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こんな夢を観た

こんな夢を観た「砂漠の屋台」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/09/07

 振り返れば、砂の上を自分の足跡だけが点々と、どこまでも続いている。

 雲1つない空から、太陽の光線が容赦なく降り注ぎ、地面からの照り返しは、追いうちのように、わたしの体力を奪っていく。

 時々立ち止まっては四方を見渡す。赤みがかった砂以外、何も見えない。

 ここは砂漠だ。途方もなく広い、死の大地だった。

「何だって、こんなところに来ちゃったかな」わたしは独りごちた。熱とホコリで喉をやられ、振り絞るようにして出したその声も、ガラガラヘビのようにしゃがれている。


 本当に、どうして砂漠になどやって来たのだろう。はっきりと思い出せないのは、この暑さのせいに違いなかった。

 五反田駅で降りた記憶がある。そこから歩いたのだったか、それともタクシーを拾ったのか、気がついたらすでに砂漠にいた。

 足を運ぶたび、くるぶしまで砂に埋もれてしまう。スニーカーの中に砂がどんどん入り込み、次第に重くなって脱げてしまう。半袖なので、強烈な直射日光が腕を焼き、見る見る赤く腫れてしまう。

 砂漠に来るような格好ではない。つまり、当初の目的ではなかった、ということである。

「じゃあ、どこに行こうとしてたのかなぁ……」また、つぶやいてしまう。


 せめて木の1本か岩陰でもあればいいのだけれど。

 上着を頭からはおり、目もとだけ出して巻きつけてみる。いくらかはましだ。乾ききった塵からも防いでくれる。

 それにしても喉がカラカラだ。最後に水を飲んだのは、いったい、いつだったろうか。コップ1杯の水を売ってくれるというのなら、たとえ100万円払ってでもすがったことだろう。

「しかも、お腹まで空いてきた。ああ、冷し中華が食べたい。さっぱりとした酢の香りに醤油だれ、刻んだキュウリとハム、紅ショウガ、それにぱらぱらっと撒き散らした玉子焼き。キーンと冷たいあの麺が最高においしいんだ。先週も食べたばっかりなのに、なんでこんなにも懐かしいんだろうっ」


 もつれる足を引きずるようにして砂山を越えると、遠くに影が見える。

「屋台のようだけど、まさかねえ」

 ついに幻が現れたのか。だとすると、もう長くはないな。

 わたしの足は、半ば無意識にそこへ向かっていた。近づくにつれ、屋台の輪郭ははっきりとしてきた。おまけに、出汁のいい香りまでしてくる。

 幻なんかではない。本物の屋台がそこにあるのだ。

 

 げんきんなもので、たった今死にかけていたくせに、もう走り出している。

「まずは冷たい水っ! それから、夢にまで見た冷し中華っ」

 ほっかむりを頭からはぎ取ってのれんをくぐると、カウンター席にどかっと腰を下ろす。

「へい、らっしゃい!」ハチマキにはっぴ姿の店長が、威勢のいい声を響かせた。

 とん、と置かれた湯飲みをひっつかんで、がぶっと喉に流し込む。

「あぢっ、あぢぢっ!」熱いお茶だった。

「ほれほれ、お客さん。そんなに慌てちゃあいけませんぜ。茶ってぇものは、もっとこう、味わって飲むものですぜぇ」店長が笑う。

 

 わたしは気を取り直して、

「冷し中華をお願いします」と言った。

「あー、ごめんねぇ。うち、冷し中華はやってないんだ」

「え、そうなんですか。じゃ、何があるんですか?」わたしは聞いた。

 店長は壁にかかったポップ看板を親指で促す。「今の時期はこいつだけだね」

 

 〔鍋焼きうどん始めました〕


 この暑いのに冗談じゃない。

「あの、冷たいものはないんですか」とわたし。

「お客さん、暑いときには熱いものを食べるのがいいんですぜ。知らないんですかい?」呆れたような顔をする。

「そうなんですか? じゃあ、鍋焼きうどんでいいです……」仕方なく注文をした。

 間もなく運ばれて来るであろう、熱々の鍋焼きうどんを思い浮かべ、食べる前からどっと汗が噴き出す。

「うちの鍋焼きうどんは、砂漠一うまいんですぜ。どうか、残さず食べて下さいよ」

 のれんの隙間から見える灼熱の世界が、わたしの目には涼しげに映る。

 ああ、さっさと食べ終えて、あの砂だらけのオアシスに飛び込みたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冷やし中華おいしいですよねえ!ノンフライの麺で卵焼きはふんわり、が好みです。 砂漠で干からびそうな時に鍋焼きうどんなんて拷問ですね…ああ、でも栄養をつけて暑さにも強くなれるでしょうか。冷たい…
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