第三話 「私」の名前
「体調はどう?」
「おかげさまで、退屈な時間が伸びたな」
「話し相手がいるじゃない、目の前に」
呪いを浄化した後も、特に動きもせず体を丸くしているドラゴンに話しかけるのが日課になっていた。
目覚めて、水浴びをして、ドラゴンと話をする。そうして夜はその傍らで体を丸めて眠る。
彼は私を邪険にしないけれど、興味もなさそうだった。
それがなおのこと不思議で何故と思ってしまうのだ。
普通は特別な力を持つものがいれば興味を持つから。
「ねぇ、どうしてあなたは私に興味がないの?」
「逆に興味を持たれる存在だと?」
「だって私は特別よ?」
「特別?お前が?」
「ええ。聖属性の力が使えるし、呪いも浄化できる。傷も治せるし、聖獣として美しい狼の姿だわ」
こんな力を持っているのは世界中どこを探しても私しかいないと思う。
それなのにこのドラゴンはちっとも興味を示さない。それがなんだかちょっとだけ悔しい。
「珍しい事と特別な事は一緒じゃない」
「どういうこと?」
「お前の力は珍しいだろう。だが、それを特別と思うかは相手次第、ということだ」
「だから特別でしょう?」
「俺にとっては特別じゃない。むしろうるさい存在だ」
「私、うるさいかしら?こんなにお話したの初めてだから分からないわ。ねぇ、あなたのうるさい基準ってなに?」
「お前はまるで子供のようだな。なんでも知りたがる」
子供と言われたのは初めてで首を傾げてしまう。
聖女時代には子供という年齢を経ているけれど、そのころからもう「聖女」だったし、人々を幸せにすることが当たり前だと思っていた。
私に子供時代は無いのと同じだから、子供というのがどういったものか分からなかった。
「知りたがるのはいけないこと?」
「悪いことではないが、いいことでもない」
「どういうこと?」
「自分で考えることだな」
「あ、ずるい!」
目をつむってそれ以上の会話を拒否した彼をどうこうする術を私は持っておらず、仕方なくその体に自身の体を預けて同じように目をつむる。
彼はいつも自分で考えろという。
答えるのが面倒なのか、それとも別の理由なのかは分からないけれど、答えを教えてはくれない。
でも、考えることが私にとっては楽しかったりするのだ。
「ねえ、聞いて、さっきね、精霊たちが喧嘩をしていたの」
「……」
答えは無い。けれど、彼は存外人の話を聞いてくれるから、遠慮なく話を続ける。
「何で喧嘩をしていたと思う?」
「……さぁな」
「名前の事で喧嘩していたのよ。どっちがより美しい名前かって。それがおかしくて、おかしくて、名前なんて記号なのに」
「お前は名前を記号と思うのか?」
「ええ、他者を識別する記号でしょう?そこに意味なんてあるの?」
私の問いに、彼は深くため息をついて、ピンと爪で私の鼻先を弾いた。
「痛いわ!」
「随分と特殊な生を送ってきたようだな。聖獣とて魂に刻まれた名ぐらいあるだろう?」
「無いわ」
「……無い?」
「ええ、ほかのものは魂に刻まれているの?生まれた時から?あなたもあるの?」
魂に刻まれている名とはなんだろう?
それは全ての人にあるのだろうか?自分で分かる物なの?
ふつふつと湧き上がる疑問をぶつけたい気持ちを抑えて、彼の言葉を待つ。
「……アルビオン」
「アルビオン……。意味は?」
「白き、とかそういう意味合いだな」
「あなたにぴったりね、アルビオン!」
名前というものを意識した事はなかったが、なるほどそういう魂に刻まれたものがあるのかと理解はした。
それが欲しいか問われると、必要とも欲しいとも思わなかった。
私を私として認識できる「白い狼」とか「聖獣」という記号があるので不都合はないし。
そう思っていると、アルビンオンはじっと私を見つめ、きゅっとその瞳孔が小さくなった。
その瞳に映っているのが、聖獣というこの形ではなく、もっと深い場所にある「何か」であると直感し、私は息を呑んだ。
「アニマ……」
「え?」
「それがお前の魂に刻まれた名だ」
私の胸の奥で、今まで一度も感じたことのない熱い何かが弾けた。
それは女神様に褒められた時の充足感とも、人々に感謝された時のいいことをしたという感情とも違う。
「聖女」でも「聖獣」でもない、何の色もついていない「私自身」を、誰かが初めて真っ直ぐに見つけ出してくれた。
そんな、震えるような喜びだった。
「分かるの?」
「そういう目を持っている、というだけだ」
「私だけの名前?」
「魂に刻まれているのはそれ一つだな」
「どうして教えてくれたの?」
「その魂が呼ばれるのを求めていたのを感じただけだ」
ふいっとそっぽを向いて再び寝る体勢になったアルビンオンに、私を見て!と体当たりをする。
「私、アニマっていうのよろしくね!」
嬉しくなってぴょんぴょん跳ねていると、アルビオンの大きな翼でそれを邪魔される。うるさいという抗議なのだろうけれど、どうでも良かった。
「記号じゃないってこんなに素敵な事なのね!」
魂に刻まれた、唯一無二の私だけの持ち物。
泣きそうなぐらいそれが嬉しくて、幸せで、勢い余って再びアルビオンに体当たりしてしまったけれど、全然痛くないぐらい高揚していた。




