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第五話 狂気への入り口

真夜中にふと、違和感を覚えて目を開ける。


「アルビオン……?」

「寝てろ」

「さすがに分かるわ。これは寝ていたらダメなのでしょう?」

「……」

「焦げ臭い……」


あぁ、これは戦場の匂いだ。

血の匂いこそ無いが、火薬や何かが焼ける匂い、人の臭い、聖女の時の記憶が危険が迫っていることを告げている。


「逃げないと、アルビオン!」

「……アニマ」

「なに?」

「お前だけ先に逃げろ」

「どうして?アルビオンが飛べば一緒に逃げられるわ」

「お前より体の大きな俺は格好の的だ。落とされる」

「私の結界でなんとかするわ。得意だもの」

「ダメだ」

「どうして、アルビオン。私は大丈夫よ。聖獣なのよ?特別だもの、絶対に大丈夫」


アルビオンが初めて私の体にその頭を押し当ててきて驚く。

それは大事な大事な願いを私に伝えるように、興奮する私を落ち着けるように慈愛に満ちていた。


「アルビオン……?」

「お前を守りたい。あの数ではすぐにこの森は蹂躙される。俺が出ていけば逃げる時間は稼げるだろう」

「だから私が!」

「アニマ!分かってくれ、頼むから……。お前をあいつらの目に晒したくない、その特別はお前の平和を脅かすものだ。それを人目に晒したが最後、永遠に狙われる」


特別じゃないって言ったのに、どうしてそんな事を言うの?

私だってあなたを人間に見せたくない、ずっと独り占めしていたいのに!


「それは、あなたも一緒でしょう?」

「あいつらの狙いは俺だ」

「え?」

「人間の間でドラゴンは不老不死の薬の材料になるとされている」


不老不死。

どうしていつの時代も人間はそれを求めるのだろうか……。

どうしてそんなものの為にアルビオンが狙われなければならないのだろうか……。


「頻繁に飛んでいたからな、どこかで見つかったんだろう」

「ダメ、絶対ダメ。言ったでしょう?死ぬのってとっても痛いの、傷つくってとても苦しいことなのよ!?」

「……アニマ、もう一度言う。その特別を人に晒してはダメだ」

「生きるって約束してくれないと嫌!!」

「どれだけ時間がかかっても会いに行く」

「ねぇ、そうじゃないの。わかってるでしょう!?」



私の言葉にアルビオンは何も言わなかった。

ただ、己の鼻先を私の鼻先につけ、「さよなら」と言葉にする。


「嫌よ、ダメ、行かないで、ねぇ、お願いだから」

「約束は必ず果たす。だから今は……」



大きな足で私は掴まれ、勢いよく人間がいる方向とは反対側へと放り投げられる。

私には飛ぶ能力が無いということをアルビオンは分かっているのだ。



「アルビオン!!!!!」



それが私とアルビオンの最後の別れだった。




着地した先から急いでアルビオンのもとに駆け付けたけど、その途中で、アルビオンの最後の悲鳴が森中に木霊した。



大急ぎでアルビオンの元に駆けていき、彼を「壊そう」とする人間を蹴散らして、結界で私とアルビオンだけの世界を作る。


「アルビオン……? ねえ、起きてよ、アルビオン」


返事はない。 どれほど体当たりをしても、どれほど聖属性の力を注ぎ込んでも、彼の瞳に光が戻ることはなかった。


ねぇ、アルビオン。私、どうやって生きていったらいいの。

あなたの居ない世界での生き方をもう思い出せないよ……。


1日目。あぁ、今日も目覚めない。

2日目。いつも冷たい体だけど、お日様に当たれば温かくなるのに。彼は冷たいまま。

3日目。……。

4日目。……。


私は冷たいままの彼の亡骸に体を預け、その翼の下で丸まっていた。

かつてあれほど温かく私を包み込んでくれた翼は、今はもう、凍てつく石のように冷たく重い。


世界は、こんなにも冷たくて、絶望に満ちている。


人間たちは、不老不死なんて身勝手な欲望を抱えて、この地獄のような世界で永遠に生き続けたいと願っている。

これからも奪い合い、傷つけ合い、私やアルビオンのような絶望を、ずっとずっと生み出し続ける。


……なんて、可哀想な生き物。


こんなに苦しい世界に留まり続けるなんて、それは救いようのない不幸だわ。

死なせてあげれば、もう何も欲しがらず、この冷たい世界に絶望することもないのに。


「……分かったわ、アルビオン。私、みんなを『幸せ』にしてあげる。特別な私にはそれができるし、女神様も仰っていたわ。人々を幸せにするのよ、って。私の役割は、人々を幸せにすることですものね、女神様」


ふっと、涙が止まった。溢れていた涙が乾くと同時に、私の目の前には救済を求めている世界が広がっていく。

視界が驚くほどクリアになり、体の中から、かつてないほど力が溢れ出してくるのが分かって嬉しかった。

だって、女神様がそうだよって言ってくれているのだもの!


「生という不幸から、今すぐ私が、一人残らず解放してあげないと……」



それが私の「使命」だから。



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