第40話 親子
「勇凛くん……」
「七海さんお疲れ様です」
勇凛くんの表情は思ったより穏やかだった。
「すまんね呼び出して」
社長は私たちの方へ来た。
「二人はどういう馴れ初めかな?」
いきなり!?
これはなんで答えれば……
「俺が一目惚れして、プロポーズしました」
勇凛くんが直球で言った。
「そうか。七海さんは勇凛のことをどう思う?」
「え……と、真面目で誠実な方だと思っています。私のことをいつも気にかけて下さって、心優しい人です」
「そうか……。安心した」
社長は窓際に言って、都会の夜景を見ている。
「勇凛もうちの会社に入ると聞いたから大事なことを話す」
「はい」
「私はね、経営のセンスがある方でないんだよ。だから、昔勇輝にかなり迷惑をかけてしまった」
「勇輝は責任感が強い子だから、私が失敗して経営が傾いた時、あの子が一生懸命この会社を立て直してくれたんだよ」
それが勇哉さんが言っていた、『尻拭い』なのかな……。
「大事にしていた恋人がいたのに別れて、休む間もなく仕事をして、そして大手取引先の令嬢さんと結婚したんだよ」
勇凛くんの瞳は揺れていた。
「そんなことがあったんですね……何も知りませんでした」
「勇哉もそんな勇輝を見てるからか、ちゃんとした恋人も作らず、勇輝のように会社に都合がいい人と結婚しようとしているね……」
勇凛さんのお父さんの顔には後悔が滲んでいた。
「私は社長をしているが、もう身を引こうと思う」
「え……?」
勇凛くんが目を見開いた。
「この会社の社長に相応しいのは勇輝だ。……ただそれは勇輝を縛りたい訳ではない。私なりの勇輝への謝罪だ」
社長はそのあと、勇凛くんの肩を叩いた。
「あまり今まで一緒にいられなかったな。でも立派に育って、結婚して安心した」
その表情は、親として子に向けられた、愛情のように感じた。
そして私と勇凛くんは部屋を出た。
エレベーターに乗って、二人で帰ろうと思った時──
「七海さん、すみません、もう一度父と話したいです。今日は送れないです」
勇凛くん……。
「いいよ。沢山話してきて」
「ありがとうございます!」
勇凛くんは途中の階で降りて、また社長室に向かった。
私はそのまま帰ろうと思い、ビルから出ようとしたら──
「おい」
この声は……。
勇輝さんがエントランスに立っていた。
「お疲れ様です」
ちょうど帰ろうとしていた様子だった。
「父と会ったのか?」
「……はい」
「そうか」
き、気まずい……。
「今から時間をもらっていいか?」
「え?」
「そんなに時間は取らせない、ついて来い」
──な、なに??
◇
勇輝さんに連れて行かれたのは、高級ホテルの中にあるバーだった。
薄暗くて、お酒やグラスや間接照明に反射してキラキラしていた。
勇輝さんの隣に座る。
勇輝さんはウィスキーを飲んでいる。
私はノンアルコールのカクテル。
今日は覇気がいつもより少ない……気がする。
「体調は回復されましたか?」
「……ああ」
勇輝さんはグラスの中で揺れる氷を眺めている。
「社長は俺の事を何か言っていたか?」
言ってしまっていいのだろうか……。
私が悩んでいると
「君が何を言っても何の支障もないから安心しろ」
ならば。
「社長は、自分が経営のセンスがなくて勇輝さんに迷惑をかけたと、後悔していました」
勇輝さんが飲み干した。
「そうか」
「あと……社長を退任する意向があるようです……」
勇輝さんは何も言わなかった。
「大変な時に、とても頑張られてたんですね」
勇輝さんが鼻で笑う。
「私も社畜だよ」
う……
キレて勇輝さんに言ってしまった言葉を思い出した。
「あの会社の利益のことしか考えこなかった。ずっと」
店内のBGMだけが私たちの間に響いている。
その後は何も言葉も交わさず、ただ私はそこにいるだけだった。
勇輝さんは何かを考えながら、ゆっくりと呑んでいた。
◇
バーから出た私が帰ろうとすると
「タクシーで帰りなさい」
一万円が差し出された。
「勇輝さんはどうされるんですか?」
「私はここに泊まる」
「……女の人が来るんですか?」
つい余計な事を聞いてしまった。
「あれは取引先で関わった人間が寄ってきて、都合がいいからああしているだけだ」
「そ、そうなんですね……」
「もうそこまでする気もなくなった。今日は一人でゆっくりしたい。それだけだ」
勇輝さんは私にタクシー代を渡したら客室に行ってしまった。
複雑な思いを抱えながら、私は自宅に向かった。
『お父さんと話せた?』
勇凛くんにメッセージを送る。
しばらくすると返信が返ってきた。
『はい。今日は送れなくてすみませんでした』
勇凛くんはお父さんと何を話したんだろう。
私には計り知れない林家の親子事情。
でも他人事ではない。
電車の中でこれからのことをぼんやりと考えていた。




