第36話 慰める会?
──翌日
勇凛くんは本社研修の日。
一緒に朝の準備をし、家を出て通勤電車に揺られ、林ホールディングスへ。
スーツを着ている勇凛くんはいつもより大人っぽく見える。
一年目の社員よりももっと。
やはり、あの会社の経営者一族だからなのか、勇凛くんの覚悟が滲み出ているかわからない。
私も一緒にいると気が引き締まる。
本社のビルに到着すると──
ビルの受付付近で勇哉さんと森川さんが話している。
あの会社の時と違って相当外見に気合が入っている森川さん。
まるで前からここで働いているかのように馴染んでいる。
その時二人と目が合った。
「あ〜おはよ〜〜」
勇哉さんデフォルトの笑顔。
森川さんは、よそゆきな笑顔の中に、変わらぬ芯を持っている。
「おはよう」
私も背筋が伸びる。
「おはようございます」
「あ〜勇凛、森川くんとおまえ、研修一緒だから」
──沈黙
勇凛くんと森川さんが一緒……
って、これはどう捉えたらいいんだろうか。
「森川さんは今日から入社されたのでしょうか」
勇凛くんが聞く。
「うん、そうだよ。よろしく」
森川さんが優しく微笑んだ。
その表情を見て少しホッとした。
「じゃあ俺たち行くから七海ちゃんがんばってね〜〜」
勇哉さんに、勇凛くんと森川さんが連れて行かれる。
勇凛くんが心配そうに私を見る。
私はちょっと敬礼ポーズをして、勇凛くんを安心させた……つもり。
行かないでー!
と言いたいところをグッと我慢して私は秘書課へ向かう。
秘書課に入ると、待ち伏せていたかのように勇輝さんがいた。
マスクをしていて、体調は相変わらずな感じだ。
「おはようございます」
挨拶をすると、机に資料が置かれた。
「今日は取引先で会議だから同行するように」
そう言って通り過ぎた。
「あの……大丈夫なんですか?」
勇輝さんが立ち止まった。
「何が?」
私を少し見た。
「体調について、です。私も無理をして倒れたことがあるので……」
「……そうか。私はただの風邪だ。問題ない」
そして彼は秘書課を去った。
残された私は、パソコンを立ち上げ、メールを確認し、仕事に取りかかった。
自分を苦しめている相手を心配してるなんて、私はお人好しなのかもしれない。
前の会社の時もそうだ。
私が今心配すべきなのは勇凛くんのことだけだ。
それでも気になるのはきっと、彼が無理をしているのがわかってしまったからかもしれない。
◇
鳴り響く電話をそれぞれさばきつつ、その他の仕事もしていると、またフラーっと現れる。
「……勇凛くんと森川さんほっといて大丈夫なんですか……?」
「大丈夫!森川くんコミュ力高いし、面倒見もいいから、あとは自分でどうにかするよ」
──適当すぎる……
絶対こんな上司嫌だ。
「森川さんはどこの部署なんですか?」
「森川くん営業にしちゃった」
森川さん前職SEなんですけど……。
いや、若干営業寄りのこともやってたのか?
別のグループだからよく分かってなかった。
「まあ様子見てまた考えるよ〜。それよりさ〜」
勇哉さんが隣に座ってきた。
「森川くんも七海ちゃんのこと好きだよね。わかりやすすぎー」
「え……なんでそう思うんですか……?」
勇哉さんがニヤニヤしている。
「俺が福岡行くって言ったら、来たでしょ」
こっちもバレていたのか!
「わざと釣ったんだよね〜。わざわざ福岡来ちゃうとかマジじゃん。七海ちゃんモテすぎ」
「そんな事ないですよ……」
この人が何考えてるかわからない上に距離も近くて一番厄介だ。
「森川くんなんて、未来なんてないのに健気だよ。応援したくなるよね」
私に罪悪感も与えてくる。
「私で遊ぶのはやめてください!」
「遊びじゃないよ、本気で色々考えてるよ。人生を」
何言ってるんだコイツ……と思ったけど、顔は真剣だった。
「七海ちゃんたち見てると、俺も頑張ろうって思えるよ」
勇哉さんは立ち上がって部屋から出て行った……
と思ったら戻ってきた。
「今日、四人で飲みに行かない?仕事終わったら」
は?
「四人って……?」
「俺と七海ちゃんと森川くんと勇凛だよ」
なんですかその罰ゲームは……
「私何時に終わるかわかりませんよ」
「大丈夫だよ兄貴今日夜用事あるし」
「え、そうなんですか?」
「奥さんの誕生日なんだよ今日」
奥さん──
複雑な心境だ。
前百貨店で一緒にいた女性は恐らく奥さんじゃない。
「あの人……勇輝さんの奥さんってどんな方なんですか?」
「え、気になるの?」
「ええ、まぁ、彼はどんな女性を選ぶのかが気になっただけです」
「兄貴は自分と会社に利益がある女を選んだだけだよ。たぶん」
「そうなんですね……」
「俺もそうだよ。でも、別に好きな女がいるわけでもなかったし、そこまで気にはしてなかったよ。今までは」
その時、内線が鳴った。
私が電話応対をしているうちに、勇哉さんはいなくなっていた。
心にざらりとする感覚だけが残った。
◇
──午後6時30分
私はオフィスビルの近くに立っていた。
勇哉さんの急遽企画した集まりのため。
正直行きたくない。
でも、勇凛くんを残して帰りたくない。
しばらく待つと、三人が出てきた。
「七海ちゃんお待たせ〜」
手を振る勇哉さん。
表情だけ取り繕ってる森川さん。
複雑な表情の勇凛くん。
行く前から気疲れ。
「じゃあ行こうかー!」
と連れて行かれたのは高級焼肉店。
個室に案内された。
「俺の奢りだから好きなだけ食べて〜」
気まずい空気をどうにかしたくて
「じゃあ私注文します!!」
と色んな肉を注文。
お酒を注文する森川さん。
この状況でどう振る舞えばいいかわからないと思われる勇凛くん。
「勇凛くん、今日どうだった?」
私が聞いて勇凛くんが口を開こうとすると
「勇凛はねー。説明したこと真面目にずっと書いてるよー」
と代弁する勇哉さん。
お前に聞いてない!
「勇凛くんはしっかりしてるよ。わからないことはすぐ質問するし、一社員として積極的に業務を知ろうとしてるね」
ナイスフォローな森川さん。
なんとなく想像できる勇凛くんの研修姿。
間近で拝みたい。
「今はそれだけしかできないので……。森川さんが、とても今日来たとは思えないほど色んな方と打ち解けてて、仕事もすぐに理解して、すごいと思いました」
「みんなすごいよね〜」
と勇哉さんが呟くと肉や酒が運ばれる。
私はソフトドリンク、その他はビールで乾杯。
肉を焼く森川さんと、焼けた肉を配る勇凛くん。
ひたすら肉を食べる私。
ビールを飲み干して早速おかわりをする勇哉さん。
「俺の結婚式の式場見て、広すぎない?何人呼ぶんだよっていう」
スマホを見せてくる勇哉さん。
さすが大手企業の息子。
結婚式の規模が違う。
「相手はどんな方なんですか?」
と森川さん。
「取引先の社長の孫。可愛いんだけどね〜なんかそれだけなんだよね〜」
また酒をおかわりする勇哉さん。
「七海さん他に注文しますか?」
と勇凛くん。
「じゃあコレ頼もうかな」
そのやりとりを妬ましそうに見る勇哉さん。
「見せつけてくんなよ」
お前が呼んだんだろ!
「何そのお揃いの指輪。嫌がらせ?」
この男、目が座ってきてる。
絡まれたくない!
「勇哉さん、よければこの後またあの店行きましょうよ」
と森川さん。
何その店?
「いいね〜!あそこ女の子ノリいいから好き〜」
機嫌が治った。
ありがとう森川さん!
「なんかでも虚しいわ」
元に戻った勇哉さん。
なに、この人慰める会なの!?




