない。それくらい、この二日間の出来事は大切なんだ。それくらい、俺はヨーコとリョッカと共にいたいんだ」
「兄ちゃん……」
「そっか。なら、仕方ないな」
「はぁ? ちょっとツムジ兄ちゃん、仕方ないって、そんなあっさり引き下がるわけ?」
「もしかしてツムジさん、イツキさんが行かないって答えることを予想していたのですか?」
「まぁな。――と、言っても、予想していたのはサージの奴で、俺ではないんだがな。……それで、お前たちはこれからどうするつもりなんだ?」
「どうするつもりって言われたって、おいらたち、まだ今日の仕事も決めていないんだ。こればかりは依頼次第としか言いようがないよ」
「依頼次第? この状況でか?」
「この状況?」
ツムジにそう言われ、俺は周囲を見渡してみた。
ヨーコとリョッカも辺りを見渡している。そして、気付く。ギルドの様子がおかしなことに。
「ちょっと、兄ちゃん? これってどういうこと? まだ昼前の時間だっていうのに、まったく人がいないじゃん」
「! そうか、お前たちは二階から降りてきたんだったな。つまり、あの張り出しはまだ見ていないのか」 ツムジはそう言いながら、受付の脇に立てかけてある看板を指す。
俺たちは、受付の方に移動する。受付に近づき、看板の内容を確認する。
入り口のガラスの前にも、同じような看板が立てかけてあるところを見ると、ほとんどのアドベントが入り口で引き返すような事態が起こっているのだろう。
[山でドラゴンバクが発生したため、依頼の受付を自粛しております]
看板を見ていると、ツムジが後ろから声をかけてくる。
「全滅しかけたお前たちなら、その看板の言いたいことはよくわかるだろ?」
「……逃げ出すことさえ、ままなりませんでしたからね」
ヨーコの言うとおりだ。アレに目を付けられたら、普通のアドベントではひとたまりもないだろう。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、おいらたち、ここで仕事をもらうことができなくなったってわけ?」
「まぁ、そうなるわなぁ。仕事が欲しいなら、今は近くのギルドのある町に移動するしかないな。ここの近くというと、『ウッドリブル』か『グリーンライト』ってとこだな」
ツムジが移動候補にグリーンライトと口にした時、リョッカの表情が沈んだように思えた。
「……イツキさん、どうします? やっぱり、どっちかの町に移動した方が――」
「兄ちゃんっ、ウッドリブルの方に行こうよっ」
俺がまだ、どっちにするのか決めていないのに、リョッカがウッドリブルに行くことを提案してきた。
「おいおい。ウッドリブルは近くに大きな森があって、森に関連した仕事ばかりになるぞ? 仕事の種類を考えると、グリーンライトの方がいいと思うぞ? グリーンライトは城下町だからな。依頼内容が多種多彩で、いろんな仕事を選べるぞ?」 どうやらツムジはグリーンライトの方をススメているようだ。
「……グリーンライトはまずいんだよぉ」 リョッカが小声で呟いた。俺にはなにを言ったのかよく聞き取れなかった。
「……もしかしてリョッカくん、グリーンライトを避けているのですか?」 リョッカの様子が少しおかしかったので、ヨーコはリョッカに問いかけた。
「そ、そんなんじゃないけどさ、お、おいらはただ――」 リョッカは言い訳を繕おうとしているようだが、いい言葉が出てこないようだった。
「――いいよ、リョッカ。お前がグリーンライトってところに行きたくないっていうんだったら、別に無理してそっちに行くことはない。じゃあ、ウッドリブルって町の方に向かうことにするか。いいな、ヨーコ?」
「はい。――あ、でもそうすると山越えの準備が必要になりますね。一応、山に街道は通っていますので、そんなに心配する必要はないのかもしれませんが、昨日のこともありますし、それなりの準備はしておいた方がいいですよ?」
「準備か……、――! あっ!?」 準備という言葉を聞いて、俺はあることを思い出した。
「ど、どうしました、イツキさん?」
「ちょっと聞きたいんだが、もし、完了報告せずに仕事を終えていた場合、報酬の受け取りってのはどうなるんだ?」
「兄ちゃん、完了報告なしに仕事を終える状況ってどんな状況なの? そんな状況、そうそう――! あっ!?」 どうやら俺の言っている事の意味に、リョッカも気付いたようだ。
「え? リョッカくんまで……。もう、なんなんですか、二人とも?」
「おいらたち、フォルクの完了報告が出来ていないんだよ」
「あっ」 ようやくヨーコも理解したようだ。
「ようやくあいつを倒したっていうのに、これじゃあなんの意味もないよぉ」 リョッカが落胆の表情を見せた。
「じゃあ、やっぱり報酬を受け取ることはできないのか……」
「それどころか兄ちゃん、あのフォルクをおいらたちが倒したって証拠すら残らないんだよ。これじゃあ、なんのためのあんな苦労をしたんだか……」
俺たちは行き先をウッドリブルに決めて、ギルドの出入り口をくぐり、表に出た。
「イツキ、ちょっといいか?」
ギルドから一歩外に足を踏み出した時、ツムジが俺を呼び止めた。
「なんだ? 俺は戻らないってことで話はもう終わったんじゃなかったのか?」
「その件とは別の話だ。――これからする話に関しては、そこの二人には席を外してもらいたい」 ツムジがヨーコとリョッカに席を外すように言った。
「? なに、どういうこと? ――! まさかツムジ兄ちゃん、兄ちゃんが戻るのを断ったからって、無理矢理連れて帰ろうって言うんじゃないだろうね?」
「安心しろ、そんな真似はしない。ただ、イツキに確認をとらなくてはならない事があるだけだ」
「じゃあ、今ここで言えばいいじゃん?」
「その話が、イツキの記憶と、俺たちエスタブリッシュに関わる話だったとしても、席を外してもらえないのか?」
「! ――リョッカくん、言うとおりに私たちは外しましょう。昨日、自分で言ったことでしょう?」
「……わかったよ。でも、約束してよね? 兄ちゃんを黙って連れていくような真似はしないって」
「ああ、約束しよう。勝手にイツキを連れ戻しはしないさ」
ヨーコとリョッカをギルドの外に残し、俺とツムジはギルドの中に戻った。
「さて。――イツキ、お前『アポロン』って名前に心当たりはあるか?」
! アポロン、だと? なんでツムジの口からその名前が出る?
アポロンってのは、夢で見たあのコロナって人のもう一つの人格だったはず。
それを知っているのは、コロナ本人と記憶をなくす前の俺だけじゃなかったのか?
「……どうやら心当たりはなさそうだな」
しばらく無言でいたためか、どうやらツムジは俺が必死になって思い出そうとしていたが思い出せなかったっと読みとったようだった。
「イツキ。これから言うことは俺たちの憶測でしかないことだが、頭の隅にくらいはとどめておいてくれ。――お前の記憶喪失に、アポロンという、女神と言われている存在が関わっている可能性が高い」
女神? なんのことを言っているんだ? アポロンはコロナの――、いや、たしか言ってたな? 別人格ではなく、悪意のない存在とかそんな感じの事を。
「そして、そのアポロンとかいう女神は、お前の中に存在しているのかもしれないって事だ」
「! ちょっと待て、それはいったいどういう事だ?」 ――アポロンが、俺の中にいる?
「あくまで憶測だ。今の段階では何もわかっていないのと同じだ。――っうか、お前の事をお前以上に知ってる奴なんて存在しないだろう。……俺からの話はこれだけだ。じゃあ、俺はもう行くぜ? ――Delight」
ツムジがディライト能力を発動させ、旋風と共にこの場から去っていった。
「アポロンが、俺の中にいる?」
ギルドを出ると、出入り口すぐの場所でヨーコとリョッカが待っていた。
「ツムジの兄ちゃんは?」
「話を終えるなり、あの特殊能力でどっかに行っちまったよ」
「そうなんですか? きちんとお別れを言いたかったのに、残念ですね」
「で、兄ちゃん。何の話だったわけ?」 空気を読まずに、リョッカは話の内容を聞いてくる。
「リョッカくんっ」 そんな無神経なリョッカを、ヨーコは叱りつけた。
「……俺に全く心当たりのない話だったから、それで終わりだったさ。――ただ、俺の記憶をなくした要因の一つかもしれないって話さ」




