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#ダッシュ & ピンポン

♪ キンコーン カンコーーン


「今日の授業はここまで」

「起立、礼! ありがとうございました」


ガラッ 


僕はスタートダッシュを決める。

ちょっと授業が長引いたからな。

際どいタイミングだ。


僕の前を男子生徒が三人ダンゴになって走っている。

あれは先頭グループではないだろう。


でもきっと、僕の読みでは先着十名に入れる。


図書室のコーナーを回って、あとは三十メートルの直線を走り切るのみ。

このままならいける。このままなら……


残り二十五メートル。


そのとき、涼やかな風とともに、何者かがたやすく僕を抜き去った。


セーラー服⁉

このレースに挑戦する女子がいるのか?

あれっ、あのショートヘアは⁉


「ゴール&ゲット!」

ショートヘアの子が、購買のショウケースの前で急ブレーキをかけて叫んだ。

「ナポリとヤキソバのハーフ&ハーフコッペパンとギューニューを頼みマス」

「あらあなた、運がよかったわね。ハーフ&ハーフ、最後の一個だったのよ」

「決して運ではありませんノダ。実力ですノダ」

息も切らさずそう言って、購買のオバチャンからうやうやしく戦利品を受け取ったのは、島江凪シマエナギさんだ。


一足遅くゴールし、『クソッ、間に合わなかったか』と息を切らしながら悪態をつく男子五名。僕もその中にいる。

しかたがないので、『コロッケあんぱん』という謎の二番人気のパンと玉子サンドとヨーグルッペを購入する。

これで『ハーフ&ハーフ」が我が校にデビューしてから、争奪戦は全戦全敗だ。


レジ袋とお釣りを受け取り、振り向くと島江さんが立っていた。

「コウイチ……残念であったナ」

相変わらず名前、呼び捨てか。

「ああそうだな、島江さんの末脚には完敗だ」


「ところでだコウイチ、君は学食派ではなかったのカナ?」

そうだ。こないだ島江さんと初めて出会った場所は学食だ。そして、いなりずしを取られた。

「ハーフ&ハーフの評判を聞いて、一度試してみようと思ってるんだけど、今日もダメだった」

「そうか、それはすまなかったナ……実はウチもさっき評判を聞いてトライしてみたのだが、これはビギナーズラックというやつカ? 授業が終わったのはチャイムが鳴ってから二分後だったのに」

さっき、購買のオバチャンに実力だとドヤ顔(多分だけど)していたではないか。


「いや、その脚力は大したもんだ」

「コウイチには本当に悪いことをした……そうだ、こういうのはどうかナ? 君のそのコロッケアンパンか玉子サンドをくれたら、ハーフ&ハーフの半分と分けてやらんでもナイ」

「……ハーフ&ハーフのハーフだけ食べても意味ないだろ。それに交換条件が悪いような気がするので、その取引は慎んで辞退する」

「そうか、残念だ。まあ、気を落とさずに、一緒にランチを食べようではないカ?」

ほんと、積極的な子だ。

「……まあ、そうするか」

彼女と一緒にランチを食べるということは、いなりずしの経験からいって、自分の食べ物を奪われるリスクがある。用心せねば。

「コウイチ、どこか二人で落ち着いてコソコソ仲良く食べレル場所を知らないカ?」

コソコソ仲良く? その相談にドキッとする。でもそんな場所は……ああ、あそこなら。

「じゃあ、ついてきてくれ」


購買のある本館からの連絡通路を渡り、別館に入る。そこには第二体育館があって、剣道や柔道にしか使われていないから、生徒はあまり来ない。

体育館に入ると、木造の建物や畳の匂いがする。すぐ左手にある階段を上ると、階上は広いスペースになっていて、かつては試合の時の観客席となっていたが、この体育館で試合はやらなくなったので、今は何も使われていない。卓球台が一台置いてあるが、本館の体育館にもあるので、この台は、僕が弁当を食べる時のテーブルに使わせてもらっている。


「どうだ、ここなら『落ち着いてコソコソ……』食べられるだろ?」

『仲良く』というところで口ごもって欠落してしまった。

「おう、これはリッパ! ここなら『落ち着いてイチャイチャ』食べレルナ……さすが友達ナシのコウイチだけのことはある」

なんでイチャイチャに変わる?……でも島江さんは満足そうだ。僕はパイプ椅子を卓球台の前に二脚並べた。


玉子サンドの三分の一を横取りされたが、被害としては最小限に抑えられただろう。無事島江さんとのランチ会が終わった。

ナポリとヤキソバのハーフ&ハーフをこれ見よがしに美味しそうに食べるのにはちょっとムカついたけど。玉ねぎたっぷりのケチャップと甘そうなウスターソースのマリアージュが僕の鼻腔をくすぐるし。


ゴミをレジ袋一つにまとめ、パイプ椅子を畳んだところで、島江さんがテーブル代わりに使っていた卓球台を撫で始めた。

「コウイチ、このテーブルは、こうやって食事をするためにあるものなのカ? なんか椅子と高さが合わなかったガ」

「え、島江さん、卓球台を知らないの?」

「もちろん知ってル……卓球をするためのものダヨナ?」

これは見栄で言ってるだけだ。ということはやったこともないんじゃないか……僕はいいことを思いついた。


「あのさ、卓球やってみない? まだ十分時間あるし」

「卓球は知ってるだけダ、やったことはナイ……だから遠慮してオク」

「島江さん、運動神経いいみたいだから大丈夫、ちょっとだけやってみようよ」


僕は卓球台の下に置いてある木箱からラケットとピンポン玉を取り出した。

ネットを締め直し、島江さんにラケットの持ち方やルールをざっくりと教える。


「じゃあ、いくよ」


カコン

パッコン

カコン


ポトッ


「あれ、うまくいかないものダナ」


さすがシマエナガじゃなかった島江さん、動体視力がいいらしく、ボールが飛ぶ方向にサッと体を寄せ、ラケットを出す。

しかし、ラケットを握ったのは今日が初めてだから、いかんせん、うまく打ち返せない。


「大丈夫。もう一回いくよ」


カコン

パッコン

カコン


パッコン

カコン

カコン

カコン……


それでも少しずつ僕のコートに返せるようになってきた。これは、侮れない。


「ねえ島江さん、一回だけゲームやってみない?」

「あ? 特に構わないガ」

「せっかくだから、なんか賭けようよ」

「そんな、今のウチはコウイチにはとても勝てないダロ」

「大丈夫! ハンデいっぱいつけるからさ」


賭けの内容は……

島江さんが勝ったら、僕が彼女に昼のパンを一個奢ること。

僕が勝ったら島江さんにダッシュしてもらって、ハーフ&ハーフをゲットしてもらうこと。


思惑通り、僕は勝者になり、翌日、ナポリとヤキソバのハーフ&ハーフを堪能することに成功した。


それがよっぽど悔しかったのか、島江さんは、翌日も、その次の日も僕に勝負を挑んだ。

日に日に上達していくが、まだ何とか勝てる。でも、ハンデも減らしているため、そろそろ敗北を喫してもおかしくない。


こうして、僕と島江さんのダッシュ&ピンポンの日々が続く。


翌週。

島江さんにゲットしてもらったハーフ&ハーフを手に、彼女と一緒に体育館の二階に上がる。

「コウイチ、今日もタイマンダ」

食べ終わると、先週と同様、島江さんは勝負を挑んできた。

「受けて立とう」


まずはウォーミングアップ。

卓球台の下に置いてある木箱から、ラケットとピンポン玉を取り出す。


さあ、やるぞと玉を手のひらに乗せたところで異変に気づく。


ピンポン玉にマジックで何か描いてある⁉


 ● ◆ ● 

 

「ち、ちょっとこれは……」

「どうだ、可愛いダロ」


白いボールに丸とひし形のシンプルな記号。

これはどう見てもシマエナガだ。

いつの間に描いた?


「ちっ、ちょっと……玉を替えてもいいかな?」

「ドウゾ」

僕は木箱の中を探る。確かいくつかピンポン玉があったはずだ。


出してみると……


 ● ◆ ●

  


● ◆ ●


 

  ● ◆ ●



    ● ◆ ●



 ● ◆ ●



どのボールにも描かれている……

仕方なく、その一つを取ってウォーミングアップを始める。


そしてゲームはボロボロだった。

敗因は、ラケットで打つ瞬間の『ためらい』。

ボールが回転してよく見えなくても、こんな顔が描いてあると思ったら、誰でもさすがに思い切り打てないだろう?


翌日、僕は惣菜パンを島江さんに奢り。

彼女に再び学食に戻ると伝えた。


 〇


しばらく島江さんとは会っていない。彼女は昼休み前の購買へのハーフ&ハーフレースにも参加していないようだ。


ちょっと後悔する。

あんな作戦にひっかかるなんて、僕も度胸が無さすぎる。

そして、島江さんに会えない日々。


その翌週、購買ダッシュでハーフ&ハーフを二つゲットし、恐るおそるダメモトで、第二体育館に行ってみた。

ハーフ&ハーフは『一人一個まで!』と購買のオバチャンに言われたが、『いつもこれをゲットしている子が来れなくて』とウソの事情を話したら、ヒューヒューと冷やかされて、二つレジ袋に入れてくれた。列に並んでいる生徒からも、ヒューヒューと冷やかされた。


体育館の入口を入った途端、聞こえてきたのは……


カコン

    カコン

パシ!

    カコン

パシ!

    カコン

カコン

    パシ!

パシ!

    カコン

カコン

    パシ!

カコン

    パシ!

カコン

    カコン

パシ!

    パシ!

カコン

    カコン

パシ!


(延々)



ラリーが続いている⁉ 


島江さん一人じゃないのか?

それとも別の生徒?

まさか、……島江さんと彼氏?


ドキドキしながらも、そっと階段を上がる。


そこで僕は見た。


卓球台の両サイドを高速移動してラケットを振る島江さん!

目にも止まらぬ速さで。

何と一人でラリーをしているのだ!


島江さんの残像が、行き交う。


それはさらに一分ほど続き、打ち損ねた玉が僕の足元に転がってきた。

それを拾い上げる。


「おう、コウイチ、よく来てくれたナ!」

島江さんが駆け寄ってくる。

「あの……これ」

ハーフ&ハーフを差し出した。

「ウチにくれるのカ?……なんで?」

「勝負をすっぽかしたお詫び」

島江さんはそれを両手で受け取り、アリガトウと頭を下げた。


そしてポソった。

「ウチこそ悪かったナ……トラウマになるようなことをして。スマナカッタ」

「いやいいよ、僕が臆病なだけだし」


「でもホラ」

彼女は僕の手からピンポン玉を取り、目の前でぐるぐる回して見せた。


 ● ◆ ●


 が消えている……


「どうやって消したんだ?」

「いやあ、こうして練習しているうちに消えてしまったンダ」

どんだけ練習したんだ?


「島江さん、卓球部に入ってもいいんじゃないかな? すごい才能だ」

「うーん、コウイチと一緒ならやってもいいガ」

「そ、それは勘弁してくれ」


「やっぱり卓球は、二人が楽シイ」

僕の胸はチクっと痛くなった。


「じゃあ、昼のダッシュ&ピンポン、再開してくれるカナ?」

「もちろん!」


そのあと二人だけのランチ会になった。

ことさら島江さんの機嫌がよかったような気もするが、何せ、いつものポーカーフェース


● ◆ ●


なので、今いち確信は持てない。



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