友梨とのお出かけ
栄子いつも目立たない存在だった。
栄子は何かと忘れられがちである。
特に意地悪されているというわけではないが、ランチでは栄子がまだ食べているのに、みんなは片付け始める。
特に嫌われてはいないが、三人で歩いていると、いつも栄子があぶれる。二人の会話を楽しそうな顔をして聞いていられるのも20分まで。そこから先は、自分の愛想笑いの声が自分の耳にしか届いていないことに気付き、まるで自分の周りの空間だけが切り取られたコスモなのではないかという壮大な空想と、激しい虚無感に襲われる。顔の筋肉がひきつる。誰かといる方が寂しいというのは不思議な感覚である。
貧乏神的なものが憑いているのではないかと、栄子自身、真剣に思い悩み、部屋に盛り塩などを置いてみたりしたが、効果はなく、そもそも自分自身が貧乏神なのではないかと余計落ち込んだ。
しかし、一端落ち込んだあと、ちんもりとした盛り塩をみていると、なんだかえらく可愛らしく思い始めた。こんなことをしている自分さえ可愛く思えた。そして、また明日も頑張ろうと思った。
明日になると、また栄子は何かと知らずのうちに仲間はずれにされる。何かと惨めな思いをする。
しかし、栄子はめげずに何度も「明日はいいことがある」と思った。それが栄子という女である。
その日は、久しぶりの友人とのお出かけだった。友人と遊びに行くなんて本当に数年ぶりである。特に友人が少ないというわけではないのだが、遊びに誘われることが少ないうえに、自分から誘うこともしないのだ。それが栄子という女だ。
明日、何を着ていこうかと数十分悩み、結局いつもと同じようなものをピックアップしたのに、それでもなんとなく気分が浮いていた。
難波駅。
人が多すぎて、なかなか集合の改札口にたどり着けなかったが、10分前には着くことができた。行き交う人の邪魔にならないベストポジションを探していると、まさに栄子の体がすっぽりと収まる空間を見つけた。心地よい。
ふと見上げると、少し向こうに、煌びやかな洋服のショーウィンドウの輝きが目に映った。
まだ時間があるので行って見ていると、真っ赤なタイトスカートが目にとまった。
―――――――ほしい。
しかし、自分が買えるような値段ではない。生地もよくて、履き心地も良さそうだ。こんなスカート、友梨が履いたら似合うだろうな、そう思って、しばらく見つめていた。
しばらくして、友梨が到着した。10時5分。
友梨は華奢な体によく合う白いブラウスを着て、羽織った紺のカーディガンからは、白い手がほっそりと見えていた。
「栄子~ごめん~!遅れました」
友梨は栄子を見上げて言った。目が潤んでいて、子猫みたいにかわいい。
「いいよいいよ、えー、そんなことより本当久しぶりだよね!」
栄子は遅刻という事実を友梨が気にしないように、話題をそらした。わざと驚いた顔を作る。
「うんー」
友梨はまた見上げるような格好で、それだけ言った。
久しぶりに会う友梨は本当に美人だった。もともとそうだったけれど、年月を重ねてより一層美しくなっていた。醜い部分がひとつもない。
今日、友梨に誘われたのは、ヨガ教室に付いてきてほしいから、という理由だった。友梨は昔から、一人で何かをしようとしたがらない。暇そうにしていてかつ断れない性格の栄子は、いつも追従の標的になったが、友梨に彼氏ができてからは、お役御免となり、誘われることはめっきりと減ったわけだ。
そのヨガ教室というのが、女性限定だそうだ。だから栄子を呼んだということである。
「行こっか」
と唐突に言われて、栄子は面食らった。何か、近況でも話すものかと思った。なにせ数年間会っていないのだから。元気、くらいは言い合うものかと思った。
しかし、友梨はかわいらしい瞳でこちらを見つめている。かわいらしいけれど、なぜか「うん」以外、言えない気分になった。
何気ない話をしながら、例のヨガ教室に着いた。彼氏とは上手くいっているらしい。何気ない話であったのに、なぜか栄子は自分のHPがグンと減ったような感覚がした。
「こんにちはー」
と明るいスタッフに声をかけて、中に入る。意外と狭く、しかしアットホームな雰囲気だった。また一人できてもいいな、とこっそり思った。着替えて、髪をしばって、ヨガをする部屋に入る。
部屋の中は、しんとしていた。他の生徒たちが大勢いる。今まで友梨と談笑していたが、お喋りをしてよいムードではなかった。
ヨガが始まると、より真剣な雰囲気になった。友梨はヨガの姿勢が得意ではないらしく、フラフラしている。ほかの受講生達も、先生によく姿勢を正されていた。栄子は特になにを指導されるということもなく、黙々とポーズを取った。
ヨガが終わると、こんなにさっぱりとした気分なのか。ビッショリと汗をかいたTシャツのまま、先生に呼ばれる。今日初めて講習を受けた人に対しての料金の説明だった。今まで神秘的に見えた先生から、一瞬俗世の匂いがした。
「いつも運動とかしてらっしゃいますか?」
などといって褒められる人もいた。
結局、栄子は姿勢を正されることもなく、褒められることもなく、終わった。先生は私の存在に気付いたのかしら、と思った。
友梨はいつもの社交性を発揮して、すぐに先生とも仲良くなった。印象にも残ったことだろう。
さて、お腹がすいたからランチにしよう、ということになった時、急に友梨が子猫が喉の奥を鳴らすような声を出した。
どうしたの、と聞くと
「実はこれから用事があって」
という。
そう、わかった、と言ってさよならをしたあと、改札に向かって歩き出したとき、友梨がこちらを見ているような気がした。しかし、振り返らなかった。
私は本当に、ただの家来なんだな、と栄子は思った。ただ使いたいように使われて、便利な存在なのだろう。私にだって意志というやつはあるということを友梨は知っているのだろうか。
そうやって、腹を立てていると、友梨のほっそりとした白い手足や、さらりとした髪、猫のようなキラキラした目が頭に浮かんだ。
彼女は特別な存在である。本当に美しいもの。私がいくら何を思ったって、勝てない。彼女が正義なんだ。もう、彼女と関わりあうのはやめよう。もっと自分を大切にしよう。
そう思ったとき、肩を叩かれた。
友梨がいた。
ついさっきまでの気持ちはどこへやら、顔は勝手に笑顔を作っていた。