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第01話「イツキとヨーコ」

 俺は大地に寝そべり、空を見上げていた。

 青い空を白い雲が風に乗って流れていく。

 そんな光景をどのくらい眺めていたのだろうか?

 ……俺にわからなければ、誰もわかるわけのないことだな。

 立ち上がろうと思った時、空を見上げていた俺の視界に、突然、見知らぬ彼女が映り込んできた。

 寝転がっている俺をのぞき込んでいるんだろう。

 突然現れた女性の顔に、俺は少し困惑している。

「……えーと、大丈夫、ですか?」

 彼女の口にした『大丈夫』の意味がわからなかった。

「大丈夫? ――なにが?」

「あ、すみません。てっきり、倒れて動けないものかと思って……」

 俺は上体を起こして周りを確認する。

 見るからに山の風景。……さて、ここはどこなんだろう。

 次に彼女を見てみる。彼女を見ながら、俺の口から出た言葉は――

「――で、アンタは誰だ?」 当然の疑問だった。

「あ、すみません。名乗りもせずに失礼でしたよね? 私は『ヨーコ』と申します。……実は、ここの麓の『ルーツ』って町に向かうつもりだったんですが、なんか、登ってみたくなりまして。でも、こんな場所で人が寝ているとは思いませんでした」

 この直後に俺が発することとなる言葉を、彼女は想像出来ていたのだろうか? ……いや、それは多分無理なことだろう。俺自身、なぜこのタイミングで切り出したのかがわからないのだから。

「なぁ、アンタ? アンタ、俺のことについてなにか知っていることはないか?」

「はい? えーと、それはどういう意味で言っているのですか?」

 どういう意味、か。そう答えるのが当然だな。だから俺は彼女にこう言葉を続けた。

「記憶喪失ってやつだろうな、多分。なんで俺がこんな場所で空を見上げていたのか、さらには俺が何者なのかまで全くわからないんだよ」

「き、記憶喪失って……、どうしてあなたはそんな他人事ひとごとみたいに――な、なにか手がかりになるものはないんですか? ほら、たとえば、いま着ている服とか、なにか持っていたものとか――」

 なんで彼女がそんなに動揺する必要があるんだろうか……。

「手がかりねぇ……」

 手がかりねぇ。今着ている服? 普通の服にしか見えんなぁ。あとは……ん?

「――この左手の甲の模様みたいなのはなにかの手がかりにならないか?」

 そう。俺の左手には、なにかの紋章みたいな刻印が刻み込まれていたのだ。

「それは、アドベントの刻印!? じゃあ――」

「ん? アンタ、これがなにかわかるのか?」

「あ、はい。それはアドベントギルドにメンバー登録している人に刻まれる刻印なんです。――でも、よかった。その刻印があるのなら、ギルドにいけば身元の照会ができます。ちょうど私もここの麓の『ルーツ』って町のギルドに行こうとしていたところなんです。――じゃあ、さっそく行きましょうか?」

「いや、別にいいよ。ようはそのギルドって場所に行けば、俺の事が何かわかるってことなんだろ? だったら、適当に行ってみるさ」

「ダメですっ。今から行くんです」

 ヨーコが俺の手を取り、座っている体勢でいた俺を立ち上がらせた。

「お、おい? アンタがそこまでする理由はないだろ? 別に俺一人でも――」

「なにも知らないアナタを放ってはいけませんよ。さあ、早く行きましょう」

 こうして俺は、少し強引なヨーコに連れられてこの山を下りることとなったわけだった。


 山の麓のすぐそばにその町はあった。

 ヨーコの後に続くように、俺は町の門をくぐり、町の中を進んでいく。

 そして、町のほぼ中央に位置する建物――アドベントギルドの扉を開けて俺たちは中に入っていく。

 ヨーコが案内したのは、ギルドの受付付近に置かれていた、赤い光を放つ機械の前だった。

「ここに手を入れて、刻印を読ませてみてください。そうすれば、アナタの身元が分かるはずです」

 俺は言われた通り、機械に左手を入れた。

 赤い光が刻印を認識しようとしているのがわかる。

 刻印を読みとった機械から、機械音声が聞こえてきた。

『イツキ様の認証を確認しました。用件をどうぞ』

「イツキ? それが俺の名前、なのか?」

「どうやらそうみたいですね? とにかく、これでいろいろな事が調べられますよ?」

「調べるには何をどうしたらいいんだ?」

「そちらの画面の方に、いろいろな項目が表示されているはずです。その項目の文字に触れれば、先に進めます。とりあえずは、その刻印を受けた場所を調べてみましょう。そうすれば、有力な手がかりを知ることが――」

 ヨーコが画面の文字に触れ、項目を選択しようとしたとき、機械は画面いっぱいに文字を表示すると共に、また音声を再生した。

『禁則事項です。この情報を開示することは出来ません』

「え? 禁則、事項?」 どうやら彼女にも予期せぬ事のようだ。

「? いったいどういうことだ? これで俺のことが調べられるんじゃなかったのかよ?」

「わ、私にもわかりませんよ? こんな表示は初めてなんですから。――じゃ、じゃあ、これまでに受けた依頼内容を表示して――」

『禁則事項です。この情報を――』 さっきと同じメッセージだ。

「これもダメなの!?」 彼女が驚きの声を上げる。

「ふぅ。もういいわ、とりあえず俺の名前が『イツキ』ってことだけでもわかれば、今はそれでいい」

 俺が機械から手を抜くと、画面の表示が全て消えて、手を入れていた場所は、再び赤い光を放ち始めた。

 俺の認証が解除されたということなんだろう。

 俺はそのまま、入ってきた出入り口の方へと歩きだした。

「ちょ、ちょっとイツキさん? どこに行かれるおつもりなんですか?」

 ヨーコが俺を呼び止める。

「ヨーコ、だっけ? アンタには世話をかけたな。後はまぁ、何かを思い出すまで適当にうろついてみるさ」

「うろつくって……、イツキさん、アナタ武器も何も持たずにいったいどうするおつもりなんですか?」

「武器、か。まぁ、なんとかなるだろう。あんな場所に丸腰でいたんだしな」

「ダメですっ。武器も持たずに行かれるなんて危険すぎます。……ちょっと待ってください」

 そういうと彼女は、自分の荷物の中から、小さな布袋を取り出した。恐らく、財布のようなものなんだろう。

「――うん。イツキさん、とにかく武器屋に行ってみましょう。高い武器は無理ですが、護身用の武器くらいなら、私がなんとかしますから」

「お、おい? それはアンタの旅の資金なんじゃないのか? そんな金を出会って間もない俺に使うなんて、なにを考えている?」

「イツキさんは心配しなくても大丈夫です。――さぁ、行きましょう」


 ヨーコに連れられて、俺は、町の武器屋らしき店にやってきた。

 ……なんなんだよ、この状況は、と、誰かに問いたくなる。

 ついさっき出会ったばかりの彼女と、武器をおごってもらうために武器屋に来ているのだから。

「イツキさん。なにか、得意な武器とかってありますか?」

 彼女が俺の得意武器が何かと聞いてくる。……そんなの、わかるわけないだろ?

「得意武器を聞かれても、俺はなにも覚えちゃいないんだぞ?」

「……ですよね。――じゃ、じゃあ、適当に見立てていきましょうか?」

「もう、好きにしてくれ……」 俺はため息混じりにそう答えた。

 ヨーコが持ってきたのは、一般的なロングソードだった。

「この剣はどうですか?」

 ヨーコから剣を受け取り、自分の周りに剣を振る空間を確保すると、俺はその剣を振ってみる。

 剣を振る残像で、刃が何本にも増えては消えていく。――なんだ、この感覚は? この剣、軽すぎる。

「……軽すぎるな」

 俺はこの剣を元あった場所に立てかけ直した。

 ヨーコが次の剣を用意しているものと思っていたのだが、ヨーコはその場で固まっていた。

「どうした? いろいろな武器を試すんじゃなかったのか?」

 俺の声が耳に入って、ヨーコが我に返る。

「あ、すみません。あまりの剣さばきに、見とれていました」

 すると、俺とヨーコのやりとりを見てか、武器屋の店主が声をかけてきた。

「あんちゃん。この剣を試してみなよ?」

 そういって店主が俺に手渡した剣は、人の背丈ほどの長さのある大きさの剣だった。

「この剣は?」 受け取った剣を眺めながら、店主に問う。

「バスタードソード。両手で扱う大剣でありながら、握り手部分の特殊な加工により片手でも振り回せる代物さ。もっとも、こいつを片手で扱うとなると、相当な剣の腕前が必要になってくるんだがな」

 剣の鞘を外し、振ってみる。――横一閃。しかも、動かしたのは右腕だけだった。

「これはいい感じの重さだ。とりあえずこれでいいかもな」

 ヨーコが転がっている剣の鞘を手に取り、そこに付いている値札を確認する。――そして、また財布と相談。

「お、おい? キツいようならやめておけ。別にアンタは俺にそこまでする理由はないんだぞ?」

「いえ、大丈夫です。――では、この剣をいただけますか?」

 武器の代金を支払い、鞘を俺に手渡す。

 俺は鞘に剣を収め、その鞘ごと剣を背中に固定した。

 武器屋を出た直後、ヨーコの独り言が耳に入ってきた。

「……これで宿代が厳しくなっちゃったかな? 早く依頼をもらわないとダメかな?」

 なんで俺にここまで? そう思ったが、俺はその言葉を口にしなかった。

 聞こえなかった事にするべきと判断をしたからだ。

「――じゃあ、イツキさん。私はこれで失礼しますね?」

 そういうとヨーコはギルドの方へと向かっていった。

 去りゆくヨーコの背中を見つめながら、俺は考えていた。

 このままでいいのか、と。


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