第37話 世界で一番
「森川くんも七海ちゃん好きなくせに何強がってるんだよ」
それを今言わないで!
──沈黙
「俺は、別に彼女とどうにかなりたいわけじゃないので」
肉を食べながら冷静に答える森川さん。
「兄さんもうやめてください……」
弱々しい声の勇凛く……ん?
と思って顔をよーく見たら酔っている。
そんなに飲んでないはずなのに。
まさか私と同じく酒に弱い……?
「七海は俺の妻です!いい加減にしてください!」
大きな声を張り上げる勇凛くん。
店員が来た。
「お客様、もう少しお静かにお願いできますか?」
──沈黙
「七海の可愛いところ知ってるのも俺だけだよ」
それ言わないで……。
私は俯いて顔を押さえていた。
「へー俺も見たーい。今度お願いしよ〜」
勇凛くんを弄ぶかのような笑みを浮かべる勇哉さん。
「は?」
勇凛くんの目が血走る。
酔っ払い兄弟が一触即発。
「もう出ようか」
冷静で落ち着いた声の森川さん。
そして、私たちは店から出た。
酔っ払い勇哉さんを森川さんが請け負い、酔っ払い勇凛くんを私が支える。
「じゃあ、お疲れ」
「はい、色々すみません……」
森川さんはタクシーに勇哉さんを押し込めて一緒に去った。
嵐のようだった。
◇
「勇凛くん、歩ける?」
「七海さん……すみません」
夫婦で禁酒だ……。
勇凛くんを連れてまた勇凛くんの家に向かう。
空に月が見えた。
勇凛くんと初めて出会った時に見た時みたいな満月。
「私たち、頑張ってるよね」
「七海さんは、本当にすごく頑張ってて尊敬します。森川さんも、どんな人かよく分かってませんでしたけど、社会人の先輩として、こうなりたいって純粋に思えましたよ」
「うん。私もあの人には色々助けられてる」
「……そうですね。それは正直本当に悔しいです。でも俺もすぐ追いつきます」
「無理に追いつかなくていい」
「え?」
「あの人はあの人、勇凛くんは勇凛くん。私は勇凛くんらしくあってほしい。私はただ側にいてくれてるだけで十分なんだ」
「……はい」
正しい夫婦の在り方なんて私は知らない。
ただ、私と勇凛くんが笑顔で一緒にいられればどんな形でもいいんだ。
いきなり夫婦になってしまった私たち。
そこからもう普通ではなかった訳で、それでも私たちは夫婦であろうとしてる。
それだけですごいことなんだ。
勇凛くんの家に着いたあと、私は家には上がらずに自宅に帰った。
もちろん勇凛くんには止められたけど、今日は一人で歩きたかった。
前の私に少し戻って、今を見つめるために。
◇
一人で電車に揺られ、帰る道のり。
前までこれが当たり前の日常だった。
仕事をして残業して、理不尽に耐えて、波風立てず目の前にあることをこなす。
そして空っぽな心と気怠い体を引きずって歩く。
一人で暮らす、一人で過ごす。
気楽だけど少し寂しくて、世の中に置いて行かれているようで。
電車の窓の外の住宅街の夜景を眺めていると、スマホにメッセージがきた。
『七海さん、今日は迷惑かけてすみませんでした。気をつけて帰ってください』
──勇凛くん
君に出会わなければ、今ごろ私はどうしていただろう。
結局不満を溜め込みながらあの会社を続けていたかな。
転職して、その先で別の人生があったかな。
君に出会って何もかも変わったよ。
忘れていた大切な気持ちをたくさんくれた。
人を愛することを知ることができた。
守りたいと本気で思える。
突きつけられた現実に挫けそうになったけど、出会ったことに後悔なんて一度もしたことがない。
むしろ出会えてよかったよ。
入院したあの日
『七海さんとなら、うまくやっていけると思うんです。これからずっと』
って言ってくれた。
あの時は全く想像もできなかった。
でも、今ならはっきりと言える。
勇凛くんとなら何があっても私はずっと一緒に歩んでいける。
どんなに大変でも頑張れる。
君は私と恋がしたいと言った。
私も君に恋をした。
その気持ちは絆になって、愛になって、私は君とこれからもずっと一緒にいることを誓える。
年下でも頼りなくても、誰がなんと言おうと、私は君のことが世界で一番大切だよ。
私はそのあと、実家の母にメッセージを送った。
『約束通り、土曜日に連れて行くね』
そして電車から駅のホームに降りた。
◇
家に着いて勇凛くんにメッセージを送る。
『家に着いたよ〜』
するとすぐに
『お帰りなさい』
と返ってきた。
そして、念のために森川さんにメッセージ。
『どうですか……?』
やや情緒不安定な勇哉さんを丸投げしていたから気になっていた。
すると着信が。
「お疲れ様です!大丈夫ですか?」
『うん。なんかあの人、マリッジブルー?みたいな感じだな』
「え……なんか全くその言葉と勇哉さんが結びつかないんですけど」
意外すぎる。
『川崎さんと勇凛くんの事見て、羨ましいって言ってたし、たぶん色々あの人なりに悩んでるんだと思う』
「そうなんですね……」
『まあ、そんな感じだから、川崎さんはいつも通りで』
「あ、はい。教えて頂きありがとうございます」
『……勇凛くん。真っ直ぐで真面目な子だな』
「はい。勇凛くんはそういう人なんです」
『二人には幸せになってほしいよ』
「え……?」
『じゃあおやすみ』
電話は切られてしまった。
──森川さん
私もあなたに幸せになってほしい。
勇哉さんには迷惑しかかけられてないけど、あの人にだって幸せにはなってほしい。
私の今後のためにも……。
そして私は、勇凛くんから前もらった、勇凛くんの高校時代の弓道着姿の画像を見ながらその日を終えた。
これも私の宝物。




