第33話 救世主
勇哉さんが私を見失って困っている。
そのまま通り過ぎて行った。
「……聞いてたんだよ。あの人から。川崎さんがここに来ること、あの人がついて行こうとしていることも」
え……。
「私を助けに来たんですか……?」
森川さんはやや視線を外した。
「有給消化のための観光ついでだ」
いやその言い訳無理があるでしょ!
「森川さん……借り返せませんよ私……」
「別に貸したつもりはない。ついでだよ」
ああ。
いい人だな。
「どこに泊まるの?」
「この近くのビジホです」
「送っていく」
「え?」
「見つかったら厄介だから、そこにいた方がいい」
確かに。
「はい。そうします」
森川さんと身を隠しながら予約したビジホに行った。
無事到着。
「ありがとうございます。助かりました」
と頭を下げたら、森川さんは受付に行った。
「今日部屋空いてますか?」
は?
「はいございますよ」
「じゃあシングルで一泊」
え?
「森川さん泊まるんですか……?」
「せっかく来たからたっぷり見て回るよ」
なんでここまで。
そんな見え透いた嘘ついて。
「森川さんなら、もっと素敵な人見つけられると思いますよ。この時間がもったいないですよ」
申し訳なさすぎる。
「……俺にとっては大事な時間なんだよ」
そう言うとホテルから出て行ってしまった。
◇
複雑な気持ちを抱きつつ、私は遠くで自分を心配している勇凛くんを思い浮かべた。
スマホを見ると、勇凛くんからのメッセージが。
『出張どうですか?』
胸が温かくなる。
『無事に終わったよ。早く帰って勇凛くんに会いたい』
しばらくすると、返信がきた。
『俺も早く七海さんに会いたいです。いっぱい抱きしめたいです』
む、胸が苦しい……!
夫へ思いを馳せながら、出前でとった昼食を食べていた。
◇
──午後5時30分
勇輝さんの宿泊先のホテルのロビー。
待っていると客室用のエレベーターから勇輝さんが出てきて私と目が合った。
こっちにゆっくり歩いてくる。
「タクシーで会食の店まで向かう」
あれ?
「あの男性社員の方々はどちらに?」
「帰らせた。会食に同席する必要はない」
私もいる必要がないような。
勇輝さんはタクシー乗り場に歩いて行った。
私もあとを追う。
そしてタクシーに二人で乗り込んだ。
繁華街を通り抜け、向かった先にあったのは、風情がある日本風の建物の料亭だった。
勇輝さんと店の中に入ると、女将さんがにこやかに出迎えてくれた。
「お部屋にご案内します」
案内された部屋は、広々とした立派な和風の個室だった。
テレビでこんな店を何回か見たことがあるが、自分が入るのは初めてだった。
既に先方の社員が数名座っていた。
「本日は遠路お越しいただき、ありがとうございました」
先方の社長が挨拶をした。
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます」
勇輝さんは見たこともないような柔らかい笑顔を向ける。
これが営業スマイルというやつなのか。
先方社長の挨拶で、会食が始まった。
次々と料理が運ばれてくる。
「今回はこちらの不手際により、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
先方の社長が頭を下げた。
「いえ、こういうことはよく起こりますから」
当たり障りのない会話が続く。
お酒が運ばれてくる。
「あなたは確か林さんでしたよね……?副社長と同じ姓というのは、なにか繋がりがあるのでしょうか?」
先方に聞かれて、答えに詰まった。
「……こちらの血縁の配偶者です」
え?
その返事が意外で驚いた。
偶然とか言うと思っていたからだ。
「そうなんですね。お二人とも林さんなので、下の名前もお伺いしていいですか?」
「七海と申します」
なぜか私に注目が集まって食欲が減退していく。
「林副社長の秘書さんは優秀な方々ばかりですね。今回も七海さんがいらっしゃってよかった。今後ともよろしくお願いします」
「……恐れ入ります」
お試し秘書みたいなものなのに……。
お酒がだんだんと進み、会話が弾み、距離感が近くなっていく。
「七海さんもお酒どうですか?」
確かこの方は営業部長だった……はず。
「お酒が合わない体質でして。申し訳ありません」
目が座っている彼がやや身を乗り出してきた」
「七海さん、連絡先教えてもらえますか?色々お話ししたい」
え……。
その方の指には結婚指輪がしっかりはめられている。
私の指にも。
なんのための指輪なのか。
なんて返せばいいの……?
角が立たない言い方が思いつかない。
「申し訳ありません。林は秘書に就いたばかりでこのような会に不慣れなので、また次の機会にさせて頂いてよろしいでしょうか」
勇輝さんが私たちの会話に割ってはいった。
やや相手の社員がたじろいでいる。
「失礼しました」
勇輝さんはまた先方の重役と話している。
これは守られたのか?
真意がわからないまま会食は終わりを迎えた。
◇
個室の外まで先方の社長たちに見送られ、店を出る。
「本日はご馳走になり、ありがとうございました」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」
定型句を交わして、私たちは用意されたタクシーに乗った。
無言。
お礼を言わねば。
「さっきのことですが……助けていただきありがとうございました」
「さっきの、とは?」
「営業部長の方に、連絡先を聞かれた件です」
「あれは、私のためでもある」
「副社長の、ため……?」
「君が失礼なことをすると今後の業務に支障をきたす」
「……」
まぁそんな返事は想定内だ。
私が外の景色を眺めていると、私の宿泊するビジネスホテルの前に到着した。
てっきり副社長のホテルで解散になると思ったから驚いた。
「ありがとうございます」
「……勇哉が来ているんだろう」
バレているじゃねーか。
「私は手を抜くつもりはない。そして勇哉も君を追い詰めるだろう。それでもまだ足掻くのか?」
正直しんどい。辛い。でも──
「私は勇凛さんが側にいてくれれば、どんな困難も乗り越えます」
私の正直な今の気持ち。
「……そうか」
そして私はタクシーから降りた。
「明日私は早朝の便で帰る事にした。君は別で帰りなさい」
タクシーは繁華街に消えていった。
出張の全ての任務を遂行した……。
胸を撫でおろしてホテルに入ると、森川さんがロビーのソファに座っていた。
「どうだった?」
「なんとかやり遂げました……」
「飲みに行くか?」
「飲みません」
あ。
「勇哉さん、今頃どうしてるんだろう……」
「『七海ちゃんに逃げられてつまんないから帰る』ってさっき連絡がきた」
「仲良しですね」
「適当に使われてるだけだよ」
森川さんにまともにお礼ができてない。
「お酒は無理ですけど……ごはん付き合いますよ。私のおごりです!」
「じゃあ行くか」
そのあと、森川さんと福岡の有名なラーメン屋に行って、たらふく食べた。
そしてまたホテルに戻ってそれぞれの部屋に戻った。
寝る前に勇凛くんに電話をして、私は眠りにつく。
福岡出張任務は無事に終わった。




