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ゆらり  作者: 大正ふにに
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4.夢喰いバク

 兎の白い背中だけを道しるべに、暗い海の上を歩いた。

兎は喋らない。

チコも喋らない。

二人の足音さえも聞こえない海の上を、ただ歩いた。

 やがて兎が跳ねていく先、真っ暗な海の上に一つ、光の点が生まれた。

月の光が反射しているのではない。

それは薄緑色をした光だった。

兎は、真っ直ぐにその光へと跳ねていく。

点はやがて線になり、さらに近付くと、その付近一帯の海自体がまるで色絵の具を溶かし込んだようにグリーンなのだと分かった。

鮮やかな緑色の海は、ぼんやりと淡い薄緑の光を放っている。

 その中に、たくさんの生き物が動いていた。

ゆっくりと水の上を歩くその動物の肌はピンク色。

動きは重そうで、しっかりと太く短い4本の足でのそりのそりと歩く。

ずんぐりむっくりとした身体に、申し訳程度の尻尾がくっついて揺れている。

耳は小さく立っていて、顔は象のように鼻が長かった。

 足もとの色が変わる、その手前まで近付くと、兎はやっと跳ねるのを止めた。

チコも隣で足を止めると、見た事のないその動物が目の前を通り過ぎるのを不思議そうに眺めた。

近付いても、逃げようとする様子も、怖がる様子もない。

薄緑の光のヴェールの中をゆっくりと歩く動物は、つぶらな黒い小さい目で緑の水面を見つめる。

 やがて水中を泡が上がってくるように、水面がゆら、と揺らいだ。

こぽり、と。

水面を押し上げて上がってきたのは七色のシャボン玉。

待ち構えていたように、ピンク色の動物は小さな口を大きく開けた。

水から上がってきたシャボン玉は、ふわりと浮かぶと動物の口の中に吸い込まれていく。

「バクだよ」

 食い入るように、その不思議な光景を眺めていたチコは足元から聞こえた声に視線を落とす。

白い兎が、赤い目を細めてチコを見上げていた。

「あれはね、夢喰いのバク」

 チコは数度目を瞬くと、再び視線を緑の光が包み込む海へと向ける。

バク、と言われた動物はやはり緩慢な動作で水面を移動している。

あちらこちらで、たくさんのバクが生まれてくる虹色のシャボン玉を食べていた。

「じゃあ、あれは夢を食べているの」

 不思議そうにチコが尋ねると、兎は鼻をひくひくと動かして得意そうに言った。

「そうさ。バクはね、生まれてくる夢を食べて、そうして育てているんだ」

「育てているの?」

「もちろん。バクが育てなきゃ、誰が育てるんだい?」

 逆に不思議そうに問い返されて、チコは首を傾げた。

「バクは悪い『夢』を食べているんじゃないの?」

「夢に悪いも良いもないよ。夢は、君達が生きていくのに大切なモノだろう?」

 白い兎の耳が片方ピンと立った。

「生まれたての夢はね、とても壊れやすいんだ。だからバクが預かる。そうして君達がその夢を叶えようと頑張れば、バクも上手に夢を育てて…やがて君達に夢を返す」

 ほら、と白い兎が尻尾を揺らしてバクの群れを見た。

つられて見遣ったチコの視線の先で、一匹の大きなバクが白い月を見上げていた。

途端、空気を震わせるような、低い鳴き声が辺りに響いた。

波紋のように円形に、音は広がってやがて空気に消えていく。

音と同時に、バクから発せられた煌く光の粒が広がって、柔らかく辺りへと降り注いだ。

きらきらと光って落ちてくる光の粉は、チコの足元にまで降ってきて、暗い海に吸いこまれると小さく光って沈んでいった。

「夢は持ち主のもとに戻った。こんなに光輝いている夢なんだ。きっと持ち主はこの夢を叶えるんだろうね」

 嬉しそうに、兎のピンク色の鼻がひくついた。

「バクが食べているのは、夜に見る『夢』じゃないのね?」

 兎の言葉を聞きながらチコが言うと、兎は何度か頷いた。

「そうさ。夜に見る『夢』じゃない。君達が生きていくために見る夢さ」

 兎は言葉を止めるとじっとチコを見上げた。

兎が言いたい事が分かる気がして、チコは首を振ってみせる。

「夢なんて、ないの」

 白い兎は赤い目を揺らして、がっかりしたように耳を伏せた。

ひょっこりと後ろ足だけで立ち上がると再び耳を立てる。

「あれを見てごらん」

 兎が示した先には、一匹のバクがいた。

緑の光の端っこの方で座りこんで、ぴくりとも動かない。

「…どうしたの、あの子」

「お腹が空いて動けなくなってしまったんだよ」

「食べる夢がないの?」

「新しく生まれてくる夢が少なくなってしまったからね」

 そう言って、ちらりと兎の視線がチコを見上げた。

「ねぇ、チコ。君には本当に、夢はないの?」

 チコはただ首を振った。

「子供の頃にもなかったのかい?大人になった自分を想像してみたことは?」

 答えられないチコをしばらく見つめてから、兎は疲れたように4つんばいに戻った。

「チコ、君は探してみたのかい?君の周りにはたくさんの夢の素が散らばっていたはずだ。だけど、君が手を伸ばさなきゃ、夢の素は夢にはなれない。待っているだけじゃ、駄目なんだよ」

 これにもチコは答えられなかった。

ただ、首を振って視線を落とす。

兎の白い足元で、暗い海がたぷん、と跳ねた。

すぐ先にある薄緑の光の帯が急に眩しく思えて、目を閉じた。

遠くでバクの鳴き声が、やさしく空気を震わせていった。

 

 


読んで下さる方、メッセージを下さった方、ありがとうございます。とても励みになります。もう少し、このお話にお付き合いくださいね。

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