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第10話「カオスディライト」

 俺のまぶたが開くと、その目に木目の天井が映り込んできた。

「――ここは、どこだ?」 上体を起こし、周囲を見渡してみる。

 掛けられていた布団と、今見ている視線の高さから、俺はベッドで寝ていたということが理解できる。

 意識がはっきりしだしたのと同時に、右肩に激痛が走った。

 自分の右肩に目を向ける。右肩の部分は包帯で固定されている。

 恐る恐る左手をのばし、右肩部分に触れてみる。

 完全に食いちぎられたはずの右肩がそこにあった。――が、触れた瞬間に再び激痛が走った。

「……その肩にはあまり触らない方がいいぞ? 完全に食いちぎられていたからな。ついさっき再生治療が終わったんだぞ?」 聞き覚えのない、男の声だ。

 声がした方に視線を向ける。――この部屋の出入り口らしき扉の前に、その男の姿はあった。

 歳はたぶん、俺と同じくらいだろう。……どこかで会ったことがあるような気はするのだが――

「……何者だ、アンタ?」 男を思い出そうとする前に、俺の疑問が口に出ていた。

 俺の言葉に、男は表情を曇らせる。

「……話は聞いていたが、本当に俺のことがわからないんだな?」

 話は聞いていた? 誰に? 何の? いや、それより――

「――それより、あの黒い化け物はどうなった? それに、ヨーコとリョッカ――俺の仲間は?」

「やれやれ。俺のことなんては眼中になしか。……まあいいさ。おーい、もう入ってきても大丈夫だぞ?」

 男が部屋の外に向かって声を上げる。

 そして、部屋の扉が開き、ヨーコとリョッカが部屋に入ってきた。

「兄ちゃんっ」 リョッカが俺の姿を見るなり、俺に飛びついてきた。

「ちょ、待て、リョッカ。今は――」

 飛びついてきたリョッカを受け止めた瞬間、その衝撃が肩にも伝わり、俺は声にならない声を上げることになった。

「アンタは抱きつかなくていいのか?」 男がヨーコにリョッカの真似をしないのかと問う。

「や、やりませんよ」 ヨーコが顔を赤くして、必死になって否定する。

「――それより、何かイツキさんのことはわかりましたか、『ツムジ』さん?」 ヨーコが男のことをツムジと呼んだ。

「ツムジだって!? じゃあ、お前があの禁則事項の男なのか?」

「禁則事項の男ぉ? なんじゃそりゃ?」

「あ、いえ。実は昨日、イツキさんにあなたからのメッセージが届いたのですが、開けようとしたら禁則事項って表示が出てメッセージが確認できなかったんですよ」

「俺からのメッセージが禁則事項扱い? ――イツキ、ちょっとお前の刻印を見せてみろ?」

 そう言うとツムジは俺の手を取り、刻印を確認する。

「……やはり、か。どういうわけかは知らないが、アドベントのレベルがノーマルクラスまで落ちていやがる。これじゃあ、『エスタブリッシュ』のメッセージなんて開けるわけがねぇな」

 ……エスタブリッシュ? いま、エスタブリッシュって言ったのか? あの夢で言っていた言葉の――

 俺の考えがまとまる前に、ツムジは言葉を続けた。

「結局お前が『ドラゴンバク』を『ディライト』して倒したのも無意識でやったってことなのか?」

「……ちょっと待て? お前、何のことを言っている?」

「兄ちゃん、ドラゴンバクってのはあの黒い化け物のことだよ」 ツムジに代わって、リョッカが補足説明を入れる。

「じゃあ何か、リョッカ? つまりは、俺がそのディライトとかいう何かを使って、あの化け物を撃退したって言っているってことになるぞ? ――アンタが俺を助けてくれたんじゃなかったのかよ?」

「ん? 俺はそんなこと一言も口にした覚えはないぞ?」

「目が覚めた時に見知らぬ顔があれば、誰だってそう思うだろうがっ?」

「……兄ちゃん。兄ちゃんがドラゴンバクを倒したときの映像の記録が残ってるんだけど、見る?」

「映像が、残っている?」

「おいらの刻印には、映像を記録しておく機能が追加されているのは知っているよね? ほら、フォルクの映像を記録していた――」

「その映像を見れば、俺があの化け物にやられた後のことがわかるんだな?」

「……映像を見ても、怒らないって約束できる?」 リョッカが俺に映像を見て怒るなと申し出る。

「どういう事だ?」

「怒らないって約束をしてくれない限り、おいらは映像を見せることはできないよ」

 ……いったい、なにがあったって言うんだ? だが、今は何があったのかを知りたい。

「わかった、約束する。今はあの後に何があったのかが知りたい」

「兄ちゃんが怒らないって言ってくれるなら、再生するよ。――姉ちゃんも、いいよね?」

「仕方がないですよ。イツキさんは怒らないって約束してくれましたし……」

 リョッカが刻印を立ち上げ、記録映像の再生の項目を選択する。

 映像が、部屋の壁に投影され始めた。


 映像は、山道でヨーコとリョッカがはち合わせた場面から始まった。

 イツキの姿が確認できずに、山道を引き返していくヨーコ。それを追いかけるリョッカ。

 二人はイツキとドラゴンバクのいる場所に駆けつける。

 おびただしいほどの血を流し、倒れているイツキにドラゴンバクが食らいつこうとしているところで、ヨーコがドラゴンバクに声を上げる。

 ヨーコとリョッカはすべての魔法力をドラゴンバクに撃ち放ち、イツキに駆け寄っていく。

 ヨーコは最後の魔法力でイツキの肩の血を止めるが、リョッカの視線で逃走が困難なことを理解する。

 イツキの身体を抱きしめ、ヨーコは死を覚悟した。


「……なんで、戻ってきたんだよ?」 怒鳴りたい感情を抑えつつ、二人に問う。

「兄ちゃん。怒らないって約束」

「……このことに関しては、イツキさんは文句は言えないはずです。あなたは、私たちを逃がすために一人犠牲になろうとしていたのでしょう?」

 それを言われてしまうと、俺は何も言えなくなってしまった。


 問題はここから先の映像である。

 覚悟を決めたヨーコに、ドラゴンバクがゆっくりと歩み寄ってくる。

 と、意識をなくしているはずのイツキが、突然ヨーコの抱擁ほうようをほどき、無言でゆっくりと立ち上がったのだ。

「い、イツキさん?」 突然の事に、ヨーコはなにが起こったのか理解できていない様子だ。

 イツキは無言のまま、ドラゴンバクに近づいていく。

「に、兄ちゃん、無茶だよ? そんな身体で何しようって言うんだよ?」

 リョッカはイツキの前に立ちはだかり、イツキを制止しようとする。

 イツキは、無言でリョッカを払いのけた。――映像のイツキは、いつものイツキとは違い、雰囲気は冷たく、冷酷な感じがしていた。

「に、にいちゃん?」

「いつき、さん?」

 イツキの豹変に、ヨーコもリョッカも戸惑いを隠せないでいる。

「――Chaos Delight」 イツキは突然、『Chaos Delightカオスディライト』と宣言をした。

 その瞬間、イツキの身体は赤黒き光に包まれていく。


「なんだ、あの能力は? 俺はあんな能力なんて知らないぞ?」

 まるで、あの映像に映っているのが、俺であって俺ではないような気がしてきた。

「知らないって言ったって、あれは兄ちゃんが使った能力なんだよ?」

「あれは――本当に俺なのか?」

「おいら、あんなディライトは初めて見たよ? ――ディライト能力は知っているよ? ハイクラスのアドベントが使っているところを何度か見たことあるからね。けど、おいらの知ってるディライト能力は、あんなまがまがしい光じゃなくて、なんか青いような光に包まれるんだよ」


 映像のイツキが、ドラゴンバクに掌を向けた。

 歩み寄ってくるドラゴンバクに照準を合わせる。

 掌に光が集まっていく。――イツキの掌に集まった光は、光線となって掌から撃ち放たれた。

 光線は、ドラゴンバクの左前足を貫いて彼方へと消えていった。

 足を一本失った激痛に、ドラゴンバクは咆哮を上げながらその場で暴れ狂う。

 だがイツキは、冷酷なその瞳でドラゴンバクを見つめながら、再びドラゴンバクに掌を向ける。

 次の瞬間には、光線はドラゴンバクの頭部を撃ち貫いて消えていた。

 暴れ狂っていたドラゴンバクはその場に崩れ落ち、声を発することはなくなっていた。

 もう、ドラゴンバクは満足に動くこともできない状態だ。放っておいてもいずれ死に至るだろう。

 だが、冷酷な瞳をしたイツキは、その手をゆるめようとはしなかった。

 瀕死のドラゴンバクに向けて、掌をかざす。

「もうやめてっ」 見かねたヨーコが、イツキに抱きついてイツキの行動を制止する。

「もう、あの生物は動けません。とどめを刺す必要なんてないんです。だからもう、そんな冷たい目で見るのはやめてください」

 映像のイツキにヨーコの悲痛な声が届いたのか、イツキはまとっていた赤黒き光を解除した。

 そして、イツキは力なくその場に倒れ込んだ。――先ほど止血したはずのイツキの右肩から、大量の血液がにじみ出てきている。

「! 兄ちゃんの肩の傷が開いちゃったんだ。姉ちゃん、もう一度止血を――」

 リョッカの言葉に、ヨーコは無言で首を横に振った。

「そ、そうだった……。おいらも姉ちゃんも、もう魔法力が残っていないんだった」

 ヨーコはイツキの左腕を自分の首の後ろに通し、左肩を支えながら立ち上がる。

「リョッカくん、麓はどっちかわかる?」

「ちょ、姉ちゃんまさか、兄ちゃんを抱えて麓まで下りるつもりなの?」

「そんなんで間に合うわけがねぇだろ?」

 突然、辺りに男の声が響いた。

 声が響いた後、その男がヨーコとリョッカの前に着地した。

 どこから現れたのかはわからない。ただ、着地の衝撃を見る限り、かなりの高さから飛び降りてきたのだろう。

 その男は、今一緒にこの映像を見ているツムジだった。

「やれやれ。ようやくイツキの気配を感じ取れたと思ったら、イツキが重傷を負っているとはな。――そこのデカブツはドラゴンバクか? まさか、イツキがドラゴンバク程度に重傷を負わされるとは思えないが――」

「ちょっとアンタ、何者だよ? いきなり現れて、兄ちゃんのこと――」

「リョッカくん、質問は後にして。――私もあなたに聞きたいことがたくさんあります。ですが、今はそれどころではないのです」

「そうみたいだな。仕方ない、力を貸してやろう。――坊主、こっちに来い」

「坊主ってなんだよ? おいらにはリョッカっていう――」

「急ぎなんだろ? 早く来い」

 ツムジの言うとおりに、リョッカはツムジとヨーコのそばに寄る。――全員が、一箇所に集まった。

「お前たち、拠点は?」

「今は、ここの麓のルーツの町のギルドです」 ヨーコがツムジの問いに答える。

「そうか。じゃあ、今から俺がそこに送ってやろう。俺のそばから離れるんじゃねぇぞ? ――Delight」

 ツムジがディライトを宣言すると、ツムジの身体が蒼白き光に包まれていく。――そして、どこからともなく現れた旋風つむじかぜが、ここにいる全員を包み込んでいく。

 旋風が全員を包み込んだ後、一瞬にして風が消える。

 それと同時に、旋風の中にいた四人も姿もこの場から消えていた。

 ……映像は、ここで終わる。


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