第21話 謎の誘い
二人でベッドの中でくつろぎながら、スマホで賃貸物件を見ていた。
勇凛くんにお願いして腕枕をしてもらいながら。
幸せすぎる。
「どの辺に住みますかね……」
これからあの会社で働くなら、あっちに近い方がいいのか──
でもなるべく近づきたくないし、プライベートまで汚染されたくない。
ずっと働く気なんてない。
認めさせるまでいる期間限定だ。
「勇凛くん」
「はい」
「ラウンド2の近くで探そう」
我ながらアホな提案である。
「……いいですね。俺もっと歌上手くなるように練習します」
……そっちか!
「今度物件見に行こうか?」
「はい、行ってみましょう」
嫌なことはひとまず置いておいて、私たちは夫婦としての日常を堪能していた。
◇
──月曜日
出社して早々、上司と面談。
「すみません、一身上の都合により、退職します」
上司は顔をしかめている。
「まいったな。君の後任が思いつかない」
診断書のおかげで残業はかなり減り、負担は上司に回った。
心なしかやつれている。
私に丸投げしていた罰だ。
「退職後はどうする?」
「別の企業に行きます」
まだこの上司の方がマシなのかもしれない。
勇輝さんは私を潰しにきそうな気がする。
「今まで無理をさせてすまなかった」
上司に頭を下げられた。
驚いて言葉に詰まった。
「……はい。正直かなりしんどかったです。後任の人はちゃんと配慮してあげてください」
新卒で入社してからここにずっと勤めてきた。
いい思い出はあまりない。
むしろキツかった。
ただ、なんとかそれでも持ち堪えていた自分を褒めたい。
上司との面談が終わって、廊下を歩いていると──
森川さんが待ち伏せていたかのように立っていた。
「辞めるんだ」
「はい。色々あって」
「もしかして……“ 勇凛くん”関係?」
鋭いなこの人は。
「……あの会社に入らないといけなくなったんです」
「は……?あの会社って林ホールディングス……?」
「はい」
「何があったんだよ」
森川さんは珍しく動揺している。
「私は人質みたいなもんですよ」
勇凛くんをあの会社に縛るための。
「意味がわからない」
私だってこんなことになるなんて、微塵も思っていなかった。
「森川さん、色々ありがとうございました」
森川さんに頭を下げた。
「……結婚の次は退職か」
森川さんは私の横を通り過ぎた。
……と思ったら振り返った。
「連絡先聞くのはアリ?」
連絡先……。辞めるのに?
もう話すことなんてない。
私が答えられずにいると、森川さんはボールペンをだして、私の手をとった。
そして手の甲に番号を書いた。
「え!?」
「なんかあったらいつでも連絡して」
そう言ってオフィスに戻った。
なんて強引なんだ!
◇
会社から出ると、勇凛くんが待っていた。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
私はすぐに勇凛くんに近寄って腕を組んだ。
もう関係を隠すつもりもなくなり、この会社とももうすぐお別れ。
あの会社の前では流石にできないけど。
勇凛くんの口数が少ない。
心なしか元気がない。
「どうしたの……?」
「あ……すみません、ちょっと兄から連絡があって」
なんだろう……。
嫌な予感がする。
「来週から研修を受けろと」
え。
「本社で?」
「はい。今のところは」
「急だね……」
容赦なく追い詰めてくる。
「バイトはもうできなくなるので、今住んでるマンションから退去しないといけなくて……」
やばい……じゃあ勇凛くん、住む場所無くなるの……?
まさか、お兄さん達と暮らすことに?
私と会う時間は??
勇凛くんと離れ離れは嫌だ。
「勇凛くん、私の家で一緒に暮らそう!」
私は思い切って提案した。
勇凛くんは驚いて少し微笑んだと思ったのも束の間、すぐに表情が曇った。
「俺に近づくと七海さんが危険な目に遭う気がするんです」
──そんな……
あいつらの思惑通りにいってたまるか!
「勇凛くん。私たちは夫婦だよ。夫のピンチなんだから、私も一緒に戦うよ」
私は勇凛くんの手を握った。
「……ありがとうございます」
勇凛くんの表情が柔らかくなった。
私のマンションの前に着いた。
「家に着いたら電話します」
「うん」
勇凛くんが駅に戻ってゆく。
その背中が寂しそうで──
思わず全力で走って後ろからしがみついた。
「え!?」
勇凛くんが驚いている。
「勇凛くん大好き!!」
勇凛くんごめん、耐えられなかった。
勇凛くんが私の頭を撫でてくれた。
「俺も、七海さんのこと大好きです」
私たちはキスをして、別れた。
部屋に戻って、余韻に浸っていると、スマホに着信がきた。
勇凛くん!!
……と思ったら知らない番号。
誰?
「……もしもし」
『私だ』
この声は──
勇輝さんだ。
重い声の響きに体が震えた。
「なぜ私の番号を……?」
『君がこの前置いていった書類に書いてあった』
最悪だ。
「勇凛くん、来週から研修って早くないですか……?」
『勇凛から聞いたのか。別に早くない。私もそうだった』
でも、勇凛くんは内定取り消されたばかりで心の準備もできてない。
「バイト辞めなきゃいけないって悩んでましたよ。ちゃんと相談して決めるべきだと思いますが?」
『私に何も相談なく結婚した勇凛が悪い』
勇凛くんはこの人の所有物かなんかなの……?
『それより君は自分の心配をした方がいい。いつからこっちに来るんだ』
「今日辞表だしたので、あと二週間くらいです」
『そうか……。明日は空いているか?』
「明日?仕事ですけど……」
『夜だ』
夜?
「仕事終わったあとは特にありませんが」
『またここに来い』
え。
「本社にですか……?」
『ああ』
「なんでですか?」
『それは来ればわかる。あと──』
あと?
『勇凛にはこのことを言うな』
そして一方的に電話を切られた。
──不安すぎる。




