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マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

ハートの女王のタルトは盗まれていない〜幼なじみの冤罪を覆したら女王の命令が“無効化”されたので、国を出てタルト屋を始めます〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/03/26

 ハートの女王は、怒っていた。


 「タルトが盗まれたわ」


 それだけで、裁判が始まる国だった。



 私は記録係。

 裁判長の娘であり、父の隣で言葉を書き残す役目を担っている。


 ただし、真実ではない。

 “決められた結論”を整える仕事だ。



 この国の裁判は、単純だ。


 「有罪」

 女王がそう言って、それだけで終わる。


 ──ずっと、見て見ぬ振りをしてきた。



 ある日、事件が起きた。


 「ハートの女王のタルトが盗まれた」


 犯人はすぐに決まった。


 城で下働きをしている青年、ジャック。


 ジャックは、私の幼なじみだった。

 お互いに働くようになってからは、あまり話すことが無くなったけれど、家族のような大切な存在であることには代わりがなかった。



 「……嘘でしょ」


 きっと、証拠はないけれど、関係ない。

 この国では、“女王が言った“

 それだけで、彼が犯人になるには十分だった。


 兵士に拘束されて、彼が連れてこられる。

 殴られたのか、顔は腫れ上がり、鼻血も垂れていた。


 彼は何度も「盗んでない」と言っていた。


 でも、誰も聞かない。



 ずっと、その理不尽さに目をつぶってきた。

 その罰が、自分ではなく彼に下るなんて思ってもいなかった。


 自分の身勝手さに嫌気がさす。

 彼が犯人にされてから、後悔するなんて。

 いつからこんなにも最低な人間になってしまっていたんだろうか。

 

 気持ちが悪くて、目眩がする。

 もう、うんざり──

 「……なんで私は、生きてるんだろう」


 その瞬間、視界がぐにゃりと歪む。

 立っていられず、膝が折れた。


 ──ああ、知っている。


 ここじゃない、どこかの記憶。

 前世の記憶が、流れ込む。


 証拠もなく罪を作ること。

 弱い者が選ばれること。

 そして、それを見過ごす人間がいること。



 私は前世を思い出したけれど、

 すぐに声を上げることはしなかった。


 この国では、正論だけでは勝てない。

 必要なのは、証拠と──力だ。



 まず、厨房に忍び込み、記録を確認する。

 材料の搬入帳や、調理記録。

 廃棄記録まで調べた。


 その結果、どこにもタルトは存在しなかった。


 私はそれを書き写し、証拠として揃える。

 そして、父の部屋へ向かった。


 「お父様」


 父は顔を上げる。

 疲れた目をしていた。


 「……この件には関わるな」


 先に言われた。


 けれど、私は一歩、踏み出す。

 「ジャックは無実です」


 「証拠は?」


 私は紙を差し出す。

 「タルトは作られていません」


 父の視線が止まる。


 「……確認したのか」


 「はい」


 長い沈黙。


 「……それでも、この国では通らない」


 分かっていた。だから、言う。

 「通る場所を、作ってください」


 父が顔を上げる。


 「帝国の監察を入れてください」


 空気が変わる。


 この国は独立している。

 だが、その上には帝国がある。

 監察が入れば、女王でも無視できない。


 「……それは、国に傷をつける」


 「もう、傷はついています」

 私はきっぱり言い切った。


 押し黙る父。


 やがて、目を閉じて一言。

 「……分かった」

 そう言った。

 それは、この国で初めて聞いた“正しい決断”だった。



 そして、裁判の日。


 いつも通りに、

 「有罪」

 女王がそう言って、それだけで終わる。

 きっと、誰もがそう思っていた。


 でも、私は、手を挙げる。

 「発言を求めます」


 父が言う。

 「許可する」


 私は立ち上がる。

 「本件には、物証が存在しません」


 空気が変わる。


 「厨房の記録を確認しました。

  当日、タルトは製造されていません」


 女王が睨む。

 「……何を言っているの」


 「存在しないものは、盗めません」

 私は女王を真っ向から見据えた。


 「それでも盗んだに決まっている!」

 女王の声が響く。


 だが──


 別の声が、それを遮った。


 「決まっている、では証明になりません」


 場の空気が凍る。


 皆が扉口を振り返ると、黒衣の男が立っていた。

 ハートの国の紋章とは異なる、別系統の徽章。


 ──帝国監察官。


 「本件、記録および証拠を確認しました」


 淡々と告げる。


 「タルトの製造記録は存在しない。

 従って、盗難の事実も立証されていない」


 女王の表情が歪む。

 「黙りなさい。これは私の裁判よ」


 監察官は一切動じない。

 「いいえ。裁判は“事実”に基づくべきものです」

 そして、静かに続ける。

 「事実なき有罪判決は、無効とします」


 その一言で、

 女王の言葉が、“命令”から“無効な発言”に落ちた。


 ざわめきが広がる。


 「無効……?」


 「女王の命令が……?」


 絶対だったものが、崩れる瞬間を初めて見た。


 監察官が告げる。


 「被告、無罪」


 そして、ほんの一拍置いて。


 「なお、本件は虚偽告発の疑いがあるため、

  追加調査対象とする」


 視線が、一斉に女王へ向く。


 今度は、彼女が“見られる側”になった。


 女王は言葉を失う。


 誰も、従わない。

 命令が、もう効かない。

 今度は彼女が裁かれる側だった。



 ジャックは解放された。


 私は、席を立つ。


 もう、私がここでやるべきことは終わった。


 今まで“見て見ぬ振りだけ“をしていた父と私は、正式に裁かれることはないと監察官から言われている。

 けれど、父と私はそれぞれの方法で罪を償って行くことに決めていた。


 外に出ると、ジャックが追ってきた。


 「……なんで、あんなことした」


 私は答える。

 「遅かっただけ。今まで、何もしなかったから」


 彼は黙る。


 「……行く場所、あるのか」


 「ない。どこか遠くで、罪を償うつもり。」


 「じゃあ、一緒に来い。俺も国を出る。」


 思わず、笑った。

 腫れた顔で、かっこいいことを無愛想に言う彼が面白くて。その言葉が嬉しくて。


 「命令?」


 「誘いだよ」


 私は二つ返事で頷く。

 「いいよ」


 二人で、並んで歩き出した。



 数か月後。



 小さな店に、甘い香りが広がる。


 「タルト、焼けたぞ」


 私はそれを受け取って、笑う。


 「今度は、ちゃんと“存在してる”ね」



 ハートの女王は、タルトを作った。


 ハートのジャックは、盗んだとされた。


 でも、最初から何もなかった。



 だから私は、今度は自分で作る。


 ちゃんと存在して、


 誰も不幸にしないものを。

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