第1話 社畜女、年下男子に捕まる
社畜の私は、毎日残業でも、飲み会には出る。
飲みも仕事の人間関係を円滑にするために必要だからだ。
クタクタの体を引きずって、忘年会が行われる飲み屋に行く。
雑居ビルのエレベーターで3階。
店に入ると賑やかな声が聞こえる。
既に潰れている社員もいるなか、存在感を消しつつ空いてる席に座る。
「川崎さん、今日も頑張ってたねー!真面目で偉い!」
やかましい先輩社員に早速絡まれる。
真面目じゃない、ただ迷惑をかけたくないだけ。
波風立てずに与えられた仕事をこなしてるうちに、なぜかどんどん増えた仕事量。
キャパシティを超えそう。
ああそろそろ潮時か?
ビールを注文して暫くつまみを食べていると、女子社員が騒いでる。
ジョッキを持ってきたバイトの男の子に絡んでいる。
バイト君可哀想。
でも、この子、イケメンだな。
眼福。
それ以外の感情はなかった。
でも、その時、目が合った。
そのバイト君と。
サラサラの黒い髪、黒く澄んだ瞳、白い肌、顔のパーツも完璧。
スタイルが良くて背が高い。
こんなモデルみたいで芸能人みたいな子をリアルで見たことがない。
ずっと見てる、私を。
何故かわからない。ただ、私はその子から目を離せなかった。
ジョッキを机に置いて、その子は厨房に戻った。
◇
店のトイレに行こうと立ち上がり、廊下を歩く。
すると、さっきのバイト君がいた。
今度は酔っ払った男性客に絡まれている。
その客はバイト君に向かって皿を投げつけた。
皿はバイト君は当たらず、運良く割れずに私の方へ転がってきた。
「申し訳ありません!」
バイト君は客に謝っている。
私は皿を持ってバイト君のところに行った。
「あの、これ……」
私がバイト君に声をかけると、目を見開いた後、目を伏せて申し訳なさそうにしている。
「ありがとうございます」
そのまま私はトイレに行けばいい。
──はずなのに。
「何があったの……?」
聞いてしまった。
「注文したものと違うと怒ってて……。間違ってはないんですけど、酔ってるので、よくあります」
「そうなんだ……。気をつけてね」
「ありがとうございます!」
バイト君は眩しい笑顔を向けた。
◇
飲み会が終わって二次会に行くところ、私は脱出に成功した。
流石に二次会まで参加したら明日に支障がでる。
というか、飲み会がなくても、残業まみれで毎日ストレスで、帰ったら缶ビール飲んですぐ寝てしまう。
土日は誰とも会わずに現実逃避に一人で海に行っている。
そして一人で映画を見たりカラオケをしたり。
とにかく一人でいた。
恋をしても続かない。社畜はデートをする余裕もない。
自分のことで精一杯。
とぼとぼと駅まで歩く。
すると視線を感じた。
振り返ると、そこには──
あのバイト君がいた。
目が合ったまま動けない。
何故私を見てるの?
バイト君が近づいてくる。
「さっき、店にいた方ですよね?」
「はい……。なんでしょうか?」
バイト君は視線を外して少し何かを考えている。
「あなたと話したいんです」
「……何を?」
「あなたのことが知りたい」
ナンパ……?
知ってどうする。私から出てくるのはストレスとお一人様の寂しさくらい。
「駅まで一緒に歩いていいですか?」
私は悩んだ。
彼が何か私を陥れようとしているのではないかと。
突然こんな若くてかっこいい男の子に声をかけられるなんて何か裏がある。
──でも
「いいですよ」
私は承諾した。
興味があったからだ。
この子に。
◇
駅までの道をバイト君と歩く。
「仕事ってどうですか?」
唐突に聞かれて返事に困る。
「大変ですね……。会社や職種で違うけど、私は忙しい場所にいて。プライベートな時間削られてますね」
バイト君は俯いてる。
「俺、来年から社会人なんです。うまくやっていけるか不安で」
すると、学生なのもあと数ヶ月か。
「今のうちに沢山遊びなよ」
そのうち友達と会える日も減っていく。
私がそうだ。皆疎遠。
会おうとすると予定が合わない。
「そうですね。ただ──」
バイト君は立ち止まった。
「本気の恋がしたいです」
「え?」
真剣な顔だった。
「え、君モテそうだけど、今までどうだったの?」
「それなりに女の子とは付き合ってきました。でも、本気で好きになった子はいないかもしれません」
「急がなくても、社会人になってからも出会いは沢山あるし、君ならすぐにいい人見つけられるよ」
「……見つけたんです」
「え?」
「俺、あなたと本気で恋がしたいです」
恋──
そんな感情、どこかへ置いてきた。
「私三十路なの。君みたいな若い男の子と遊んでる余裕ないんだ。仕事も忙しいし」
こんなビジュアル最高な子と恋愛してみたかった。
もっと若ければ。
時間が経過すれば、私は老けて、この子は年相応の子と恋愛をしたくなるだろう。
そんなの惨めだし、時間の無駄だ。
「じゃあ、さようなら」
私はその場を去ろうとした。
その時腕を掴まれた。
「待ってください!俺は本気です!」
振り返って見た彼の目は真剣だった。
「なんで私なの?さっき初めて会ったばかりじゃん」
「ビビッときたんです。この人だって」
ビビッと……?
たしか姉ちゃんも旦那さんと結婚する前にそんなこと言ってたな。
なんだ、ビビッとって。
「君来年から社会人ってことは、二十二歳くらいでしょ?年の差八歳。現実的に見て、無理があるよ」
「年齢とか関係ないですよ」
彼が掴んだ私の腕に力が入る。
「関係あるよ。君は今しか見えてない」
バイト君は俯いている。
早く手を離してくれ。
「どうすれば俺を受け入れてくれますか……」
まだ粘る。
「君が私と結婚することを前提になら考えてあげるよ」
バイト君は私を見据えた。
「わかりました」
考え直させようとしたのに引かない。
「俺の本気、証明します」
「え?」
バイト君はスマホを取り出した。
「連絡先教えてください。明日また会いましょう」
どういうこと?
なんなの?
「明日ちゃんとしますから」
何を?
「……わかったよ、連絡先くらいなら交換してあげるよ」
折れてしまった。
「ありがとうございます。待ち合わせについてまた連絡します」
「う、うん」
何が起こるんだいったい!
「名前教えてください」
「……川崎七海だよ」
バイト君はスマホに入力している。
「あの……君の名前は?」
流石にバイト君とは呼べない。
「林勇凛です」
勇凛君か……。
「じゃあ、明日私早いからもう帰るね」
「家まで送りますよ」
「いや、いいって!君も早く帰りな」
私はそのあと全速力で走った。
地下鉄の駅に向かって。
あんな冗談か本気かわからない言葉に動揺して、三十路社畜女が情けない。
しっかりしろ私!
地下鉄の改札を出て、ホームに降りて、来た電車に飛び乗った。
真っ暗な地下鉄の窓の外。
地上に出た時に、月が見えた。
丸い月。
満月だろうか。
その時、スマホに通知がきた。
『勇凛です。突然驚かせてすみませんでした。でも俺は本気です。明日また話しましょう』
どうしよう……。
満月を見上げながら、彼の顔を思い出していた。




