第12話「女神アポロン」
「――来たぜ」
ツムジが応接間のような部屋に入ってくる。
「で、話ってのはなんだ、サージ? 説教たれるつもりだったら、俺は帰るぜ?」
部屋にはサージの姿はなかった。
代わりに部屋の中にいたのは、まるで自分の家にいるかのように、大の字になってソファーにもたれかかっている軽い感じのする男と、その向かいのソファーに座り無言で自分の刻印をいじっている少女だった。
「よっ、おひさ、つむっちゃん。元気ぃしとった?」 男はツムジをつむっちゃんと呼び、西方訛りの口調で、外見のまま、軽い感じで話しかけてくる。
「『サイオ』と『フィオ』か。なんで西の二人がここにいる?」
「さっちゃんに呼ばれたんや。んで、ふぃーちゃん連れてこっち来たっちゅうわけ。つむっちゃんもさっちゃんに呼ばれた口やろ?」
「……サイオ。お前のその訛りは仕方ないにしても、その軽い感じの口調はどうにかならないのか?」
「わいのしゃべりが気にいらへんのなら、ふぃーちゃんとしゃべっとうたらええやん」
ツムジがフィオに目を向けると、フィオと目が合った。――が、フィオは言葉を発することなく、再び自分の刻印をいじり始めた。
「お前はもう少しじゃべってくれ、フィオ……」
ツムジの背後で扉の開く音が聞こえてくる。
「お、つむっちゃん、さっちゃんが来たでぇ」
扉を開けたのは、サージだった。サージがサイオの座っている方のソファーに近づいてくる。
「サイオさん。私をそんな女の子みたいな呼び方で呼ぶのはやめてくださいと、何度言えばわかっていただけるのですか?」
「ええやん、そないことは。――そんで、わいらを呼びつけたんは、『エスタブリッシュ狩り』についてやろ?」
「!? ちょ、ちょっと待ってくださいサイオさん。なんなんですか? そのエスタブリッシュ狩りというのは?」
「え? ちゃうのん? わいらが呼ばれたのは、てっきりエスタブリッシュ狩りのことやと思っとったのに。――そういえは、そっちはつむっちゃんしか来とらへんな? いつきっちやころちゃん、それにいおいおの姿が見えへんけど?」
「……コロナさんは現在、消息を絶ってしまっているのです」
「ころちゃんが、消息不明? ……なんや、こっちもえらいことになってるんやなぁ。んで、いつきっちといおいおは?」
「イオさんは現在、ひとりでコロナさんの行方を探しているようです。イツキさんは――」
「イツキもコロナと同様に行方不明の状態だったんだ」
「行方不明、やった?」 ツムジの含みのある言い方にサイオがツムジに問い返す。
「イツキはついさっきに見つけて、会ってきたところだ。――だが、サージには報告しているが、イツキは今、記憶も力もなくしていやがった」
「なんや、おもろい事になってんなぁ」
「なにが面白いものですか。――それより、サイオさん。さっきあなたが口にしていたエスタブリッシュ狩りというのはなんなんですか?」 サージがサイオに質問を返した。
「事の発端は、ある噂からなんや。『女神持ち』って言葉、聞いたことあらへんか?」
「女神持ち? なんの事だ?」 ツムジには心当たりがないようだ。
「つむっちゃんは全く聞いたことあらへんようやな。けど、さっちゃんはなにやら知っとるような顔やな」
「女神とは、能力の優れた方に宿るといわれている存在の事なんです。当然、そんな女神が宿る女神持ちと呼ばれる方は、ものすごい能力を持っていると聞いています。――それとエスタブリッシュ狩りというのが、どういう関係があるのですか、サイオさん?」
「最初は、エスタブリッシュの中に女神持ちがいるんやないかって噂やったんや。けど、そのうちに女神の中には危険な存在がおるって噂になって、いまでは危険な女神を宿らせているエスタブリッシュは危険やから駆るべきや、って噂にまで発展しとるんや。幸い、わいらエスタブリッシュの顔は割れてへんから、実害はないんやけどな。まぁ、さすがにそない状況でふぃーちゃんは置いていけへんからな、一緒に連れてきたっちゅうわけや」
「ちょっと待て、サイオ。なんでそこでフィオが出てくる?」
「あ、つむっちゃん、女神持ちのこと知らへんのやったな? ちゅーことは、ふぃーちゃんのことも知らへんわけやな?」
「ツムジさん。フィオさんはさっき言った女神持ちの一人です」 サイオに代わって、サージがフィオのことを説明する。
すると、フィオが突然に立ち上がり、ツムジに近づいてくる。
「ツムジ」 いままで無口だったフィオが、突然にツムジの名を口にした。
「な、なんだよフィオ、急に」 フィオにいきなり名を呼ばれ、ツムジは動揺する。
「ツムジ、どこで『アポロン』に会ったの?」 フィオはアポロンと言う名を口にした。
「はぁ? 誰だよ、そのアポロンってのは?」 だが、ツムジには心当たりのない名前だった。
「『ヴィーナス』が言ってる。ツムジからアポロンに会った痕跡を感じるって」
「ヴィーナス? それがお前の持つ女神の名前か? と、いうことは、アポロンってのも女神って存在のことなのか? だが、ちょっと待て。俺はちょっと前にイツキと会ってきたこと以外に心当たりはないぞ?」
「単純に考えれば、イツキさんも女神持ちということになりますね。そして、これは憶測でしかありませんが、そのアポロンという女神さんが、イツキさんの記憶喪失になにかしら関わっているということなのでしょう」
「……今のイツキにそれを聞いたところで、満足な答えは聞けないだろうな」
セピア色の光景が広がっている。……前に見た、夢の光景だ。
俺がこの光景を夢と認識した直後、セピア色の光景が色づいていく。
今度の光景は、どこかの町の光景のようだ。
その町の、アドベントギルドと見える建物の前に、俺――イツキらしき姿と、昨日の夢に出てきた、コロナという少女と見える女性の姿があった。
昨日の夢では、幼さの残る少年少女だったイツキとコロナだったが、今回の夢では、昨日の夢からかなりの時間が経過しているのか、二人は今の俺の姿に近い、成長した姿で映っていた。
イツキがギルドの入り口の前で足を止めている。
「なぁ、コロナ? 本当にアドベントギルドにメンバー登録をするつもりなのか? ――別にサージの作ったプログラムを使いたいんだったら、わざわざギルドに登録なんてしなくても、直接サージに言えば――」
「そんなの、つまらないじゃない。……私たちエスタブリッシュが開いたアドベントギルドが、今こうして順調に稼働してんのよ? だったら、私たちも実際に登録して活躍したいじゃない。それに、『B』の方も登録したがってるみたいだしね」
「コロナ、お前はまだ、お前の中にいるもう一人の存在を『B人格』とか呼んでいるのか?」
「だって、この子、いつになっても自分の名前を教えてくれないんだもん。――そうだ、じゃあアンタがこの子にいい名前をつけてあげてよ。今、替わるからさ」
「! お前、人格の入れ替えが出来るのか?」
「……別に、私とコロナさんの人格が入れ替わるわけではありませんよ、イツキさん」 言葉を発しているのは、コロナ本人なのだが、まるで別人のように、口調も雰囲気も変わっていた。
「……あんた、誰だ?」 イツキは、目の前のコロナがコロナでないことに瞬時に気づく。
「初めまして、になるのかな? あ、でも、こうしてイツキさんと直接お話をするのは初めてになりますね?」
「そうか、あんたがコロナのもう一つの人格か?」
「……すみませんが、私はコロナさんの別人格とかそういう存在ではないのです。訳あってコロナさんのお身体をお借りしてはおりますが、決して悪意のある存在ではなおことだけは信じてください」
「信じるさ。でなければ、コロナが全面的にアンタに協力をするわけがない。だが、できればアンタの名前を教えてはくれないか? このままじゃ、アンタとか、コロナみたいにB人格というしか呼びようがない」
「……わかりました。イツキさんには私の名前をお教えします。私の名前は『アポロン』といいます。――ちょっと、コロナさん? 笑わないでくださいよ。私だってこの名前は好きじゃないんです。あーもう、だから言いたくなかったんですよ。もう、知りません」
コロナの雰囲気が、アポロンからコロナに戻っていくのが感じ取れた。
「なんかあの子、イツキの事を気に入っているみたいね。――私とあの子が入れ替わっている時でも、私たちはもう一人がなにをしているかはわかるの。まるで、身体の奥底からその光景を眺めているみたいにね。でも、あの子のアポロンって名前、あんまり女の子らしくないわね。うん、今度あの子に似合う可愛い名前を私が考えてあげようかな」




