第2話 目覚めれば夫婦
朝起きて、昨日のことが夢なんじゃないかと思った。
でも、スマホを見たら、しっかり名前とトークがある。
現実だった。
どうしよう……
私は急いで着替えた。
もしかしたら彼の気持ちが変わってるかもしれない。
そんな望みをかけて家を出た。
◇
職場に着くと、重くのしかかる現実。
育休中の先輩に続き、産休に入った後輩、穴埋めに入った派遣社員は仕事が遅い。
「矢野さん、さっき渡した資料、入力終わった?」
派遣社員の若い女の子は、のんびりとキーボードを打っている、
「あ、まだです。もう直ぐ終わります」
私がやれば十分で終わる。
でもそこまで手が回らない。
気分を切り替えるために、自販機でエナドリを買って一気飲みした。
「うわ、それやめた方がいいよ」
振り返ると、同じ部署の森川さんだった。
私の二個上の先輩で、仕事ができて、会社の評価もよくて、割とイケメンである。
「お疲れ様です」
私が呟くと、森川さんは缶コーヒーを買って私の隣に立った。
「カフェイン中毒になるよ」
「……でも飲まないと頭冴えないんですよ」
「川崎さん毎日遅くまで残ってるもんね」
森川さんはコーヒーを飲み干すと、「無理しないでね」と言って去っていった。
無理しないと終わらないんだよ……。
心の中で呟いた。
◇
案の定、今日も残業。
派遣社員は大して仕事もせずに帰る。
これ以上人件費を出せないからと補充はなし。
上司は私の教え方が悪いと言う。
「もう無理かも……」
スマホで転職サイトを開いた。
その時、メッセージの通知がきた。
勇凛くんからだった。
『お疲れ様です。仕事どうですか?』
はて。
そういえば昨日、また会う約束をしてたような……。
でも、今日も遅い。
また今度にしてもらおう。
『ごめん。今日は無理かも』
するとすぐ返信がきた。
『待ってます。昨日二人で話した場所で』
このままフェードアウトしようと思ったのに、昨日の彼の真剣な顔を思い出すと、できなかった。
──午後10時
やっと仕事が終わって、私は急いで会社を出た。
そして昨日、2人で話した場所に向かった。
大通りの雑居ビルの前。
そこに行くと、勇凛君が立っていた。
「待たせてごめんね」
「いえ、仕事、お疲れ様です」
寒い中、かなり待たせてしまった。
「あの……待たせたお詫びにご飯行かない?」
こんな時間にする提案ではないのは重々承知してるが、思いつくのはそんなことだった。
「はい!」
勇凛くんの爽やかスマイル。
癒される……。
母性本能を刺激してくる。
そのあと、近くにある飲み屋に行った。
少しだけご飯を食べて帰るはずだった。
しかし、一杯だけなら──
私は気が緩んだ。
◇
鳥の囀りが聞こえる。
朝か。
ゆっくり起き上がると──
全然知らない場所にいた。
「なに、ここ……」
ワンルームの部屋。
シンプルな家具。
私は黒いシーツのベッドで寝ていたようだった。
寝息が聞こえる。
ふと床を見ると──
勇凛君が寝ていた。
「え!?」
思わず叫んでしまった。
私が叫んだら、勇凛くんもびっくりして起き上がった。
「なんでなんでなんで!?」
私は混乱していた。
「落ち着いてください。昨日七海さんは酔い潰れて、仕方なく家に連れてきたんです」
最悪だ。
「ごめんなさい……」
項垂れる私を見ると、勇凛君は立ち上がった。
「コーヒー飲みますか?」
「はい……」
申し訳なくて目を合わせられない。
勇凛君はドリップコーヒーを淹れてくれた。
マグカップがテーブルに置かれる。
「ありがとう」
コーヒーのいい香りが漂う。
私はコーヒーを少し飲んだ後、ふと現実に戻った。
「え、今何時?」
見渡すと時計があった。
──8時
「やばい!!」
また叫んでしまった。
「どうしよう!遅刻だ……」
「七海さん、今日土曜日ですよ」
「え?」
勇凛くんがスマホからカレンダーを見せてくれた。
「あ、本当だ……よかった……」
安心して、空気が抜けた風船のようになった。
「七海さん、あの、昨日のこと覚えていますか?」
「え?」
「覚えてないんですね……」
勇凛くんは困っている。
「え、何があったの?」
「昨日、飲み屋にいる時に、俺、婚姻届を七海さんに渡したんです」
──え?
「婚姻届!?なんで??」
頭の中は大混乱だった。
全く覚えていない。
「結婚することを前提に、なら考えてくれると言ってたので……。俺の本気を見せました」
嫌な予感がした。
「それ今どこにあるの……?」
「七海さんが書いて、そのまま役所に一緒に行ったんです」
まさか……。
「何度か意思確認したんですけど、そのまま七海さん婚姻届出しちゃったんです」
血の気が引いた。
「え、つまりそれは……」
勇凛くんが少し恥ずかしそうにしている。
「俺たち、夫婦になったんです」
あまりの衝撃的な事実に、そのまま気を失ってしまった。
勇凛くんの私の名前を呼ぶ声が聞こえた──
◇
──目が覚めたら、今度は真っ白な天井。
周囲がカーテンで仕切られている。
腕には点滴針が刺さっている。
「ここって……」
その時カーテンが開いた。
「あ!七海さん、目覚めてよかったです!」
勇凛くんが飲み物を持っている。
「え、私病院に運ばれたの?」
勇凛くんは頷いた。
「声をかけても反応がなくて救急車呼びました」
勇凛くんは真剣な顔で私を見ている。
「無事でよかったです」
その真っ直ぐな視線に射抜かれてしまう。
「ありがとう」
恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
暫くすると、またカーテンが開いた。
「あ、川崎さん、起きられたんですね」
看護師だった。
「最近すごく忙しかったんじゃないですか?。血液検査の結果をみると、やっぱりちょっと過労の影響が出ていますよ。」
血液検査の紙を渡された。
「具体的には白血球が少し増えていて、体がストレスを感じているサインです。それから肝臓の数値もちょっと高め。無理が続くと血糖値や脂質も乱れやすくなるので、これからは少し休むことも大事ですよ。」
「はい……」
仕事で身体に支障が出まくりだった。
その後、今度は白衣を着た男性が来た。
「川崎さん、今日は経過観察のために入院してください」
「え!!」
明日退院できるの!?
「月曜から仕事があるんです!」
「川崎さん、自分の体調を一番に考えてください。健康はお金では買えませんよ?」
看護師が優しく言う。
まさかこんなことになるなんて──




