第32話 出張事変2
福岡に着くまで私は資料を確認しておきたかった……のに、
もたれかかってくる隣人。
重い!
寝ていると思いきや、気を抜くと手を繋いでくる。
わざと?わざとなのか?
でも起きて話しかけられるのも厄介。
着陸するまでの我慢……!
耐えろ私!!
「七海ちゃん……好き」
「え!?」
突然??
でも顔を見ると寝ている……。
冗談だと言ってくれ!
いちいち気にしていてもキリがないから、もたれかかってきても手を握られててもそのまま空いた手でやるべき事をやっていた。
◇
とうとう福岡の地に降り立つ。
すると勇哉さんが起きた。
「おはよ~」
「……」
「ごめん。昨日朝帰りだったから寝ちゃった」
淡々と降りる支度をしていた。
搭乗出口に向かう時、勇哉さんがいるのが見つかったらヤバい!と思っていたら……
いつの間にかいなくなっていた。
次はいつ現れるのか……。
先に降りていた勇輝さんたちと合流する。
「本日の会議は予定どおり11時開始。先方社長・副社長が会議室から参加、海外拠点はオンラインで参加とのことです」
「わかった」
緊迫感に息を呑む。
勇輝さんが私を見る。
「君も気を引き締めて。失敗は許されない」
この人への私怨はさておき、仕事モードに切り替える。
「承知しました」
いざ出陣。
◇
取引先のビルは、ガラス張りの立派な外観で、見上げると首が痛くなる高さだった。
「本日会議で参りました。林です」
元秘書さんが受付で名乗ると、すぐに先方の秘書が現れ丁寧に頭を下げる。
「お待ちしておりました。会議室へご案内いたします」
エレベーターで上階へ。
扉が開くと、静かな廊下と、落ち着いた照明が出迎えてくれる。
緊張が走る。
案内された会議室には、すでに数人の役員がいて、ノートPCや資料を広げていた。
前方には大きなモニターとカメラ、その脇に会議用のPC。
先方秘書が段取りを説明している間に、私は勇輝さんの席の後ろ、壁際の定位置に立った。
11時きっかり、会議が始まる。
先方社長の挨拶が終わり、モニターに海外拠点の顔ぶれが並んだ。
ここまでは、順調だった。
最初の資料共有が始まった瞬間、違和感が走る。
映像がほんの一瞬ひっかかったように止まり、次の瞬間、「接続が不安定です」という文字が画面に浮かんだ。
音声もぷつぷつと途切れ、やがて完全に消える。
「……止まりましたね」
先方副社長が、低い声で呟いた。
空気が、目に見えないところで固くなる。
「回線、確認します!」
壁際に控えていたSEが、慌てて前に出る。
モニターの裏や会議室の端にある機器を、次々に確認していく。
「社内ネットワークは生きています。ただ、この部屋から外に出る通信だけ、急にエラーが増えていて──」
早口の説明。
内容は、なんとなく分かる。
この部屋だけ、通信を欲張りすぎて詰まってる。
横で、勇輝さんが腕時計をちらりと見る。
会議の限られた時間がだんだんと削られていく。
「……失礼いたします」
私は一歩前へ出て、勇輝さんと先方に軽く頭を下げる。
「もしよろしければ、状況を少しだけ確認させていただけますか」
元SEの端くれ。
黙って傍観しているわけにはいかない。
先方秘書が驚いたようにこちらを見て、視線を勇輝さんへ送る。
勇輝さんは、ほんの一瞬だけ目を細め──
「やれ」
それだけ言った。
◇
先方のSEと回線状況を確認する。
「まず、この会議室から出ていく映像を減らした方がいいと思います。本日、画面に映すのは、御社の社長、副社長、そして弊社副社長の林。三名の表情と資料だけにしてみてはいかがでしょう」
先方社長が「問題ない」と短く答える。
会議システムの設定を、全員表示から発言者中心の表示へ変更し、画質を一段落とす。
資料以外の画面共有を切り、会議室内のカメラも一台に絞った。
「映像より、声を優先します」
先方SEが管理画面を確認し、「安定してきました」と小さくつぶやく。
「副社長、念のためですが、いつもお使いの端末からも同じ会議に入っていただけますか。この部屋に何かあっても、声だけは届くようにしておきたいです」
勇輝さんに視線を送ると、視線が一瞬だけ鋭くなった。
「……分かった」
止まっていた画面が再び動き出した。
海外拠点の責任者の顔が映り、今度は音声が滑らかに流れる。
『聞こえている。さっきと違って、かなり安定している』
先ほどまで固かった会議室の空気が、わずかに和らいだ。
先方社長が深く息を吐き、「続けましょう」と宣言した。
会議はその後無事に進み、終了した。
◇
「本日はありがとうございました。……先ほどは本当に助かりました」
先方のSEが、退出間際に話しかけてきた。
「会議が無事に終わってよかったです」
そう告げると先方SEは会議室を出た。
役員たちが出て行き、会議室が静かになる。
帰り支度を始めると、
「前職は何をしていた」
勇輝さんの目が私に向けられていた。
「SEです」
勇輝さんは目を伏せた。
「助かった」
そう告げると、彼は他の秘書二人と会議室の出口に向かった。
「どこに部屋をとってある」
「近隣のビジネスホテルです」
「同じホテルにとらなかったのか」
「私は秘書ですが一般の社員ですので、そこに経費を割くのはよくないと判断しました」
「……そうか。先方との会食は18時だ。こちらのホテルロビーに30分前に来るように」
「はい」
そして勇輝さんたちは去って、私は一人取り残された。
脱力して座り込みそうになった。
◇
なんとか役に立てた安堵感で取引先のビルを出て、どこかで適当に昼食でも食べようかと歩き出そうとすると──
肩を叩かれた。
「七海ちゃんお疲れ~」
ため息がでた。
「お腹すいてるでしょ?ごはん食べようよ」
にこにこ笑顔。
「今まで何してたんですか……?」
「普通に観光。いいよね~息抜き」
あなたは息抜きだろうが、私は人生かけてるんだよ。
一人でゆっくりしたい!
「ちょっと、用事あるんで遠慮します」
私は足早にその場を去ろうとした。
「え、待って!」
追いかけてくる勇哉さん。
だんだんと早くなる私の足。
そしていつの間にか全力。
「せっかく何の邪魔もなく一緒にいられるのに、逃げないでよ~!」
だから逃げてるんだよ!!
やばいもう追いつかれる!!
その時、脇道に引っ張られた。
誰かに腕を掴まれた。
え……?誰?
その腕の主を見ると……。
「え、なんでいるんですか?」
そこには私服の森川さんがいた。




