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#強制家庭訪問

人の気配を感じ、振り返る。

でも、誰の姿もない。

三毛猫がのっそりと道路を横切っているだけだ。


気のせいだったか。

再び歩き始める。


間違いない。やっぱり誰かが僕をつけている。

もう一度振り返り。

じっと様子をうかがう。


今日に始まったことではない。

気配を感じるようになったのは、そう、リレー祝賀カラオケの会の翌日からだ。


「あの、島江さん……何で隠れて僕を尾行しているのかな?」


数秒して、電柱の陰から制服姿のショートヘアの女子がソソソと姿を現した。

「おう、コウイチ、よく気づいたな。さては動体視力がいいノカ? 聴覚が人並み以上に発達しているのカ?」

「……いや、島江さんほどじゃないと思うけど……でも最近五感が鋭くなっているような気がする」

「それは何ヨリ。きっとウチとおつきあいしている効果ダ。これでいつ宇宙人がコウイチを誘拐しに現れても、逃げおおせることができヨウ」

「……なるべく宇宙人に追いかけ回されない人生を送りたいけどね」

 今、まさに謎のエイリアンに追跡されているような気もする。

「でさ、何で僕の後をつけてるんだろう?」

「話はカンタンダ。コウイチの家がどこかを突き止めている最中ダ」


この間のカラオケの帰り、島江さんの家と僕ん家が意外と近いことを始めて知った。微妙に小中学校の学区が別れていて、それで会ったことがなかったらしい。

「なんだ、そんなことか。別にコソコソしなくったって家の場所くらい教えてあげても全然構わないよ」

「ソウカソウカ、それは嬉しい限りダ」

彼女の表情からあまり嬉しさは伝わってこないが、サササっと僕の隣りに並んだ。

「コウイチの家がもし、謎の組織のアジトだったらどうしようカと心配しておったノダ」

「……一階で商売をやっているけど、多分、うちの店と妖しい裏組織のつながりはないと思う」


そんな話をしているうちに僕ん家についた。


島江さんは『さわむら生花店』と古風な書体で描かれた白い看板を見上げた。


「コウイチのお家は花屋さんだったのか? 素敵だナ」

「ああ、父方のじいちゃんの代から細々と続けてる」

「でも、こんな住宅街のド真ん中でよくお客が来るナ……ヤッパリ謎の組織と……」

「……謎の組織ではないが、近所にお寺と結婚式場があって、そこにはお世話になっているよ。島江さんもよかったら贔屓ひいきにしてくれるとありがたいけど」


花屋にしては、地味な店構えだと思う。でも、一応店の外にも季節の花や定番の切り花、観葉植物の鉢物なんかが並んでいる。住宅兼店舗の前まで来ると、様々な花の香りがいつでも学校帰りの僕を迎えてくれる。島江さんもクンクンしながら興味深そうに眺めている。

じゃあここで、と現地解散しようとしたが、

「ちょっとお店を覗いてもいいカナ?」

「ち、ちょっと待って……」

止める間もなく、彼女は入り口のガラスドアを押して店内に入ってしまった。


中には父と母がいた。島江さんのことを何て紹介すればいいのだろうか?


今の時間、店内にお客さんはおらず、母はフラワーアレンジメントを作っている最中で、父は店の奥で伝票の整理をしていた。


「いらっしゃい……」

お客さんが来たかと二人とも手を休めた。揃って顔を上げるとポカンと口を開け、島江さんと僕の顔をかわりばんこに見比べた。ちょっとリアクションが大げさなのでは?


「お帰り、コウイチ……えーっと」

母が中途半端に声をかけてきたが、「この子は誰?」と聞きたかったのだろう。

「あ、こちらは島江さんといって……」

「初めましテ。ウチは島江 凪デス! 二年の私立文系クラスにいマス! コウイチ…君の友達デス」

「あらそうなの? コウイチは理系のクラスだったと思うけど」

クラスが違うのに、何がきっかけで友達になったのかと聞きたいらしい。島江さんもそれを察知して話を続けた。

「学食で初めてコウイチ君と会ったときに、ウドンといなりずしを食べさせてもらって、それからのお友達デス」

……父の頭の上に大きな?マークが浮かんでいるのがわかるが、僕は「まあ、だいたいそんな感じ」とお茶を濁して島江さんを店の外に連れ出そうとした。ところが彼女は店内に飾ってある花々の鑑賞を始めた。食べ物以外でこんなに興味深そうにしているところを初めてみたような気がする。


狭い店内の通路をウロウロと歩いていたが、やがて、燃えるように鮮やかなリボンが重なっていような生花の前で島江さんの足が止まった。そして、顔を近づけて香りをかいだ。なぜか彼女は小さな口を開けた。

「あっ島江さん、その花、グロリオサは食べられないぞ!」

「こんな毒のあるお花、食べるわけないダロ……でもコウイチ、毒があるってよく知ってるナ?」

「……一応、花屋の息子だからね。それより島江さんこそよく知ってたね」

「そんなもん、花の香りを嗅げばワカル」

「え! わかっちゃうの?」


そんな会話を微笑ましそうに聞いていた母が寄ってきた。

「フフフ、実はね、コウイチは小さい頃、鈴蘭の花を食べようとしたことがあってね」

「母さんそれは……」

「慌てて止めたんだけど、また同じ事やりかねないから、毒のある花を仕入れる度に教えたの。だいたい花を食べようとするなんてどうかしてるよね」


母は、同意を求めるように島江さんに視線を送ったが、当の島江さんはその場に立ちすくみ、「……スズラン……シズク……」つぶやいてフリーズしてしまった。数秒後、彼女の黒い瞳からポロポロと涙がこぼれてきた。

「あらあら大丈夫かしら」と母は慌ててハンドタオルを探してきて彼女に手渡した。

「コウイチが何かひどいことしたの?」

「……母さん、見ての通り僕、さっきから島江さんに指一本触れてないけど」


少しして落ち着いてきたのか、彼女はタオルから顔を上げた。

「ごめんなサイ。なんでもないんデス……ただ、以前シズクにスズランの花は食べちゃダメだよ、可愛い花だけど毒があるからねって教えたことがアッテ」

そう言って、彼女はまたハンドタオルに顔を隠した。


もう一度涙を拭くと、

「お母サマ、タオルありがとうございマス。これ、洗って返しマス」

「いいのよいいのよ、そこらへんに置いといて……それにしても鈴蘭みたいに可愛いあなたがよくコウイチとお友達になってくれたわね」


母のその言葉を聞いて、そうか、スズランのように島江さんには毒があるのか。可愛い友達のふりして僕に近づいて毒殺しようとしているのか? という妄想を抱いた。


「いいえ、ウチこそ感謝してマス……ここに来れたのも、コウイチ君のおかげナノデ」

店に連れてきただけなのに大げさな話だ。


彼女は僕の方に向き直って聞いた。

「コウイチは、将来お花屋さんをツグのか?」

その質問に父が過剰に反応し、聞き耳を立てた。

「いや、僕は……」

「この商売、仕入れから花の管理にアレンジメントや配達と、きつい商売だしね……アタシ達の代まででいいかなって思ってるのよ、ねえ、お父さん?」

「え!……うん、まあな」

母がフォローに入って、父に返事を強要したようにも見える。


「ソウカ。それは残念だな……なんならウチがコウイチと一緒にお花屋さんをやってもいいのダゾ」

「ちょっ、ちょっと島江さん!」慌てる僕。

島江さんの爆弾発言に、父の顔がぱぁっと色づくのがわかった。

「まあ! それは社交辞令でも嬉しいわ、ナギちゃん」

と母も喜んだ。……母さん、だいたいなんでもう「ナギちゃん」呼び?


今手が離せないから、島江さんに家に上がってもらって、お茶とお菓子でも出しなさいと母に言われ、しぶしぶ彼女を招き入れた。

僕が紅茶とバウムクーヘンのもらい物をセットしている隙に「コウイチの部屋を見せてクレ」とダダダっと二階に上がってしまった。お盆を持って慌てて追いかける。


どこでどうやって判別したのかわからないけど、島江さんは僕の部屋に入って、ちゃっかりと勉強机の椅子に座っていた。


「どうシタコウイチ、血相変えて追っかけてきて……なにかヤマシイものでもあるノカ?」

「そんなものはないよ。確か、部屋を散らかしっぱなしだったなと思って」

「いやいやどうして、全然キレイに片づいているじゃないカ?」

そう言いながら彼女は椅子から立ち上がると、部屋の隅、本棚の手前、そしてベッドの下など、超速で移動し、何かを探していた。


「……あのね、今どきの高校生がベッドの下にやましいものを隠していると思う?」

「うーん、漫画やラノベやアニメを見ると、それが定番ナンダガ……」

「このデジタル化が進んだ現代で、紙製のものなんて」

「じゃあ、いったいどうしてるんダ?」

「それは、誰にも明かせない、永遠の秘密にしておいて欲しい」


島江さんに紅茶とお茶菓子を勧めたら、僕の分まで、ねんりん家のバウムクーヘンを平らげた。


こういう二人っきりの場で、女の子とりわけ島江さんと会話をつなぐのは難しい。僕がまごまごしていると、

「こんどウチの家にも遊びに来るとヨイ。といっても母さんしかいないケド、紹介しよう」

お母様に何と言って僕を紹介するつもりだろうか。

「ああ、そのうちな。そう言えばお父さんは単身赴任だったけ。それからさっき、『シズク』さんって、言ってたけど、妹さんがいるんじゃないの?」

「……イヤ、一人っ子ダ」

「???」

謎だ。


「では、お邪魔したナ。そろそろ帰るとスル」

そう言って彼女はカバンを持ってスクッと立ち上がった。



僕も立ち上がると、急に島江さんが抱きついてきた。

そしてぽそっとつぶやく。

「ここに来れてほんとヨカッタと思う。コウイチに会えたし、学校も楽しいシ」

「?」

「でも、ちょっとサビシイ……兄弟姉妹たちに会えなくなってナ」

「……島江さん、一人っ子じゃ?」


「これ以上聞かんでクレ」


今度は彼女は涙をこらえ、僕から離れると、ゆっくり階段を降り、玄関に向かって歩き始めた。


住居用の玄関を出ると、母が黄色い花がこぼれるように咲いている小さな鉢花を持って立っていた。ポットは花と同系色のラッピングとリボンで飾られている。確か、メランポジウムだ。

母はそれを島江さんに差し出した。

「花屋に来て手ぶらで帰すわけにはいかないでしょ。よかったら持ってって……育て方と花言葉はコウイチが教えてくれるからさ」

「あ……ありがとうございマス」

彼女は小さな鉢を抱くように受け取った。そして、あまり強い香りを放たないメランポジウムの花の匂いを嗅ぎとろうとしている。


僕は彼女を途中まで送ることにした。で、道すがら花言葉を教えなくてはならない。


それは、『元気を出して』……そして、『あなたは可愛い』。



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