第31話 出張事変1
目を逸らせないでいると
「……ふ」
勇哉さんが爆笑した。
「七海ちゃん……変な人に騙されないようにね」
部屋を出て行った。
ふざけんな!!
また振り回されてうんざりだ。
勇哉さんはさておき──
私は勇凛くんに報告した。
今日は大学に行く日だから会社にいない勇凛くん。
『明日、勇輝さんと福岡の出張に同行することになった』
そうメッセージを送ってしばらくすると、すぐに電話がかかってきた。
『なんで七海さんまで行かないといけないんですか!?』
「会議に同席してほしいって言われて……」
『日帰りですか……?』
「夜に会食があるから、泊まりなの」
──沈黙
『不安です……。そんな遠かったらすぐに助けに行けません。俺もついていきます』
え!?
「ダメだよ!明日は勇凛くん研修の日だよね?それを休んでこっちに来て勇輝さんにバレたら、私たちが今頑張ってる意味がなくなっちゃうよ……」
勇凛くんの気持ちはわかるんだけど。
『……わかりました。でも何かあったら必ず連絡ください。なんとかして駆けつけます』
勇凛くんの優しさが心に沁みる。
「ありがとう」
『今日、会社に迎えにいきます。少しでも会いたいので……』
「待たせちゃうかもしれないけど……」
『大丈夫です。待ってます』
なんとかして今日は早く終わらせよう。
◇
一人で電話をとりながら、様々な要望に応えてあっという間に終業時刻。
明日必要な資料を机に出すと、部屋のドアが開いた。
勇輝さんだった。
「明日は空港で待ち合わせだ。もう帰りなさい」
「はい」
私はパソコンをシャットダウンした。
すると机の上に紙袋が置かれた。
これはまさか……
中を見ると、また高価な服。
「それを着ていきなさい」
「ハイ……」
彼は出て行った。
大きなショッピングバッグを持って私は会社を出た。
そして、待っている勇凛くんの元へ。
待ち合わせのカフェに行くと、私服の勇凛くんがいた。
「勇凛くんお待たせ!」
振り返る勇凛くん。
「七海さんお疲れ様です」
天使のような笑顔。
またほのぼのした日常に戻った気分だった。
「明日は何時に出発するんですか?」
「空港に8時だから、一時間前には家を出ようかなぁと」
「そうですか……できるなら空港まで送りたいです。でも明日は研修で……」
勇凛くんが申し訳なさそうにしている。
「気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとう」
胸が温かくなった。
「あの、七海さんを家まで送ってもいいですか……?」
「うん。私ももう少し一緒にいたい」
私たちはカフェからでて、家に向かった。
◇
会社の最寄り駅から約一時間。
自宅の最寄り駅にたどり着いた。
二人で手を繋いで家までの帰路を歩く。
二人の薬指の指輪がたまに光に反射して輝いた。
早く一緒に暮らしたい。
ずっと思っている。
でもなかなか叶わない。
でもずっと勇凛くんの心は側にいてくれる。
だからなんとか頑張れる。
あっという間に家についてしまった。
私たちは動けなかった。
お互い明日があるから早く帰らないといけないのに──
「勇凛くん、家で少しだけゆっくりしていってくれるかな……?」
そう言うと勇凛くんは穏やかで優しい笑顔になった。
「はい」
二人で家に入ると。
こらえていた想いが溢れるように二人で抱き合っていた。
「勇凛……」
この時は私も“くん”がなくなる。
「七海、離れたくない」
胸が締め付けられる。
深く深く唇を重ね合わせて境界がなくなっていく。
そのまま私たちはベッドに沈んだ。
勇凛くんでいっぱいになっていく。
満たされていく。
今までこんな気持ちになったのは初めてだった。
心も体も深く深く彼を求めている。
運命だと勇凛くんは言った。
私も今ならそう思える。
勇凛くんと出会うために私は生まれたのかもしれないと──
勇凛くんは早朝に帰った。
そして私は出張への準備をした。
その時私は、とんでもないミスをおかしていた。
それをこの時はまだ気づいていなかった。
◇
──羽田空港 朝7時45分
勇輝さんと待ち合わせをしている搭乗口の近くで立っているとスマホに通知がきた。
『今日は気をつけて行ってきてください』
勇凛くんからだ。
『ありがとう。頑張ってくるね』
返信をした。
「おはよう」
低く響く声。
──この声は……
見上げると、勇輝さん……と、スーツを着た知らない男性が二人。
「……おはようございます。あの、そちらの方々は……?」
「前の秘書だ」
「は?」
どういうこと?
「秘書課の人は別の部署に配属されたのでは……?」
「今日は大事な会議だ。何かあった時のために同行させている」
私がいる必要はあるの……?
──いや、私がいる必要なんてない。
ただ私を見極めようとしているだけだ。
ボロをだすのを待っているのかもしれない。
絶対に油断してはいけない。
「……わかりました」
搭乗開始のアナウンスが流れ、人の流れが動き出す。
「じゃあ先に入る」
三人は先に搭乗の列の中に入っていった。
勇輝さんのあとを追って私も搭乗した。
勇輝さんたちはビジネスクラス。
私はエコノミークラス。
荷物を上の棚に入れ、座席に座って現地に着くまでに今日の資料を確認しようとした時──
ない。
バッグの中のどこにも。
昨日持ち帰ったはず……。
全身から血の気が引いた気がした。
どうしよう……今日の会議の資料を忘れて来るなんて。
呆れられて、勇凛くんの妻どころか、社会人としてもダメだ。
頭を抱えて絶望に打ちひしがれていた。
その時、隣の席に他の搭乗客が座った。
私は姿勢を正して、表情を隠していた。
すると、目の前に白い紙が。
それは──私が今日持ってくるのを忘れた資料だった。
「え!なんで!?」
「だって忘れてたから」
・・・。
隣に座った人を見た。
帽子を深々と被ってサングラスをしている。
でも風貌からわかる。
「勇哉さん、本当に来たんですね……」
「だってこれないと七海ちゃんやばいでしょ色々。助けに来たんだよ」
と、真剣な顔で言っているけど全くそう思えない。
何もなくてもこの人はおそらく来た。
でも──
「ありがとうございます」
これがなかったら本当にピンチだった。
ただのお荷物だった。
情けなくて泣きたくなったのを必死にこらえた。
この人にこれ以上弱みを見せてはいけない。
「七海ちゃん、お礼にさ。仕事終わったらご飯食べに行こうよ」
「取引先の方々と会食があるんです」
持ってきてくれたのはありがたいが、これ以上踏み込ませてはいけない。
「じゃあ、それが終わったらホテルのバーで飲もうよ」
「すみません。終わったらすぐ休みたいんです」
それから何も言葉が返ってこない。
さすがに目的は違ったとしても資料を持ってきてくれたのに、邪険にするのもだんだんと気が引けて来た。
「あの……。今度、改めて別の形でお礼をさせてください」
勇凛くんも一緒に。
返事は返ってこない。
よーく見てみると。
寝ていた。
マイペースすぎる。




