#プロローグ:通称ふくろうハウス
こつん、ピシッ。 つんつん、パリン。
「ようこそ、わが家へ!」
ウチが、なんとかかんとか外の様子をうかがえる穴をあけ、お顔を出した。
そしたら四つのピカピカの黒丸に見つめられタ。それは、モフモフのカタマリに二つずつついてイル。
ちょっと怖くなって、「ツリリリ」と声がデタ。
「大丈夫だよ、安心してなさい。ボクらは、おまえのパパとママだよ」
モフモフのかたまりのひとつが、そう言った。パパとママってなにカナ?
パリ パリリン。
大丈夫そうなので、蹴とばして破って、外にデタ。
「どうぞ、おあがんなさい」
もうひとつのモフモフが高く優しい声でそう言って、ウチの目の前に何かモゾモゾ動くものを置いタ。
たまらずパクッと食べてしまっタ。ウン、おいしい。
まわりをよく見ると、他にも小さなモフモフのかたまりが二つあった。やっぱりピカピカの黒丸がふたつずつ、ついていて。ウチのことをジッと見てる。
「おう、おまえはなかなか食欲旺盛だね……ところでママ、この女の子の名前は何にしようかね?」
「あなたにまかせるわ」
「じゃあ、とっておきの名前があるんだ……『ナギ』ってのはどうだろう?」
「……あらあなた、去年巣立った子にも同じ名前つけていたわ。しかも二羽に。紛らわしいったらありゃしなかったわ」
「ハハハ、それは済まなかった。じゃあ今年の『ナギ』はこの子だけにしよう」
どうやら、ナギってウチの名前ラシイ。先に生まれてウチの隣りにいる二羽にも名前がちゃんとついていて、パパ(低い声で鳴く方)とママ(高く優しい声で鳴く方)がその子たちのことをシマちゃんとかユキちゃんとか呼んでイタ。
ウチがパリンと割って出てきた丸いものが他にもまだいくつもあって、その中にはもぞもぞコロコロと動いてるのもアル。
「よーし、この調子だと、明日か明後日にはみんな生まれて出てきくれそうだな」
「今年もみんなちゃんと孵ってくれて、ちゃんと育ってくれるといいわね」
「そのためにも、見守りと食べ物探し、頑張らないとな……どうやらナギは食いしん坊みたいだし、ほかの子が栄養失調にならないようにしないと」
そんな話を聞いていたら、また眠くなってキタ。ココはあったかくて柔らかくて、いいところ。『ママ』も『パパ』もモフモフで、ウチにぴったりくっついてくれて、なんだかすごく落ち着く。「生まれる」ってどういうことだろう? ここに出てこれたコト? それなら……そうダネ。
「生まれてきて、ヨカッタ」
ウチたちはみんな卵から出てきて、八羽の兄弟姉妹になっタ。おうちの中がぎゅうぎゅうだけど、みんなと一緒にいると、楽しいよ。ウチがいっぱいゴハンを食べるからって、お手伝いのお姉さんも来てくれて、パパとママと一緒にいっぱい食べ物を取ってきてくれタ。アブラムシやら、イモムシやら、クモやら。ウチは好き嫌いせずに何でもパクパク食べた。というより、どれもウンマイ。寒くなると、『木のジュース』も美味しいらしい。楽しみダネ。
〇
だんだん、ウチも兄弟姉妹も大きくなって、なんか狭いなあっってバタバタしてたら、
「そろそろいいだろう。みんな、外に出てみよう」
とパパが言った。
「みんな、後をついておいで」
そして、おうちの上の穴から外に出てしまった。ウチも早く外に行ってみタイ。
「さあ、大丈夫だ……おっとナギ、そんなに慌てないで、生まれた順番に出るんだぞ」
ウチより先に生まれたシマちゃんとユキちゃんは、最初ちょっと怖がってたけど、お手伝いのお姉さんに励まされて、お外にデタ。ウチもそれに続く。後の子は、ママにお尻をチョンチョンと優しくと叩かれながらコワゴワと外に出てきたヨ。
丸いおうちから、ピョコンと木の枝に飛び移る。
外は明るくて眩しくて、羽の毛を揺らす風が吹いていて、いい匂いがして、とても気持ちがイイ。
止まるのにちょうどよさそうな太さの枝に、パパとシマちゃんとユキちゃんが並んでた。ウチもユキちゃんと並んで体をくっつける。
「通称ふくろうハウスって言うんだって」
一番のお姉さんのシマちゃんは、そう言って弟や妹が次から次へと出てくるおうちを小さなクチバシで指してみせタ。
「ふくろう?」
「うん、こないだパパが言ってたよ。ふくろうっていう、ワタシたちよりずーっと大きい鳥さんがいてね、このおうちにそっくりなんだって」
「恐くない?」ユキちゃんはちょっぴり臆病なお姉さんダ。
「うーん、もし森で会っても近づかないほうがいいかもね、特にナギは向こう見ずなところがあるから気をつけないと」
「ムコウミズ?」
そんな話をしていたら、弟や妹たち、ママもお手伝いのお姉さんも、みんな出てきた。
そしてずらりと木の枝に並ぶ。
「よしよし」
パパは満足そうだ。
「今年もみんなちゃんと生まれてきてくれて、家族で立派な『シマエナガ団子』ができたぞ」
「あら、でもこれからが大変よ」
ママが心配そうに言う。そしてずらりと並んだウチたちに、ジュリリと声をかけた。
「みんな、お外はね、危ない動物がいっぱいいるから気をつけるのよ。ハイタカとか、モズとか、ふくろうとか、ヘビとか、エゾイタチとか。だから、いつもこんな風にみんなで一緒に団子になって。危ないときは、パパやママが号令をかけるから。そうしたら、言う通りに隠れてね」
「あの、ママさん、質問です」
お手伝いのお姉さんが羽を上げた。
「最近ときどき見かけるんですけど、『ニンゲン』は危険じゃないのですか?」
パパが代わって答える。
「去年、他のシマエナガ一家の子供たちを連れ去ってしまったニンゲンがいたらしい。そんなに獰猛には見えないし動きは鈍いらしいけど、体は大きいし、気をつけるにこしたことはない。特にナギ。おまえは好奇心旺盛だから、めったやたらに近づかないこと!」
「コウキシンオウセイ?」
ニンゲンってなんだろう、見てみたいってなって思ったけど、これがコウキシン?
「じゃあ、今日はこれくらいにしておこう。明日からは、飛び方や食べ物の取り方を少しずつ覚えていって、みんな巣立ちができるようにがんばるんだぞ」
「ねえパパ、アタシも質問していい?」
末の妹のシズクちゃんが羽を上げた。
「なんだい?」とパパ。
「これからアタシたちのおうち、『通称ふくろうハウス』はどうなるの?」
「うん、ちゃんとみんなが巣立てるようになるまで、今まで通り寝泊りに使うけど、シズクたちが一人前になったらこの家ともおさらばだ。コケとか羽毛とかクモの糸なんかでできているからね。そんなに長くはもたないしね」
「えーアタシ、このおうちにずっといたい。フワフワで気持ちいいんだもの」
ソレ、わからなくはないけどね、ウチは外の世界が一目で気に入ったから、シズクちゃんに言ったんダ。
「シズク、お外の世界、楽しもうヨ。お姉ちゃんがしっかり守ってあげるからサ。ハイタカが来ても、ヘビが来ても……そしてニンゲンが来タッテ」
ウチは、シラカバという木の匂いとか、水の匂いとか、キラキラ光るお陽様とか、サラサラっていう風の音とか、一瞬でぜーんぶで気に入ってしまったンダ。
両隣の子から離れ、目の前にある枝にピョコンと飛び乗り、ウチは空を見上げ、「ジュリリ」と鳴いて、パタパタと羽を動かしてみた。