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#あの子とつないだバトン

秋は体育祭に学園祭と、イベントが目白押し。学校行事とはちょっと距離を置いている僕にとっては厄介な季節だ。


まだ夏の暑さが抜けない九月の中旬、全校体育祭が行われる。

ボールを追っかけるのが好き、走るのが大好きという健全な少年少女にこのイベントは任せて、「客席応援団」として味方チームの鼓舞に徹しようとしていたが、そうは問屋が卸さなかった。


「今年の男女混合リレーの選手は、先日授業で計測した五十メートル走の上位者から選出させてもらいました」

と、ホームルームの時間にクラスの体育祭実行委員である女子生徒から発表があった。

「では、赤、白、青、黄、緑、ピンク、ブラック、パープルの各チームの選手を発表します」


僕はそんなに足が速い方じゃない。リレーは関係ないなと思っていたが……

「じゃあ、白組の代表は、コウイチ君もお願いね」

「え⁉ 僕?」

「そうよ、君の五十メートルのタイムは、クラスでベスト・ファイブだよ」

「え⁉ まさか?」

クラスメイトも意外そうな顔をして僕を見ている。


確かに、体育の授業で五十メートル走を計測したとき、なんだか体が軽いなと感じられた。記録はよく覚えていない。


そうか……あれか。

つい最近まで僕は『昼休み、ナポリタンと焼きそばハーフ&ハーフの限定コッペパン』の争奪戦に参戦していた。四時限目のチャイムが鳴った瞬間に購買にダッシュする。でも、なかなかゲットできない。『島江凪シマエナギ』という同学年の女の子が余裕で一番最初にゴールインし、僕が着いたころには、品切れになっていることが多かった。

このレースで島江さんに追いつこうと、知らず知らずに脚力が鍛えられていたのだろう。伴走者の力? 恐るべし。


 ○


「ヤア、コウイチ、一緒のチームになれてよかったナ」

リレーの練習日にそう声をかけてきたのは島江さんだ。うちの高校の体育祭では、学年横断で、赤、白、青、黄、緑、ピンク、ブラック、パープルのチームに分けられ、島江さんも僕とおなじ白組らしい。

「アノ昼休みの走りができれば、君も白組に十分貢献できるでアロウ」

「さすが、学年でトップクラスのアスリートは余裕だな。僕はなんとか足をひっぱらないように走るので精一杯だよ」

クラスの実行委員に聞くと、五十メートル走は、島江さんがぶっちぎりで学年一位だったそうだ。

「さあみんな、走る順番を決めて練習するよ」

チームのリーダー格の女子、国文クラスのタマミがみんなを集めた。彼女はそれぞれのタイムを聞き、バトンパスをやらせてみて、テキパキと走る順番を決め、みんなにそれでいいか確かめた。タマミ、できる子だ。


ちなみにメンバーを紹介しておくと……国文クラスのタマミ、バスケ部で大柄なヒロト、いかにも陽キャな国文のヨウスケ、リケ女のキヨミ、寡黙な理系男子のタク、日焼けしていかにもアウトドア派の私文のフウカ、そしてナギと僕コウイチ。以前、島江さんにズバッと指摘された通り、僕は交友関係が広い方ではないけど、こうやって学年の仲間たちと知り合いになれるのもいいなと思った。


八百メートルリレー。百メートルずつこの八人でバトンをつないで走る。アンカーは、文句なく島江さんに決まった。僕はというと、七番目……つまりアンカーの島江さんにバトンを渡す役だ。


練習は主にバトンの受け渡しが中心になった。別に最初からそれを重点的にやろうとしたわけではない。僕が悪いのだ……いや、島江さんか?

アンカーの島江さんにバトンを渡そうとするが、助走する彼女のスピードについていけず、テイクオーバーゾーンの中でうまくバトンタッチができない。

「ハアハア、あの、島江さんさあ、最初は超ゆっくりでいいよ、君の加速力はハンパないからさ、ハアハア」

「ウム、わかっタ。少し抑えめにシヨウ」


わかったと言ってくれるが、いざ走り始めると、待っていてくれない。

最後の方でなんとか島江さんにバトンを渡せるにようになったが、本番で成功する確率は低そうだ。


勝負の命運は、僕と島江さんのバトンパスの出来不出来が握っているが、不安材料を抱えたまま体育祭本番を迎えてしまった。


 ○


当日は快晴。湿度が低く、カラッとしているが、この季節にしては暑い。

朝の準備運動の後、白組のリレーチームのリーダーから召集がかかった。

「みんな、一致団結して走れるよう、お揃いのTシャツを作ってみました……後で千円ずつ集金するけど」

千円の出費は痛いなあとぼやきつつ、ビニール袋に入ったTシャツを受けとる。


広げてみると……

「あの、これ」

「どう? かわいいでしょ? ナギちゃんのデザインよ」

「これ、女子的には問題ないの?」

白組の男子が控えめに聞く。

「どうしてよ?」

「だって……」


そこに島江さんが登場。

「ジャーン、どうダ、カッコいいダロ?」

彼女は既に白地のTシャツに着替えていた。白組だから、生地の色が白ベースなのは順当なところだろう。


島江んさんは、くるりと背中を向ける。

「わ、やっぱかわいいね!」

背中には、線画で鳥の羽が描かれている。

「飛ぶように速く走る、という気持ちを込めたんダ」

そして彼女は前に向き直った。


チームの女子メンバーは、それを見て始めて理解した。

シンプルなイラスト。



 ● ◆ ●



島江さんが、卓球のピンポン玉にも描いた、目とくちばしを丸とひし形だけで表現したシマエナガの顔。

問題はその位置だ。


両目の位置がちょうどバストトップの位置にあたる。いやでも胸が強調される。

島江さん、けっこう胸が……


「コラコラ、コウイチそんなにじろじろ見るでナイ」

そう言いながらも彼女は恥ずかしがるでもなく平然としている。


他の女子たちはビニール袋入りのTシャツを抱いたまま、お互いに見合ってえへへと苦笑いしている。

「さあ、白組チーム、堂々と胸を張って走るゾ。そして優勝をゲットダ!」


「「「「「「「お、オー、ゲットダ!」」」」」」」」


島江さんに乗せられ、みんなでシュプレヒトコールを叫んだ。


 ○


「島江さん、ちょっといいかな?」

リレーの本番の直前、僕はアンカーの彼女に声をかけた。

「なんダ、不安なのカ?」

「不安ってほどじゃないけど、バトンの受け渡し、ちょっとだけ練習つきあってくれるかな?」

「もちロン」

島江さんと僕は学校の中庭に行き、バトンパスの練習をした。

やはり彼女の加速力がすさまじく、何度も渡しそびれてしまう。そこで提案する。

「あの、島江さん、バトンを渡すまで、じっと我慢して立ったままでいてくれるかな?」

「そうすると、せっかくのコウイチのスピードが活かせなくなってしまうゾ」

「申し訳ない。でも、君ならそこからダッシュで十分挽回できる」

「そういうモンカ?」

「うん、大丈夫だ」


そうして、そのあと三回ほど練習してみた。

速度ゼロからの彼女の加速。実に鮮やかだ。


「ありがとう、島江さん。これで大丈夫」

「ハアハア、それはヨカッタ」

めずらしく彼女の息が切れている。

「どうした? 大丈夫か?」

僕は自販機でミネラルウォーターを買い、彼女に渡した。

「おお、ありがトウ」

彼女がキャップを開けようとしても、うまく開かない。僕は再びボトルを受けとり、キャップを開けて渡す。

「ほんとに大丈夫? 無理させちゃったかな」

「いやいや、たいしたことナイ……ナニセ、北国育ちで、暑いのが苦手なの忘れてたヨ」

そう言ってゴクゴクとミネラルウォーターを飲むと、島江さんはよろりと立ち上がり、グラウンドの方に歩きだした。

 

思えば、このとき、彼女の出走を止めさせておけばよかったのだ。


 ○


一年生のリレーが終わり、いよいよ二年生の学年横断リレーがスタートした。一番走者はバスケ部のヒロト。わが白組は中位につけていた。二番走者はリケジョのキヨミ、三番手、陽キャのヨウスケとバトンをつなぐうちに順位が上がってきた。バトンパスの練習を入念にやったので、その成果が現れているようだ。

第四走者のフウカと第五走者の寡黙なタクはなんとか順位をキープした。


そして、第六走者。つまり僕の一つ前でトップに躍り出た。

見物席から歓声があがる。ランナーは、白組のチームリーダーのタマミ。

さっきはTシャツを恥ずかしがっていた彼女も、ゲームが始まると、それに描かれた丸い目の位置など気にしていないようだ。


「コウイチ君、頼んだよ!」

彼女が悲痛に叫ぶ。

「任せとけ!」

何とかスピードを殺さずバトンを受け取った。とにかくこのままトップをキープしたまま、島江さんにバトンを渡したい。

僕は、今まで研鑽を積み重ねてきた昼食前の購買へのダッシュをイメージし、手足を大きく速く動かした。後ろを振り返る余裕はないが、二番手とはまだ五メートルくらい差があるはずだ。このまま確実に島江さんにバトンを渡せれば大丈夫だ。


間もなく、島江さんの待つ、最後のテイクオーバーゾーンに入る。彼女はゾーンの最後部で待ってもらっていた。少しでも多くの距離を彼女に走ってもらいたいからだ。


さっきのリハーサル通り、島江さんはその場に止まったまま待っていた。僕は急激にスピードを落とし、彼女にバトンを差し出す。


アンカーは僕のバトンを受けとり、急発進する……はずだったが。


しかし、彼女はその場にへたり込んでしまった!


僕は慌てて彼女を抱きかかえる。

二番手ランナーが追い抜いていく。


「コウイチ、悪いナ」

「大丈夫か! 救護コーナーにいくぞ」

「それはだめダ……ウチは大丈夫だ」

「でも走れないだろ?」

「そこでコウイチに頼みがアル」

「なんだ?」

「このまま、私を抱っこしたまま……ハシレー‼」

「え、えー!」

「ハシレー‼‼‼‼‼‼」


僕は、島江さんのかけ声に気圧され、慌てて走り始めた。

「いいぞコウイチ、そのままゴー! だ」

以前、ひざの上に座られたときもそうだったが、島江さん、以外と軽い……というよりか、彼女を抱きかかえていると、かえって速く走れる気がする。


この間、四番手にまで順位を落としていた。


「ヨシ、背中が見えたゾ。ぬかセー」


こうやって、順位を三位、二位と上げ、トップランナーの姿も捉えた。

ゴールまであとわずか。


「がんばれー!」

白組のチームメイトから激励が飛ぶ。


もう一歩、届かないか!

そのとき。


島江さんは僕から飛び下り、一気に一番手を追い抜き、そのままゴールした。


そして、地面に倒れこんだ。


「島江さん!」

僕は慌てて彼女を抱き起こす。


次の瞬間、すごい勢いで水しぶきが飛んできた。

「とにかく体冷やして!」

白組のチームリーダーのタマミがホースをこちらに向けて威勢よく放水してくる。

熱射病の応急処置としてこれが正しいのかどうかわからないが、島江さんは飛んできた水を手ですくい、顔にバシャバシャとかけた。


白組の女子がペットボトルの水を持ってきて彼女に飲ませる。

「ふうー、一息ついタ」

そう言って起き上がろうとするので、僕は無理矢理島江さんを抱っこして救護コーナーまで連れていった。

救護コーナーに置かれた簡易ベッドに彼女を寝かせ、擁護の先生に引き渡す。


救護コーナー横の大会本部。僕たちの競技の審議をしていた。


「コウイチ君はテイクオーバーゾーンを越えて走ったので失格じゃないか」

「でも、ちゃんとバトンタッチはできてたわよね?」

「島江さんの体にもタッチしてたぞ」

……なかなか結論が出ない。


あーだこーだ議論している本部のテントに校長先生が入っていった。そしてマイクを取り上げた。

「今の競技、みんなよく頑張った! で、オモシロかったから、白組優勝」


ウチのチームメンバーは抱き合ってキャーキャーと喜んでいる。隣では二位のチーム、ある者はガックリとうなだれ、ある者は地団駄を踏んでくやしがっている。

校長先生は、なかなかの頭部の光の持ち主なので、この判定は、『伝説のツルの一声』と呼ばれ、のちにわが校の歴史に残ることになった。


「コウイチ、ありがとナ」

島江さんが救護室のベッドから上体を起こしていた。

「おい、まだ寝てなよ」

「大丈夫ダ、それよりウチラ、ずぶ濡れだナ」

彼女は自分の体を見回す。


白チームのオリジナルのTシャツはびしょ濡れで、島江さんの体にへばりついている。

こ、これ……スケスケじゃないか⁉


ドキドキしながら視線を上げた。

彼女の胸は……

残念、いや幸運なことに、「黒丸のおめめ」が大事な箇所を隠していた。


「コラコラ、じろじろ見るデナイ! このドスケベ」

彼女は恥ずかしそうに胸を両腕で隠した。


「デモ、このTシャツ、大切な思い出のアイテムになったゾ……コウイチとペアルックダシ」


「ぺ、ペアルックって、これはチームメイトみんな……」

僕が否定する間もなく。

白チームのメンバーが救護コーナーにやってきて、島江さんを囲み、お見舞いとお祝いの言葉を口々に伝えた

チームでお揃い、自慢のTシャツを着て。




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