#飛べない鳥
>ねえ、打ち上げやるよ!
体育祭で組んだリレーチーム、白組のリーダーのタマミからLINEが入った。今度の土曜の午後、場所も指定されている。
同学年のクラス横断のチームだけど、奇跡の優勝を果たして、なんだかメンバー八人で盛り上がってしまい、LINE交換しておいた。
あ、僕と島江さんはそんなに気分的に盛り上がってたわけじゃない。僕もそうだけど、どうやら島江さんも、みんなとワーワー騒ぐのはそんなに好きじゃないみたいだ。でも、僕が彼女を抱っこしてアンカーを一緒に走って奇跡の優勝となってしまったため、僕ら二人が打ち上げの主役とのこと。照れるんだけど……
当の土曜日、午前の補習授業の後、僕らは生徒達が電車通学に利用する駅の真ん前にあるカラオケの店『パセリ』に入った。
なぜか、当日のドレスコードが決められていて、あの体育祭の時に作った、白組オリジナルのTシャツ――背中に羽が生えていて、胸のあたりに、シマエナガの
● ◆ ●
の顔が描いてあるやつ――しかも、体育の授業のハーフパンツだ。
女子たち、結構このTシャツ気に入ってるみたいなんだけど、胸のあたり、恥ずかしくないんだろうか?
「二人はさ、優勝の立役者なんだから、仲良くこっちのお誕生席に座んなさい」
タマミに勝手に席を決められてしまった。僕がマゴマゴしていると、島江さんが
「ほれ、コウイチ、せっかくのご厚意ダ。無にするでナイ」
と僕の手を引いて無理やり座らされてしまった。チームメンバーから冷やかされ、少し照れる。
「じゃあ、白組の優勝を祝して、カンパーイ!」
まずタマミが乾杯の音頭をとった。みんな手に手に、タピオカドリンクやらパインジュースやらキウイソーダやらクリームソーダやらのグラスをぶつけ合った。この店、ドリンクもそうだけど、フードメニューも充実している。
さて、ここからが問題だ。
僕は人前で歌うのは苦手だ。でも今回、主役の一人みたいだし、きっと一、二曲は歌わないとみんな許してくれないだろう。もう一人の主役、島江さんはどうだろうか?
「うむ、これがハニートーストか。デカいがウンマイナ。トッピングのアイスもなかなかのもんダ」
「ねえ、ナギちゃん、一曲どう?」
立方体のトーストに夢中の島江さんに、幹事のタマミがカラオケの端末を差し出す。
「残念ながら、ウチは歌はからっきしでネ。悪いけど、今日は『食べ専』に徹するノダ」
そう言って彼女は、ハニートーストをあっという間に平らげてしまった。
「そう、それは残念」とタマミ。
「だがナ、ウチの隣りに座っているイケメンが美声を披露してくれるでアロウ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
慌ててカットインする。イケメンとおだてられるのは嬉しいが、僕だって歌はからっきしだ。レパートリーはと言えば……一曲ぐらい。
「タマミ、すまないが僕もあんまりカラオケやったことなくてさ、適当なところで一曲だけ歌うから、まずはみんなで楽しんでくれ」
「わかった……じゃあ、あとでビシッと決めてね」
「そんなに期待されても困るなあ」
それからは、飲めや歌えやの大騒ぎになった。もちろんノンアルだけど。
この人たち、なんでこんなに歌知っているの? なんでこんなに歌が上手いの? 勉強や部活はしてるの? と疑問だらけだったが、とにかく、予約端末の取り合い、マイクの奪い合いになったので、ひょっとしてこのまま歌わずにすむかもしれないなと甘い期待を抱いた。
「チームメイトは、みなレパートリー豊富だが、勉強や部活をちゃんとやっているのだろうカ?」
島江さんが僕の思考を読み取ったかのように呟いた。
彼女はと言えば、
「マルゲリータ、ウンマイナ!」
「このガパオライスとやらもいけるゾ、コウイチも遠慮せずにたんと召し上がレ」
「あの、もうお皿、空っぽなんだけど……」
そんな感じで、お誕生席に運ばれた料理を次々と平らげている。この小っちゃい体のどこにそんなに入るんだろう。
〇
「みなさん、宴たけなわではございますが、そろそろ退場時間となります」
名残惜しそうにタマミがマイクを通してそう告げた。
よかった。歌わずにすみそうだ。
「では、大トリとして、コウイチ君に一曲披露していただきましょう」
「え!」
すっかり僕のことなんか忘れて、歌ってはしゃいで楽しんでいたと思ったのに……
「コウイチ、ぜひ、キミの歌声を聞かせてホシイ」
隣りに座っている女子が、珍しく黒くてつぶらな瞳をウルウルさせて訴えてくる。
しょうがないなあ。
僕は端末を受け取り、検索して予約した。
すぐに画面が変わった。
――――――
飛べない鳥
ゆず
――――――
拍手が起きる……立てと促される……心臓バクバクだ。
ドライブ好きのオヤジは、僕が小さい頃から、たまに店が休める日にあちこちに家族を車で連れていった。その時必ず車内で流れていたのがこの曲だ。
オヤジの音痴な歌声とともに、いつのまにか耳コピし、僕自身もいつのまにか口ずさむようになっていた。
うう、声が出ない。
このフォークデュオ、無茶苦茶声が高いのを忘れていた。キーを下げてもらえばよかった。
隣りの島江さんをチラッと見ると、目が点になって熱唱する僕を見上げている。
ラストのサビの部分。なぜかハモった⁉
隣りの国文クラスのヨウスケがマイクを握って加勢してくれたのだ。いや、無茶苦茶熱唱してるし、加勢というよりも、ただ歌いたくなっただけかも知れない。あるいは聴くに堪えかねて、フォローしてくれたのかも。
僕たちは、無事に歌い上げ、白組のチームメンバーから大きな拍手をもらった。
〇
今、島江さんと僕は、この街の中心を流れる川の堤防を歩いている。
カラオケに参加した他のメンバーは、みんな電車通学なので駅でお別れしたが、学校近くに住む僕ら二人だけが徒歩で家路についた。
だいたいの住所を聞くと、島江さんの家は意外と僕の家の近くだ。
「けっこう家がそばなんだけど、通学途中とかで会ったことないね」
「そうダナ。ウチは、始業時間ギリギリに猛ダッシュで学校に向かうからナ」
「……車には気をつけてくれ」
猛ダッシュで疾走する島江さんとバッタリ会っても、その姿を視界に捉えるのは難しいのかもしれない。
川向うの地平線近くに夕陽が大きく見える。
堤防上の歩道には、ところどころベンチが備えつけられている。
島江さんはそれに座った。
僕も釣られて座る。
「……お願いがあるんダガ」
彼女の頬は夕陽に照らされ、優しく吹き抜けた風に短い髪がサラサラと揺れた。
「なにかな?」
「さっきの歌、もう一度、歌ってくれマイカ?」
「え?」
「……その、『飛べない鳥』を」
「ここで?」
「ウム」
「どソロで?」
「オウ」
「アカペラで?」
「もちロン」
彼女は僕の顔を見つめた。真剣な眼差しだ。
「じゃあ、一つだけ、交換条件」
「できることならナ」
「島江さんもワンフレーズでいいから、なんか歌って」
「エ⁉」
彼女はしばらく黙っていたが、観念したのか「ではお先ニ」と口を開いた。
チチチッ ピーピーー チュリリリリリッ
……小鳥のさえずりのようでもあるが、何かの暗号とかだろうか?
「以上、ワンフレーズ。おしまいダ」
と言い、いつもは真っ白な頬を赤らめて下を向いた。
ひょっとしたら、島江さんの恥ずかしがっている表情を初めて見たかも知れない。
僕は約束通り、飛べない鳥をワンコーラス歌った。
「アンコール」
「え?」
歌♪
「ウム、なかなか。さらにアンコール」
「ええ!」
歌♪
「ぐっとキタ。もいっかいだけアンコール」
「えええ!!!」
歌♪
……結局、三回歌わされた。喉がカラッカラだ。
「さあ、帰ろう」
僕は立ち上がり、なかなか席を立たない彼女を促す。
「ウチも、また飛べるように……なりたい」
そう呟いた彼女の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
その時は、その涙の意味、彼女の気持ちを知るよしもなかった。
島江さんはスクッと立ち上げると、いつものポーカーフェイスに戻って僕の隣りに並び、長くの伸びた影を見ながら一緒に歩いた。