第一話 聖女としての死
「その力は人を救い、幸せに導くために使うのですよ」
「はい、女神様!」
柔らかな光の中、暖かく私を包み込み、人が幸せになるための力を与えてくれる女神様。
私にだけ与えられた特別な力は、女神様の目の届かぬ人々を幸せにする為のもの。
そのどこまでも優しい声は、私の奥深くに響き、存在を定義する。それに従うことが、私にとっての唯一の正解だと。
「聖女様、こちらの親子が……」
「はい、すぐに」
病に苦しむ子を抱えた母親。その縋るような想いに応えて病を癒す。
そこに私の意志はなく、ただ「癒すべき箇所」があり、教会に言われたから、女神様から与えられた力を注ぎ込む。
人が生きるために呼吸をするように、当たり前の作業として。
そんな私に涙を流して感謝をするけれど、私にはその感情がなんなのか分からない。
女神様に与えられた力はそういうもので、それを使ったに過ぎないのだから。
「聖女様、戦場で……」
「もちろん、伺いますわ」
体の一部を無くし、苦しむ方。その無くした一部を女神様のお力で再生する。
皆は奇跡だと言うけれど、これも女神様が与えてくれたもの。
与えられたものを、人々が幸せになるために使うのは当然の事だ。
「聖女様、国王が……」
「はい、もちろん」
不治の病に苦しむ国王。国王がいなければ人々の幸せは成り立たない、だから私は人々の為に奇跡を起こす。
たくさん感謝されたけれど、私は女神様の意思に従っているに過ぎない。
私には特別な力は無いのに、誰もそれを分かってくれなくて少し困ってしまう。
「いい子ね、私の愛しい子。人々を救い、清く、美しくあるその姿はとても愛おしい。あなたに多くの力を与えた事は私の誇りです」
「ありがとうございます、女神様。これからも人の幸せの為に頑張ります」
私の力は奇跡だと言われているけれど、私にとってはそうではなかった。
女神様がノーと判断すれば、その人は助からないし、奇跡も起きない。
生も死も、女神様が決めた『正しい結果』なのだから、私が何か思うことはない。
「なぜ、助けてくれなかったのか!!なぜ、我が子を死なせた!!!」
その怒りが分からない。だって女神様がノーと言ったから、亡くなってしまったのだ。
「不治の病が治せるのであれば、不老不死も可能なのではないか?」
いいえ。女神様はそんな力を私には与えていない。女神様が生かすべき、と思った方は生きられるけれど、それは人の寿命の範疇の話です。
この時、私は知らなかったのだ。
人がどれほど死の恐怖に怯えるものなのか、生への執着がどれほど狂気へ駆り立てるものなのか。
「金が足りないのか?」
「地位が足りないのか?」
「名誉が足りないのか?」
いいえ、いいえ。
女神様はそういった物で判断いたしません。私にはどのような判断をされているか分かりません。
「なぜ、出し惜しみしている?!何をお前は望む!!」
人々が幸せに穏やかに暮らせることを望みます。苦しみは私が取り除きましょう、生死に関しては女神様に委ねましょう。
ただ、幸せに人々が生きることを望みます。
「もういい。その女を捕らえ、投獄しろ!!」
なぜですか、女神様。
私はよい行いをしてきました。多くの力を人々を救う事に費やしてきました。
「さぁ、不老不死の方法を教えろ!!」
髪、爪、指……生死に関係のない部分を切り取られていく。
痛い、痛い、痛い……。
「お前の体を取り込んでもダメだった。言え、言うんだ!!」
その狂気は私を「力のある只の物」として見ている。
「矜持を折れば方法を口にするのだろう?俗物に落としてやる」
あぁ、綺麗な私が汚されていく。
女神様の愛した私が無くなっていく。
どうしてですか、女神様。
どうして、あなたは私を愛したのですか?
どうして、あなたは私に力を与えたのですか?
どうして、あなたは私を助けてくれないのですか……!!
今まで一度も疑ったことのなかった「世界の理」が、音を立てて崩れていく。
私は女神様の誇りであり、愛しい子であったはずだ。正しく、清く、命じられるままに役割を果たしてきた。
それなのに、私の危機に女神様は何も応えてはくれない。
「あぁ、あああああああ!!」
それは、聖女として捧げてきた美しい祈りではない。 壊れた機械が上げる異音のような、剥き出しの、醜い生存の叫びだった。
助けて、助けて、助けて。
私を愛しているのなら助けてよ……!!!
「……殺せ」
その一言で、私の人生は幕を閉じた。




